第22話 王城へ

 思い思いの武装、そして医薬品。そんな戦備えで進発したオレ達だが、歩みは遅れに遅れた。原因は身体能力の差で、全員が風のように駆け抜ける、という芸当が出来ない為だった。


「ハァ、ハァ、待ってくだされ……」


 最後尾はノイズマンの片腕ギリアムでも、衰弱していたロキシィやサーシャでもない。割と貧弱なる生真面目青年のゴーワンだった。


「そんなに辛いんだったら、屋敷で留守番してくれて良いんだぞ」


「いえ、この一大事に働かずして、何が薬師かと! 日頃の恩義に報いるため、ここは何としても、ご同行いたします!」


 正直、オレとしては帰還してくれる方が助かるのだが。その気持ちを汲んでやらねば、後々しこりを残しそうだ。


 名案でもないもんか。何の気無しにアイシャの方を見ると、勘違いしたのか、妙なやる気を打ち出してきた。


「師匠、お任せください! アタシの剛腕で王都まで投げ飛ばしてみせます!」


「それだと、着地した時に全身を強く打って死亡、だろうな」


「そんじゃあ、ふくら液は? あれでフンワリ浮かんでしまえば移動も楽チンですよ」


「あれは効果が切れるまで3日はかかる。別の意味でお荷物だ」


「ウムム、万策尽きましたね」


 こうしてる間にも時間は浪費される。先行と後続で二手に別れるかと考えた所、ゴーワンが杖先で小突かれた。すると全身に深紅の光が宿りだす。


「こ、これは……体が軽い!」


 それからのゴーワンは別人のように跳ね、先頭を駆け抜けていった。「ボヤボヤしていると置いていきますぞ」などという置き土産を残して。


「調子の良い奴。アンタらはいつもこんな感じなの?」


 術者はサーシャという女魔術師だ。顔を見ずとも声色で呆れているのが分かる。


「それはむしろお前らに聞きたい。サーシャとか言ったな、ボロボロにされてまでノイズマンを救いたい理由はなんだ?」


「ギリアムとロキシィはあれだよ。バカ高い入院費を払ってくれたことに恩義を感じてるのさ。何人かはもう逃げちまったけど、アイツらは最後まで裏切らないだろうね」


「他人事だな。お前はどうなんだ?」


「べ、別に。何だって良いだろ!」


 深紅の光が一層濃いきらめきを残し、下り坂を疾走していった。


 それにしてもあのノイズマンが慕われるとは。乱暴で無鉄砲の上になぜか謀略が好きだけど下手すぎて看破されまくって最後は吊し上げになるような、あの男がだ。色々あって、莫大な借金を背負う憂き目に遭ったが、信頼を得られた事はヤツにとって幸運だったろう。


「門は、やはり開いてねぇよな」


 駆けつけた王都は、あらゆる門を閉じており、救援者すら拒む姿勢だった。さらには見張りすら立っていない。開門を頼もうにもその相手は存在しなかった。


「どうすっかな。飛び越すか、破壊だと後々面倒だし」


「ハヒィ〜〜ハヒィ。ここは、ひとつ、穏便に……」


「ゴーワン、お前は息を整えてろ。その間に目処をつけておく」


「め、面目、ない」


 デスクワークのツケか、ゴーワンはただでさえ少ないスタミナを摩耗させていた。同じ魔法を受けたギリアム達に比べて、雲泥の差なのは普段の運動量が違うからだろう。


「飛び越すとしたら、乗り込めるのはオレとアイシャ、それとエミリアくらいか。仮にやったとしても、門の開け方なんか知らないしな」


「門を持ち上げましょうか? 両開き式じゃなくて格子型ですし」


「マジかよ。もしかしてアイシャは化物でいらっしゃる?」


「ふふっ。敬愛する師匠から一目置かれるのは気持ちが良いです。これが愉悦ってやつですね」


「そうか、呆れ半分だぞ」


 実際やらせてみてどうか。これがまさか、地響きとともに門は開かれた。屈んで乗り込むだけの隙間を生み出してみせたのだから、人間兵器そのものだ。もちろん、頭おかしいと思う。


「さてと。これからどうします?」


「住民の為に退路を確保するべきだ。ロキシィとギリアムは、どうにかして門を開けろ」


「どうにかって、どうやって!?」


「鍵師だろ。仕掛けくらい読み解いてみせろ」


「無茶言うよな、まったく……」


 反抗的な2人をその場に残し、残りは奥へと侵入していった。かつて賑わいを見せた中央通りに噴水広場。人っ子一人居ないのは、夜更けだからという理由だけではない。


「悲鳴はどっからだ。建物で反響して分かんねぇな」


「王城の方だと思う。このまま大通りを行くべき」


「信じて良いのかエミリア?」


「たぶん合ってる。分かりやすい目印もあるし」


「目印って……あっ!」


 言われるまで気付けなかったが、道の端に転がされた人がチラホラと居たらしい。それらは道標であるかのように、1つの方向を示していた


 しかしともかく治療だ。考察は後回しに、傍へと駆け寄った。


「しっかりしろ。大丈夫か!」


 返事はない。抱き起こした首も腕もダラリと下がっている。しかし命はまだ残されていた。


「これは、魔力耗弱(まりょくもうじゃく)の症状だ。寝ている内に回復するだろうが……」


「師匠! 何か来ます!」


 アイシャが闇に向かって声を荒らげた。微かに光る赤い光。それは獰猛な敵意を宿した瞳だった。生者を妬み、亡き者にしようとする魔獣。奪い去った魔力により、仮初めの肉体で悪事を働くというおぞましき悪魔だ。


