第25話 夢から覚めれば
大きく飛び、屋根に登る。発光する両手が他人の物のように感じられた。
遅れてノイズマンも屋根の上へ。沈んだ顔で睨んだかと思えばケタケタと笑いだし、剣は下げ、切っ先を屋根に擦らせている。
「どんな気分だよノイズマン。やっぱり、他人の夢でも見てる感じか?」
「殺ずぅ、殺じでやるるるる」
「まぁ夢だとしたら、だいぶ悪趣味だよな」
何の前触れもなく眼前が爆ぜた。舞う塵埃。中からノイズマンが現れ、袈裟斬りの斬撃が来た。すれ違いざまに拳を叩きつける。手応え十分で、小砂利を踏みしめる音が聞こえた。
やはり奴は全身に薄らと衣をまとっていたが、薬の恩恵は大きかった。魔力に何ら問題はない。そしてダメージも十分に通っているのが、よろめく立ち姿からも分かる。
「観念しろよ、無敵のゲームも潮時だ」
「イアクシルゥゥーーッ!」
絶叫、そして狂乱したように剣が振られた。その都度剣圧が駆け抜け、鋭利な夕闇の衣が暴れまわった。
「チッ。遠距離攻撃に切り替えたか!」
相変わらず、迫る衣の全てを認識できない。勘を頼りに避けるだけだ。3つ、4つとかわすうち、とうとう捕まった。跳躍した瞬間を狙われた形だ。
「食らってたまるか!」
開いた両手を突き出して衣と対峙する。反発し合う2つの力が強烈な圧力を生み、オレは夜空をフッ飛ばされた。
凄まじい射出力には、虚空に蹴りを放って軌道を変えた。やがて反転して再び地に足を付けた。かなり飛ばされたせいで周りの景色は様変わりしている。
「ここは城壁か?」
「うわぁ、何か来たぞ!」
口々に叫んだのは衛兵だ。立派な装備をまとう一方で、顔はすっかり青ざめている。とてもじゃないが戦力にはならない。
「お前たち、さっさと逃げろ。巻き添えを食うぞ!」
「イアクシルゥゥーーッ!」
「ヤバイ、もう来やがった!」
着地とともに跳ね上がる塵。そして撃ち出された衣。オレは対処できたが他の連中は違う。ものの見事に直撃を許しては、糸の切れた操り人形のように意識を手放した。
「これはさっさと片付けねぇとな」
「死ねぇぇーーッ!」
駆けるノイズマン。やはり直線的だ。相手の視線、筋肉の動き、それだけで未来が見える。次の着地点。予言通りに踏み込みがある。オレは低く飛び、懐へと潜り込んだ。
「覚悟しろノイズマン」
全力の拳を手首に叩きつけた。硬い破裂音の後に剣が床を滑った。本体はそっちだ。駆け寄って追いすがった。
「こいつを始末しねぇと、同じことの繰り返しになるな」
宿主から離れた剣は、恨みを語るように赤黒い光をまといだした。とりわけ気配が強いのは柄に埋まる宝石。そこか。オレは迷わず拳を振り下ろしたのだが。
「クソッ、安々とやられはしねぇって事か」
守勢に回った宝石は堅固だった。力の全てを防御に充て、オレの拳を宙で止めた。押し合い、いやこっちが不利、押しのけられる。
そう思った瞬間には吹き飛ばされていた。激しく壁に叩きつけられ、背後の壁が崩れ去った。
「しまった、今ので薬の効果が……!」
右手からは光が消えていた。拳も所々で擦り切れ、静かに赤い血が滴りだした。
「使えるのは左手だけか。でもやるしかねぇ!」
負ければどうなる。左手すら属性が解除されて魔力を吸われるか。そして昏倒した挙げ句に首をはねられるのか。
いや、そうはならない。次の一撃で決めてやる。こんな化物を放置すれば、どれほどの命が奪われるだろう。王家が滅びたからといって成仏する保証はないのだから。
「一撃だ。それでカタをつけるんだ……!」
腰を落として身構える。すると、態勢を立て直したノイズマンが近寄り、剣を手に取った。膨れ上がる憎悪に殺気。いよいよ不利か。せめて気持ちでは負けぬよう、雄叫びを響かせてやった。
その時だ。まるで呼応でもしたかのように、夜空に何者かの声が響き渡った。
「やせ我慢はおやめなさい。それ使っていいから。出来立てのホヤホヤよ」
気安い言葉があったかと思えば、眼前に小袋が落ちた。記憶を撹拌(かくはん)するような声色、妙に古臭い言い回し。まさかと思って見渡してみるが、状況は逼迫している。
「クソッ。こんな時じゃなけりゃ!」
封を開けて頭から粉をかぶった。そうして生じた光は、これまでとは比較にもならない。太陽を宿したと言っても過言でない程の輝きが、真昼のように辺りを照らしてみせた。
「おのれぇぇ、小細工をぉぉォオ!」
ノイズマンが剣を掲げながら飛んだ。見える。剣を覆う赤黒い衣、そして、その端がノイズマンの胸元に繋がる様子が。
