第21話 風の強い夜に

 夜空でゴウゴウと風が鳴り、余波で木窓が悲鳴をあげる。ささやかな晩餐を終えたオレ達は、白湯を片手に寛いでいた。味わいそのものは質素ながらも、お喋りが多いので賑やかではある。


「今宵は強風ですな。窓が破られないか不安ですぞ」


「さすがにそれは無いだろ。だが、明日は掃除が必要かもな。枝とかゴミとか飛ばされてくる」


「師匠、明日の庭掃除を一緒にやりません? 荒れちゃってるなら1人だと厳しいかなって」


「分かった。エミリアを連れて行け」


「パンツ見せながらうろつく女はちょっと……」


「見せてない。私は生涯で一度も事故らない技術を会得してる」


「へぇ、だったら今ここで、その汚え裾をまくり上げてやりますよ」


「やってみると良い。次の瞬間には指という指がへし折れてる」


 そこからは小競り合いだ。目にも留まらぬ速度で手を伸ばし、払いのけるの繰り返しだ。ゴーワンは、その生真面目さから止めようと狼狽えるのだが、無駄な努力というものだ。周りを破壊しないよう眼を光らせるだけで十分だ。


――ガンガン!


 その時ドアノッカーが鳴った。まず2つ。遅れて数度、苛立ったように。オレはゴーワンに目配せをすると、依然騒がしいダイニングを後にした。


「ここは診療所改めお菓子屋さんだ。こんな夜更けに何の……」


 入り口を開けるなり、その隙間から誰かがなだれ込んできた。大人が男女3人ほど、しかも武装している。


「押し入り強盗、ではないか」


 連中の姿勢は倒れ込んだと見るのが正しい。疲労が激しいのか問いかけに答えはない。更に浅傷が散見され、1人は顔面蒼白だった。


「ゴーワン、診察室に運ぶ。手伝ってくれ」


「承知ですぞ……って、それは何ですかな?」


「武器を取り上げている。念の為、別室に置いておくべきだ」


 オレは自分の記憶力に感謝していた。コイツらの名前は知らない。だが顔は確かに知っている。ノイズマンの取り巻き共。現在は墓荒らしの容疑で追い回されている冒険者達だった。


 治療はする。しかし自由の身にする訳にはいかない。速やかに重症者を診察台に寝かせ、余力のある方は椅子に座らせ、楽しい『おしゃべり』が始められた。


「ノイズマンはどこにいる?」


 剣士風の男が弾かれたようにたじろぐ。特徴は革鎧と頬に戦傷、長めの金髪を端っこから全部逆サイドに流しているスタイル。途中でハラリと前に垂れるので、顔の右半分を隠しているような容貌だ。それは寝癖かオシャレなのか、併せて尋ねたくなる。


「お前たちの怪我は、騎士団と交戦した結果か?」


 男はまだ答えない。しかし、オレの見立ては違う。根拠としてあげるなら魔術師の女だ。今も顔面蒼白で、診察台に寝かせているのだが、これは手傷が原因ではない。実際、汚れこそ目立つが外傷は無かった。


「客人、黙っていては何も分かりませぬ。手厚い治療を望まれるなら、協力するのが筋では?」


「良いんだゴーワン。無理に喋らすな」


「しかしイアクシル殿」


「それに大筋の事は読めている。お前たち、禁忌に触れたろ」


 その言葉で男がうつむいた。小刻みに震えるのが離れていてもよく分かる。


「王家の墓には財宝もあるが、いわくつきの品も少なくない。そこでタチの悪い呪いや魔術にかかった。違うか?」


 男の震えは止まらない。それどころか、意を決したように立ち上がり、しがみついてきた。


「頼むよ。リーダーを、ノイズマンを助けてやってくれ!」


「ハァ……。オレは聖職者でも騎士団でもねぇんだぞ。拝む相手を間違えんな」


「でもアンタは友達なんだろ? 手を貸してくれよ!」


「ともかく話だ。詳しく教えろ」


 男は観念したように話しだした。自白としか言いようのない経緯を。ちなみに目の前の男は剣士で、名をギリアムというそうだ。


「あれはユレェ祭の晩だ。オレ達はとんでもない借金から逃れるため、盗みを働く事を決めた」


「短絡的だな」


「お前に分かんのかよ。そこらの草食って生きるような惨めさを!」


 分かる、というか実践した。オレは惨めだと思わんが、世間一般では違うらしい。


「まぁ良い。祭りの夜は警備が極端に甘くなる事を知っていた。見張りの相手は魔術師のサーシャに任せて、侵入したんだ」


「少人数とはいえ、よく制したな。アイツらの鎧は魔術に抵抗できるよう錬成されてるんだが」


「色仕掛けだ。油断させたあとは眠り薬で」


「そうか。思いの外、泥臭いやり方だったんだな」


 話はそれからも続いた。目論見通り墓所に足を踏み入れた連中は、順調に探索を進めた。中に巡回の警備など存在しない。罠さえ気をつけてしまえば、もはや宝物庫も同然。慎重に、かつ大胆に貴金属を回収していった。


 しかしここで事件が起こる。一際小さな部屋に踏み込んだ時の事だ。隠し扉である事も手伝い、秘められし財宝に期待を寄せたのも束の間。他所にはない嫌な気配を感じたと言う。


「オレは寒気があった。ロキシィやサーシャなんかは両腕を抱えて震えるほどだった。しかしノイズマンだけは違い、狭い室内を歩き出した。思い返せば、誘われたのかもしれない」


