第28話 誘うは風か欲求か

 王都はいまだに災厄の傷跡を残している。治療師は怪我人の対応に追われ、街の損傷も目立つ。しかし人々の顔に陰を見ないのは綺羅びやかな式典が執り行われる為だ。


 はしゃいだ子供が駆け回っている。見知らぬ子供が、今日はお祭りなのと教えてくれた。確かに祭りと言えばそうだ。中央通りは観衆で溢れ、路地裏には露店がひしめき合い、ある意味ユレェ祭より賑わっていた。


「こんな日を特等席で楽しめるなんて、イアクシルも顔が広いじゃないの」


 焼き立てパンを頬張りつつ母が言う。ここはビストロ・ゼリアで、急遽席を用意してもらった経緯がある。隣のアイシャは来店からずっとニッコニコで、エミリアやゴーワンでさえ満更でない面持ちだ。


 オレは浮かれ連中に代わって家主に頭を下げた。


「すみませんゼリアさん。大勢で押しかけてしまって」


「とんでもありません。皆様の為でしたらいつでも歓迎しますよ、遠慮なさらず」


「アナタだって商売ってものがあるでしょう」


「街はまだ日常を取り戻しておりません。わざわざ外食をする人は稀ですよ」


 見渡せば確かに客の入りは寂しかった。オレ達の他に2組が居るくらいで、増えそうな気配は無い。


「それにしてもイアクシル様、お母様が戻られたのですね」


「そうですね。フラフラ出てったかと思えば、唐突に。困ったものです」


「ならば余計なお世話になってしまいますね」


「何の事です?」


「暇をみては美味しいものをお持ちしようと思ったのですが、お母様の手料理の方が良いですよね」


「あぁ、それはまぁ……お気遣いなく」


 ゼリアはそこで振り返り、厨房に消えた。ガストンが「顔真っ赤だよ」などと囃し立て、静かになさいと小声でたしなめている。


 今ひとつ話が読めず成り行きを見守っていると、不意に強い視線を感じた。正面の母、そして両隣の女2人。


「師匠、ちょっと見過ぎじゃないです? どのパーツを眺めてたんです?」


「もっと私を見て。魅惑のフトモモで性癖をこじ開けてあげる」


「イアクシル、その歳で3人も囲うのは感心しないわ。ちゃんと1人1人を幸せにしてこそ本懐ってものよ」


「そろそろ信じろよ、オレの節度を」


 やがて通りの方が騒がしくなる。管楽器による重厚なファンファーレ、被さる歓声。中2階の窓際からは、イベントの様子が手にとるように見えた。


 王城へ向かって長い長い列が行進する。先頭は楽隊。管楽器に小太鼓、シンバルや大太鼓と、盛大な音曲で人々の関心を煽る。


「来ましたな。アルケン殿下のご登場ですぞ」


「ハハッ。さすがに晴れ舞台だとヘラヘラ笑えないらしいな」


 楽隊に続く赤備えの騎馬隊、率いるのはアルケイオスだ。伸ばした背が頼もしそうであり、浮かべる笑みも王族特有の優雅なものだ。


 ちなみに観衆のあちこちで驚きの声があがり、中には卒倒した者さえいる。ほとんどの王都民がアイツの正体を知らなかったらしい。口々に「アルケイオス様では!?」と驚愕した声が上がるのだから。


「国を救った英雄……という触れ込みですか。イアクシル殿、君もあそこに肩を並べるべきでは?」


「アルケイオスにも言われた。主賓の座を任せたいと」


「せっかくの申し出を断ったと。何故です?」


「そりゃお前、面倒だからだよ」


 口でそう言いつつ、事件の夜を思い返した。結局の所、オレの薬は失敗だった。ワイトキングを倒すのに不十分で、本来なら命を落としていた可能性すらある。英雄どころか大見栄きってしくじった馬鹿、というのが実態だ。


 こうして命を拾い、討伐できたのは例の援護があったからだ。


(ガキ同士の喧嘩に親が首突っ込むとか、反則だろ)


 苦々しい視線を送ると、何を勘違いしたのか

皿に肉を乗せられた。


「食べたいならハッキリ言いなさい。はいどうぞ、ローストオークよ」


「母さんはマジで掠りもしねぇよな」


 そんな会話がありつつも行進は緩やかで、しかし滞りない。やがて楽隊が変わると雰囲気もガラリと変容した。弦楽器を主体にした重く、悲壮な合奏。いよいよ本番かと窓から顔をのぞかせた。


「きたきた。本日のメインだ」


 白馬に乗せられた2騎の男は、カスメイルとムノーノだ。目隠し、後ろ手縛り、上半身は裸で下半身は馬に縛り付けという屈辱だ。更には2人の悪行について克明に知らされた紙が通りにバラ撒かれる。


 活版印刷とやらは優秀だ。ものの数日で大量の文書を作成してみせたのだから。


「治療費がバカ高くなったのはこいつらのせいか!」


「クーデターですって、クーデター。怖いわねぇ」


「テメェら騎士団がオレらを見捨てたことは絶対忘れねぇぞ!」


 あちこちから罵詈雑言が飛んだ。時々石まで投げつけられる始末。カスメイル達に防ぐ手段は無く、だらしない裸体を揺らすばかりだ。


 やがて喧騒が遠ざかり、静けさを取り戻した頃。付近には国王の肉声が響き渡った。術式を介しているので、王都のどこに居ても聞けるようになっている。長い前口上と称賛の言葉に続き、沙汰が1つ下された。