慌てず、相手の動きを観る。着地点は3歩先。屈んで足を上げ、振り下ろす。タイミングは絶妙で、見事かかとが頬に突き刺さった。
転げて倒れるノイズマンに追撃。胸の繋がりを手刀で断ち切り、続けて拳を振り上げた。
「これで終いだ、お騒がせ野郎!」
狙うは柄の宝石。一直線に振り下ろす。相手も衣を激しく放出して守ろうとする。しかし柔い手応えがあるだけで、容易く拳は赤黒い衣を突き抜けた。まるで夜空を駆ける彗星のように。
そして、砕け散る甲高い音が、辺りに木霊した。
「ハァ、ハァ……。危ない所だった」
勝負は決した。それでも称賛の声が聞こえないのは、皆が逃げ去ったからだ。後に残るのは気絶したノイズマンに衛兵、そして刀身の錆びた剣だけだった。
怨念を宿した剣は、儚くもこうして眠りに就いたのだ。かつての所有者の魂と共に。
「後は、騎士団に任せるか。それくらい働いてもらおう」
城壁から降り、誰も居ない道を歩いた。称える人も居ないが、倒れ伏す人も居ない。上手く逃げ切ったのか。あるいはゴーワン達が活躍した結果かもしれない。
「もう帰るか。いや、その前にアイツらを回収しねぇと」
身体は気怠さを覚えた、しかし無事。右手に浅傷を負っただけで済んだのは幸運と言うべきか。
いや、実際運に助けられた。あの謎の人物を探してみようか。一度はそう思ったのだが、往来の向こうから現れた集団によってウヤムヤになった。
「やったのかい、イアクシル?」
装備を激しく損耗させた騎馬隊だ。皆が何かしら手傷を負っているらしく、布切れで腕を押さえるなどしていた。そんな様が、妙に眩く光るオレによって明るみにされた。
「アルケ……ン殿下」
「やめてくれよ畏まるのは。これからも好青年のアルケイオスとして接してくれないか」
「オレは構わん。しかし、世情が許さないのでは?」
「無礼だと気にするかい? 僕は王族とはいえ端くれさ。誰も咎めたりしないよ」
「じゃあアルケイオス。全て終わったぞ、城壁に行けば首謀者がおネンネしてる」
「あははっ。それにしても、まさか本当にやってのけるとはね。君は救国の英雄だよ。しっかりと記録に残しておくからね」
「やめてくれ。面倒なだけだ」
「白き鎧を身にまとい、巨悪を討ち果たす若き獅子。その名もイアクシル」
「やめろって、詩にしようとすんな」
「ちなみに、何でそうも光ってるんだい。薬の効果かな?」
「まぁな。これでもだいぶ落ち着いた方だぞ」
それからはアルケイオスに城への同行を求められた。事の顛末を説明する代わりに、上等な客室と食事を用意するとの事。
だが今は死ぬほど眠い。後日にしてくれと、その場は別れを告げた。それから向かったのは貧民窟の路地裏だ。
「おい、屋敷に帰るぞ」
「フゴォォォ。ンゴォォオオオ」
「のんきに大いびきかよ。エミリアは……」
「スヤァ、スヤァ……」
「はぁ。置いていく訳にもいかねぇよな」
仕方なく2人を両肩に担ぎ、帰路へとついた。疲れ切った身体にはキツイ。それでも、床で寝るよりはベッドに潜り込みたい。その一心から歩を進めていった。
空はすでに白みだしている。それに反して薬の効力は切れ、輝きの全てが消え去った。
「オレも早く寝ちまいたい。その前に歯磨きしねぇと……」
「フゴォォォ。うめぇですよ、テイルスープめちゃうめぇですよ」
「寝ても覚めても食いしん坊か、お前は」
「マスターだめ、その穴は別の用途」
「人を勝手に夢で汚すなよ」
「ししょお〜〜、アタシ、超絶面白いギャグを思いつきましたぁ」
「今度はどんな夢見てんだ」
「それはねぇ……フゴォォ」
「最後まで言えって、気になるだろ」
くたびれきった足がようやく玄関をまたぐ。2人を私室のベッドに放り込むと、歯磨きもそこそこにして眠った。夢すら見ない、ひたすら深い眠りの世界へと。
それから時間は流れ、陽が中天にまで昇った頃、オレ達はのろのろと起き出した。酷い気怠さ、そして身体の渇きが原因だった。覚束ない足取りのまま井戸まで行き、頭から水を被る。肌を刺すような冷気が覚醒に導き、1口だけ飲み込むと、なおさら気合いが入った。
屋敷へ戻る時、ちょうどアイシャ達とすれ違った。むくんだ顔に薄目の顔と、そこそこに疲れ切った様子が見て取れた。しかしここで気づく。帰り際に抱いた微かな懸念が、現実味を増しているのだ。
いつまで経ってもゴーワンが戻らない事に。
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