「誘われたって、何に?」


「部屋には棺くらいしか無かったんだが、その上には一振りの剣が安置されていた。持ち出されないよう、厳重に鎖で縛られ、更には聖属性の封印を為されたものが」


「もしかして、それを?」


「アイツ、力ずくで引き抜きやがった。封印の力で、両手が焼けるのを厭わずに!」


 王家の歴史は血の歴史。葬られていたのは政争に敗れた誰かなのだろう。剣はおそらく愛用のもの。様子からして単なる墓標代わりでは無さそうだ。


「それからだ。ノイズマンの全身が赤黒い光に覆われて、オレ達に襲いかかってきたんだ! 何を言っても聞きゃしねぇ、完全に敵の眼をしてやがった!」


「取り憑かれたな。ワイトか、あるいは上位の死霊に」


 どれくらいの悪霊か判断しにくい。ノイズマン程度のヤツだったら、下級相手でも乗っ取られる可能性があるからだ。


「それからは山中を逃げ回ったよ。朝も夜もなく、遭難しながら延々と」


「一ヶ月近くもか? 良く生き残ったもんだ」


「魔術で食い物を生み出す事が出来る。そのおかげで命があった。ノイズマンから繰り返し襲われたんだが、どうやって凌いだかは覚えてねぇ」


「そんで、肝心のヤツはどこに?」


 ここでギリアムが首を横に振った。隠したい、とは別のニュアンスだ。


「昨日、ようやく麓に降りた時の事だ。ちょうど出くわした騎士団に襲われちまった。さすがに覚悟したけど、追ってきたノイズマンと奴らで戦闘になったんだ。オレ達は隙をついて逃げてきたよ……」


「そこで見失ったと?」


 その言葉には静かに頷き返された。それが事実だとすると、相当に厄介な事態だ。


「イアクシル殿。これは由々しき事では? 下級の悪霊ならば、憂さ晴らしするだけで成仏しますが」


「恨みが強ければ、報復も凄惨になる。取り憑かれたままで人里にでも現れれば……」


 その時、風に煽られて窓が開いた。耳にうるさい、唸り声にも似た暴風だ。すぐさま閉めようと思ったのだが、その音に紛れて、別の物が聞こえてきた。


「ゴーワン、ちょっと来い」


「どうなされた。窓が壊れでもしたのですか」


「いや違う。あっちの方向に意識を集中してみろ」


 そう言いつつ、オレも神経を研ぎ澄ました。するとやはり聞こえた。様々な声色の悲鳴。微かにだが、途切れること無く続いていた。


「これはもしや、王都に?」


「その可能性が高い。そうでなきゃタダの乱痴気騒ぎだ」


「頼むよアンタたち! ノイズマンを助けてやってくれ!」


「助ける? オレに何の義理があるってんだ」


「だって友達なんだろ、こういう時は助け合うもんじゃねぇか!」


「ふぅん。事あるごとに突っかかり、陰口や嫌がらせし放題。終いには抜剣して襲いかかってきたよな。そんなヤツをお前らは友達と呼ぶのか?」


「いや、それはそうかもしれねぇけど、非常時だろうが!」


「しかも盗みに入って取り憑かれたとかいう間抜けだ。助けてやる理由が1つもない」


「そんな言い草ないだろ、オレ達はとんでもねぇ借金でクソ貧乏になったんだ! だったら生き延びるために何でもやるだろ!」


 男の敵意が全力で向けられた。開き直りもここまで来ると爽やかさすら感じられる。


「何でもするとか言いつつ、工夫はしなかったのか。貧乏でも、有るものをフル活用して這い上がろうとする考えは無かったのか」


「工夫だと!?」


「少なくともオレはそうしたよ。どうすれば食っていけるか、貧しさに負けない為にはってな。短絡的に犯罪を犯したお前らとは次元が違うんだよ」


 ギリアムはうつむいて呻いた。以前は、薬師なんて人生捨ててるとまで言ってのけた奴らだ。そのオレから金で説教受けるとはどんな心境だろう。


 根掘り葉掘り聞いてみたい。しかし状況はなかなかに逼迫していた。


「まぁあれだ。都の様子を見に行くくらいは良いか」


「イアクシル殿。本気ですか?」


「怪我人も一杯いるだろうしな。王都民に罪はないだろ」


「しかし、我々は医療行為を禁じられておりますが」


「勘違いすんな、オレはお菓子屋さんだ。菓子をさばきに行くだけだぞ」


 ここで、自分の口角が持ち上がるのを感じた。意図してやろうとした顔ではない。


「まぁ不思議な事に、その菓子は傷口を塞いでしまうんだがな」


「君というお人は……。承知しました、お供いたしますぞ!」


「取り巻き共、お前らも一仕事してもらうぞ。ついてこい」


「あ、あぁ。もちろんだ」


 オレは衰弱したままの2人に魔力薬と傷薬を与え、ゴーワンには準備を命じた。続けてダイニングへと向かったのは、アイシャ達に声をかける為だったのだが。


「いい加減パンツを見せろですよオラァ!」


「残念。そんな動きじゃ捉えられない」


「グギギ……あともうちょっとなのに」


「そのちょっとを詰めるのに何百年かかるかな」


「お前らまだ遊んでたのかよ!」


 準備の方は、色々とありつつも、とにかく急がせた。そして向かう。闇夜と悲鳴に覆い尽くされた王都へと。

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