――アルケンを近衛騎士団の右団長に、ソリアーズを左団長に任ずる。2人で協力し、見事大役を全うしてみせよ。


 この言葉を王都民は歓声をもって受け入れた。もしかしなくても大出世。さすがに王太子とはいかないが、王位継承権は2番手くらいに登りつめたと言えそうだ。


――カスメイル、そしてムノーノ。そなたらの悪行は許されざるもの。本来ならば首を晒すところだが、嘆願する声が少なからずある。よって追放刑とする。期日までにセントローデルを出るように。


 罪人への罰は追放という判断に、国王の人間性よりも立場を感じさせた。一方的に牙を剥いたヤツ相手でも処刑できないのだから、この国は諸侯の方が強いのかもしれない。


「追い出して終わりとか生ぬるいですね。激甘ですよ、腹裂いて内臓ズルリンが相場じゃないです?」


「ブシャアと血が見たかった。私のナイフもそう言ってる」


「お前らな。仮にもここは飯屋だぞ」


「イアクシル殿、過激な言い回しですがお二方の言はもっとも。追放刑ならば私財を持ち出すとりも出来ます。唸るような財産を持って他国で悠々と暮らせるではありませんか」


「まぁ他国まで行けたら、だがな」

 

 連中が無事、国外脱出できる目は低いと見ている。国民の敵となった事で、道中の案内などの強力は得られない。賊徒の巣に誘導される場合だってあるだろう。大枚はたいて護衛を雇ったとしても、その護衛が寝返る可能性だって大いに有り得た。


 そして仮に他国へ逃げ切れたとしても、ゆく先々で厚遇される事なんか稀だ。私利私欲に走り信望を無くした無能者、しかも下手するとセントローデルに睨まれるとあっては、保護する理由など見当たらないからだ。


 つまりは人知れず、孤独に、財産を削りながら死んでいく。在りし日の栄光と現状のギャップに苦しみながら。考え方によっては一番残酷な結末かもしれない。


「さてと。見るもん見たし、そろそろ帰るか」


「えっ。ちょっと待ってください。デザートのおかわりがまだ……」


「もう十分食ったろ、早くしろ」


 往来は既に人がバラけている。露店で歩き食いするとか、身内で集まって談笑するなどして、式典の余韻を味わっているようだ。


 そんな光景を横目にして帰路に着いた。風の強い昼下がり。空を泳ぐ雲は急かされたように流れ、頬を刺すような寒さが記憶の奥をくすぐった。


(何だか、似たような光景を見たな)


 前を歩く母の背中は妙に小さく見えた。単純にオレの背が伸びたのか、それとも別の理由か。考えようとして、やはり吹きすさぶ風に気を取られてしまった。


 春はまだ遠い。心は季節の風物詩に弄ばれたのだった。


「さてと。さっそく秘伝の書を読ませて貰うか」


 特殊加工の施されたインクだ。数百年という月日が流れても、掠れすら見当たらない、万全の状態だった。


 しかし分からない。言葉としては理解できる。解説も独特な文体だが丁寧だ。しかし内容が、理屈が分からなかった。


「成熟したコモヨモギをすり潰し、土属性の術式とともにソレイヤシノの花を加え、冷暗所で3日……。ソレイヤシノって何だよ……」


 理解が及ばないのは素材への知識不足だ。未知なものばかりが扱われるせいだ。


「限界があるんだろうな。セントローデル産の薬草だけで製剤なんて、たかが知れてる」


 やはり現地に行くべきか。生態を知り、気候や歴史を学び、乗り越える壁はいくつもある。


「行ってみてぇな。でも患者さんもいるし、勝手に離れる訳には……」


 私室から出て食堂へ向かおうとしたところ、廊下から話し声が聞こえてきた。雑談のようだが、ちょっと耳を疑うような内容だ。


「じゃあネタネさんだったかしら。お薬だしておくんで、お大事にねぇ」


「お世話様です、新しい先生。若先生にもよろしくお願いしますだ」


 立ち去っていくネタネさんを静かに見送ったあと、診察室へと駆け込んだ。


「おい母さん、勝手に何やってんだよ!」


「びっくりした。怒らなくても良いじゃないの」


「オレが丁寧に相手してた患者だぞ。横槍が入ればムカつきもするだろうが!」


「これからは私の患者よ。その代わりアナタにはコレ」


 そっと手渡されたのは、使い込まれた杖だった。


「これ、どうしろってんだ」


「長旅は疲れるから、棒の1本もあるだけで違うものよ」


「母さん……」


「私はね、もう十分に学ばせてもらったもの。だから今度はアナタの番ね」


 初めて手にするのに、馴染み深いものを感じた。それと同時に不思議な温もりも伝わってくる。


「こういう時は、路銀の足しにってお金を渡すもんだぞ」


「それはダメよ。お金は薬師として稼いでね」


「分かってるって」


 母さんと視線が重なり、自然と笑みがこぼれた。振り返れば、再会して初めて微笑みあったように思う。

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