第17話 来訪者は続々と

 今宵はユレェ祭り。本来なら料理に飾りにと賑やかにし、盛大に祝うところだ。しかし先日の御触れ騒動に振り回された結果、食卓は侘びしい様相を呈している。


 対面する2つの顔は彫刻のようだ。エミリアは普段通りにせよ、アイシャがやると強烈だった。


「せっかくのイベントなのに、黒パンと干し肉って……」


「仕方ねぇだろ。バタバタして買い物できなかったんだから」


「マスター、真ん中にある枝は何?」


 エミリアはあまり詳しくなかった。北国出身と聞いているが、もしかすると異国なのかもしれない。セントローデル人なら定番のイベントなのだから。


「ユレェ祭ってのは本来なら神木を祀り、大地の神にお供物をするという趣旨だったんだ」


「へぇ。ただの枝かと思ったら霊験あらたかなる……」


「いや、そこらで拾ってきたやつだ。すっかり形骸化してるからな。メシは人が食うし、飾りも木の枝なら何でもオッケーだ」


「そう。味気ないのね、色々と」


 エミリアは俯きながら黒パンを指でつついた。オレも気分としては大差ない。そう思って秘策を取り出そうとした。


「これだけじゃ流石に辛いだろ。だから今夜の為に発明品を……」


「やめましょうよ。祭りの夜くらい、怪しげな薬は抜きにして」


「お前な。仮にも人の努力を怪しげ呼ばわりするかよ」


「せめてなぁ、温かな料理の1品も欲しいですね……ゴズタウロスのシチューとか、4元オークのスープとか」


「無い物ねだりすんな。哀しくなるだけだろ」


 その時だ。ドアノッカーが鳴らされた。激しいものが2回。ダイニングの空気は途端に張り詰めたものになる。


「し、師匠。今のってまさか騎士団?」


「落ち着け。急患の可能性もある。応対はオレがやるから、お前らは手分けして付近の様子を探れ」


「分かりました、腕が鳴ります!」


「団長の首はいただいた。ポロンと落としてみせる」


「何度も言うが手荒な真似は控えろよ?」


 オレは足音を殺しつつ玄関へ。外の気配はというと、意外にも穏やかだ。少なくとも殺気はどは感じられない。


「お待たせしました。責任者のイアクシルと……」


「久しぶり、お兄ちゃん! ユレェナイト!」


「お、おう。ユレェナイト……」


 想定外にも程がある。そこにはバスケットを抱えた少年が居たのだが、彼は行商の折に出会った貧困少年だった。


 しかしそれも過去の事か。今や新品の防寒具で身を包み、血色も健康そのものだ。そして彼の隣に連れ添う女性、こちらは母親だった。


「夜分遅くに失礼します。いつぞやのお礼をと思いまして」


 そう言ってはしなやかに一礼した。母親の方も復調したらしい。一般的な装いからして、暮らしぶりも良くなったのだろう。衣食については万全のように見えた。


「お気遣いなら無用ですよ。私は伝手があったので、貴女を救えただけですので。大した事はしていません」


「ですが、貴方様のおかげで、私達母子は立ち直れました。少ないですがお礼も……」


「私が薬を処方したならまだしも、人を紹介しただけです。そのお金は受け取れませんよ」


「そうですか。では、お邪魔でなければコチラを」


 母に促された少年がバスケットを差し出す。それと同時に白く輝く歯も見えた。


「お兄ちゃん、これ母さんの手作りなんだ。美味しいから食べてよ!」


「手作り料理?」


「そうだよ。うちの母さんが働くレストランはすごい大人気なんだ。絶対おいしいから食べてみてよ!」


「なるほど。では貴女は料理人としてご活躍されてるのですね」


「まだまだ未熟です。お口に合うかどうか分かりませんが、丹精込めて作りました」


 受け取ってみるとそこそこ重たい。これがあれば腹減らし共も落ち着くかもしれない。それが人前なら尚更だ。


