第20話 薬師と墓荒らし

 今日も朝から診察。短い昼休憩を挟み、午後の診察を開始しようとした所、にわかに外が騒がしくなった。馬蹄の響きも混じっている。つまりは高官や貴族か、あるいは上位の冒険者かもしれない。


 少なくとも、うちの診療所には馴染みのない手合いだ。応対しようとするアイシャを制し、オレは1人外に出た。


「嫌な予感がすると思ったら、とうとう来やがったか……」


 眼にしたのは騎馬兵が12騎ほど。それらは王国軍に違いないのだが、部隊が分かれているらしい。群れの差別化を示すかのように離れて整列していた。


「貴様がここの責任者か!」


 下馬した左の集団から男が叫び、詰め寄ってきた。赤縁のある銀鎧。所属は王都警備隊だろう。


 そして怒声はもう一つある。今度は右の集団から詰め寄る男がいる。銀鎧に厚手の白マント。広域警備隊だろうか。


「お前がイアクシルか、覚悟してもらうぞ!」


 2人は庭を突っ切りつつ、互いを牽制しながら迫る。押しのけ合い、たまに足掛けなどをかましつつ、結局は肩を並べてオレの前に並び立った。


「アンタら騎士だろ。こんな所で油売っててもいいのか?」


「そのお役目でやって来たのだ。王都の詰め所まで来てもらうぞ」


「出来るかよ、まだ患者さんが待ってるんだぞ」


「貴様、罪を重ねるつもりか。この場で切り捨ててやっても良いのだぞ」


 完全にやる気だ。それだけでも面倒なのに、事態をややこしくするのはもう1人の騎士だ。


「勝手に決めるな、都勤めの軟弱野郎め。コイツの身柄は南方大牙騎士団が預かる!」


「中央に逆らうとはシツケのなっておらん、騎士の風上にもおけんな。貴様も牢屋に閉じ込めてやろうか?」


「家柄だけで出世した男がホザくな。その細腕で剣が握れるか見定めてくれる!」


「やるか底辺!」


「後悔しろ貧弱騎士めが!」


 こうして、2人が柄に手をかけて剣を抜いた。人様の庭で、患者さんが遠巻きに見守る中で。


 オレはこの時どうだったか。笑っていたかもしれない。そして速やかに2つの手首に拳を叩きつけ、またたく間に場を制圧した。


「な、何をするか!」


「お前らさ。こっちは取り込み中だ。話なら仕事の後に聞いてやるから、外で大人しくしてろ」


「貴様の些事を優先するとは、不敬にもほどが……!」


「だったらオレらと揉めるか? 大隊くらいなら潰す気満々の家人が控えてるんだがな」


 オレの背後に殺気が2つあった。全身に深紅の闘気まとうアイシャに、研ぎ澄まされたナイフを逆手に持つエミリア。合図するだけで、新兵混じりの騎士たちに襲いかかるのは明白だった。


「な、ならば許してやる。手短に済ませるように!」


「はいはい。敷地の外で待ってろよ」


 それからようやく午後の診察を開始できた。5人待ちだったものが2人増え、計7人の患者を診ることになった。話が長くなりがちで時間は急流のように流れていく。特にネタネさんの話は長大で、感謝の言葉に始まり、孫娘を紹介する場面でアイシャが割り込むという光景まであった。