「デッドウォークか。雑魚だが放置できんな」


「師匠、どうします?」


「ゴーワン、サーシャ。お前たちには薬を預ける。怪我人や逃げ遅れた人たちを都の外まで誘導しろ」


「任されましたぞ!」


「別に良いけど、アンタらはどうすんだい」


「制圧しながら進み、親玉を討つ」


「もしかしなくてもノイズマンが相手だよ。まさか、殺すとか言わないよな?」


 サーシャの気配が荒々しくなる。こいつも何らかの理由でノイズマンを慕う者なのか。


「万がいちアイツを救えたとしても、次の瞬間には牢屋送りだぞ。極刑は免れない」


「生きてりゃ助けようもある。だから約束をしろ、ノイズマンを正気に戻すと。そうじゃないならアンタの命令なんか聞いてやんない」


「揉めてるゆとりなんか無い。最善を尽くしてやる、それで納得しろ」


「……裏切ったら絶対に許さないから」


 その言葉を最後に、ゴーワン達と別れた。護衛として付けたサーシャがどこまで戦えるのか、賭けに近いものがある。肉体強化の魔法が使えるなら、他の魔法もそれなりに操れるハズだ。


「さてと。オレ達もやるぞ」


「師匠、来ますよ。5体はいますね」


「私に任せて。すぐ終わらせる」


 真っ先に飛び出したエミリア。暗闇に白刃が走る。その美しい軌跡はデッドウォークの首元を襲い、腐肉を容易く切り裂いた。


「マスター見てくれた? 怪力だけでは出来ない芸当」


「よそ見するなエミリア、敵はまだ動くぞ!」


「えっ……」


 刃で斬ったくらいでは不死性を無力化できない。弱点を的確に打たなくては。


「エミリアさん、汚されたくなきゃ伏せてなさい」


 颯爽と飛んだアイシャが痛烈な蹴りを浴びせた。するとデッドウォークの身体は散り散りになり、琥珀色に輝く玉を宙に残した。それを拳で粉砕すればお終い。敵は二度と蘇る事はない。


 アイシャの武技は冴え渡っていた。オレの出番もなしに一頻り討伐を終えてしまったのだから。辺りは微かな腐臭を残すのみで、肉片はひとつ残らず消滅した。


「おわかり? 役立たずのエミリアさん。格の違いを理解したら、2度と歯向かわないでくださいね」


「分かった。これからの戦闘はゴリラ女に任せて、か弱い私はマスターに守られるポジションに収まる」


「口の減らないクソ女ですね。パンツひんむいて、きたねぇケツを魔獣どもに食わせてやっても良いんですよ?」


「それは大変。神々しさのあまり全ての悪霊が成仏しちゃう」


「お前らその辺にしとけ。先を急ぐぞ」


 王城へ続く道をひたすら駆けていく。商店街に住宅街、貴族街を通るうち、何度か妨害された。しかし全てがデッドウォーク。対策さえ分かれば楽な相手だ。


 相手の胸の中央を撃つ。そうして露わになった光球を破壊すれば倒せる。アイシャの剛力に頼らずとも容易く進む事が出来た。ちなみに、敵が女形だった場合は、アイシャなりエミリアが横取りして、オレを後方に追いやった事は鬱陶しかった。


「城はまだかよ、意外と遠いな!」


「水堀が見えた。もうじきのはず」


 ひたすら曲がり道を往けば、悲鳴は次第に膨らんでいった。そうして、開けた場所に出ると、地獄にも似た光景が広がっていた。


 騎士団は居た。しかし城門を閉ざし、全てを阻もうという構えだ。締め出しをくらった王都民達は、悲鳴をあげつつ門を叩き、その背後からは1人の男に脅かされていた。


 古めかしくも豪華絢爛な片手剣。全身を赤黒い霧で覆われた、狂気の気配を漂わせる者。間違いない、ノイズマンだ。その歩みは遅く、一歩一歩確かめるかのように、あるいは逃げ惑う人々を弄ぶかのように。


「あの野郎、よりにもよって大当たりを引きやがって……!」


 ワイトなどという下級霊ではない。その正体はレアもレア、書物の中でしかお目にかかれないような化物が、目の前を跋扈している。


 震え。寒気にも似た何かを感じつつ、緩やかに遠ざかる背中を眺め続けた。

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