 結局、仕事が終わった頃には陽が傾いていた。


「終わったぞ。ちゃんと待ってたんだな」


「て……手早く済ませるのではなかったのか」


「ずっと突っ立ってたのか。疲れたろ、鎧を脱いだらどうだ」


「これは騎士のたしなみ。たかが半日ごとき何でもないわ」


 そう豪語するリーダー格2人だが、どちらからもカタカタと金属音が鳴った。手早く済ませてやろうという憐憫(れんびん)の情が浮かんでくる。


「んで、何の用だ?」


 問いに対していち早く反応したのは、赤縁の方だった。待ちぼうけする間に打ち合わせでもしたのだろうか。


「薬師イアクシルに告ぐ。即刻、医療行為を放棄し、診療所を閉鎖せよ。逆らう場合は国王代理の名の下に、厳罰に処すものとする」


「国王代理? 国王からじゃないのか?」


「余計な詮索は無用。下民には関係のない事だ」


「まぁそっちの言い分は分かったよ。もう1つは?」


 促してみるとマント姿の方が声をあげた。こちらはまだ余力があるのか、ふんぞり返る余裕すら見せた。


「イアクシルよ。王家廟の侵入、および副葬品の略奪の容疑により逮捕拘禁する!」


「はぁ? 墓荒らしだって? 何かの間違いだろ」


「嘘をつくな、動かぬ証拠がここにある!」


 そうしてマント騎士が取り出したのは薬瓶だった。それが証拠とはどういう事だ。浮かび上がる疑念に対し、先手を打つように説明がされた。


「立入禁止の廟にコレが落ちていたのだ。ご丁寧にも貴様の名と用法が書かれたものがな」


「それがどうしたってんだ」


「だから貴様が犯人だ!」


 真っ直ぐな言葉と視線に、思わずこめかみが疼いた。頭痛薬が欲しい気分だ。


「あのさ、それが証拠ってバカかよ。誰かが買って、現場で落とした可能性を考えなかったのか?」


「この世の中に薬なんか売れる訳がないだろう!」


「正論だけどたまには売れるんだよ!」


「黙れ観念しろ、貴様が犯人だ!」


「だから違うって……うん?」


 マント騎士の持つ薬瓶には見覚えがあった。手早くひったくり、説明欄を見ると、疑念が確信へと変わった。


「なんでこんなもんが……」


「返せ貴様、返さんか貴様!」


「集魔香なんて滅多に持ち出してない。あるとしたら……」


「何てすばしっこい奴、早く返せ!」


 アイツ以外に譲った記憶はない。動機は金欲しさか。そこまで思い浮かべると、瓶を突っ返しつつ教えてやった。


「Bクラス冒険者にノイズマンという男がいる。そいつが何か知ってるに違いない」


「……デタラメではあるまいな?」


「十中八九、当たりだと思う。急げよ、国外逃亡されるかもしれんぞ」


「クッ。空振りだった時は覚悟しろよ。騎士の名誉にかけて馬裂きの刑をくれてやる!」


「そんときゃ暴れ回って一泡吹かせてやる。お前こそ大損害を覚悟するんだな」


「薬師風情が大口を叩きおって……! 良いか、貴様のような社会の隅っこでウジウジするゴミムシなぞ、しかるべき準備があれば簡単に殺せるのだぞ。それを忘れるなバカ野郎が!」


 その言葉を最後に騎兵の2隊は別れて駆け去っていった。一方は王都へ、もう一方は街道伝いに別の方へ。オレは小石を拾って投げつけた。狙いは地方に向かう部隊。


 豆粒くらいに小さくなった集団の先頭で、落馬して喚く声が聞こえた。我ながら絶妙なコントロールだ。ささやかな戦果とともに屋敷へと戻り、その日は終わりを迎えた。


 それから翌日、翌々日と平穏無事に過ごして、訪れた3日目。再び騎士の一隊がやってきた。赤縁の方で、今度は詰問という様子ではない。ただノイズマンの特徴を聞くことに終始した。


「ふむ。大柄で、長剣遣い。グループ規模は4〜5人程度と」


「ノイズマンはまだ見つかってないのか?」


「ハァ……。ギルドに出頭命令を出した。聞き込みもした。だが姿を見せず、足取りも不明だ」


「そうか。一体どこに居るんだろうな」


「もし見かけたら報告するように。隠し立ては特にならんぞ」


「かくまう義理なんかねぇよ」


 あるとしたら、せいぜい怪我を治療する程度。後は縄でふん縛って騎士に突き出し、罪を償う機会を用意してやるくらいか。


 ひとしきり聞き込みを終えた騎士が帰ろうと身を翻した。しかしそのタイミングでアイシャが「お客さん来てますよ」と告げた。すると予想通りに嫌疑の声があがった。


「イアクシルよ。医療行為は禁じたはずだが、よくもヌケヌケと……」


 嫌疑の瞳がギラリと光る。もちろん対策済みなので、どこ吹く風と受け流した。


「おっと誤解すんな。今はイアクシル診療所改めお菓子屋さんだぞ」


「か、菓子ィ?」


「これなんだがな」


 取り出したのはゲル状のもの。毒にも薬にもならないが、焼豚の味がして美味しい。


「な、なんだ。その不可思議な代物は」


「庶民ってのは、どこまでも慎ましいもんだ。肉が食えない奴はこうして代替品を口にして、欲求を満たすんだからな」


「そんなものが替わりになるとでも?」


「疑う気か。なら喰ってみろよ」


「やめろ。そんな怪しげなものを誰が口にするか」


「ゴチャゴチャ言わずに喰えやオラァ!」


「やめっ、離せ……!?」


 ひとサジ掬ってお口にイン。それきり騒がしかった騎士も、口をうごめかしつつ大人しくなった。そして首を左右に散々ひねりはしたものの、結局は嗜好品として認め、お咎め無しで終わった。


「それでは次の方どうぞ」


 もちろん患者には、このゲルに薬を混ぜ合わせたものを提供する。味が好評という事もあり患者さんはニッコリ。オレも仕事が盛況でニッコリ、国も実態を知らずニッコニコと、三方全て良しという正に完璧な着地点だった。


 これで面倒事はお終い。診療所封鎖も、墓荒らしの件も、ウチとしては解決したのだから。明日以降も平穏無事な日々が続くはずと思ったのだが、その認識は誤りであったらしい。


 とある風の強い夜、大きなドアノックがオレに告げた。事件はまだまだ半ばである事を。




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