「そうだ。貴女方も良かったらご一緒しませんか」


「良いのお兄ちゃん! やったぁーー!」


「こ、コラ。待ちなさいガストン!」


 少年は母親の制止も聞かずに駆け出した。そして通路でアイシャとぶつかり、声をあげて再会を喜んだ。


「アイシャ、エミリア。席に戻っていいぞ。杞憂だった」


「そのようですね。せっかく鉄甲まで持ち出したんですが」


「残念。ナイフが血を吸いたいと嘆いてる」


「こんな日に物騒なもん持ち出すんじゃないよ」


 皆で揃ってダイニングに戻る。そこでいただいた料理を披露してみると、溜め息混じりの歓声があがった。品はシチューで、バスケットに火鉱石の廃石を敷き詰めたので、まだ湯気を放つほどに温かい。


「この食器のロゴ……。ビストロ・ゼリアのやつじゃないですか!」


「アイシャ、知ってんのか?」


「知ってるも何も、王都で五指に入る超名店ですよ! 予約しなきゃ食べらんない、しかも半年待ちとかの!」


 ゼリアとは母親の方の名前だった。そちらの方を見ると、少し顔を赤らめている。


「お恥ずかしい。評判ばかりが広まっているようでして。予約が云々というのも、以前は私が病気がちでお休みしていただけです」


「いやいや、そりゃ謙遜ってもんですよ。何せあの性悪なカテリーナでさえ褒めてましたもん。絶対美味いですよ」


「そんだけの絶品なら、冷めないウチに食べようか」


 手早く木椀を用意して、いざ。いただきます。唇と舌が瞬時に火照ると、豊かな薫りが鼻にまで立ち上ってくる。そしていち早く反応を示したのは、やはりというかアイシャだった。


「濃厚! すんごい深い味! これがゼリア料理なんですね!」


 オレも叫びこそしなかったものの、美味いと思った。角切り肉は柔らかで、舌に触れた途端ほどけていく。タマネギ、人参、ジャガイモといった野菜も甘みがたっぷり。それでいて微かに残る芯が、絶妙な歯触りを実現する。そしてスープも、様々な味わいが溶け込んでおり、もはや分析すらままならない。美味いスープとしか表現できなかった。


 エミリアも終始無言だが、相当気に入ったらしい。口を膨らませては食べ進め、黒パンをスープに浸してまで満喫しているのだから。


「ゼリアさん、ありがとうございます! お陰様で悲惨な夜を回避できました!」


「とんでもございません。少しでもお役に立てたなら幸いです」


「アイシャ、お前な。そこまで言うなら飲ませてやらんぞ」


「飲ませるって、何をです?」


「発明品があるって言ったろ」


 卓上に置いた2つのビン。方や果実酒、方やジュース。買い出しに行けない時間を活用して、今夜の為に用意した品だった。


「それは何です?」


「発明品があるって言ったろ。良さげな飲み物を作ってみたんだ」


「あれっ。てっきり幻が見えたり、腹だけが膨れたりみたいな物かと……」


「そんなもんばっか作ってる訳じゃねぇよ」


 グラスに少し注いで手渡していく。ガストンにはジュースの方を。そして一同が軽く目配せをする中、アイシャが1番に口をつけた。そして結果はそこそこ予想通りのものだ。


「うまっ! シュワシュワのお酒!」


 続けてエミリアも眼を見開いて叫んだ。


「魔法みたい。新感覚すぎる!」


「レモン酒に魔泡玉の残りを足しただけだ。意外と良くできたかな」


「お兄ちゃん、こっちもシュワッとして美味しいよ!」


「そっちはオレンジがベースだな。念の為ジュースも用意してて良かった」


 実を言うと、少しだけ緊張している。まさか料理人相手に自家製の酒を飲ませる事になったのだから。


 今、ゼリアの口にグラスが。さすがに罵られはしないだろうが、結果はいかに。


「こちらは、本当にイアクシル様が作られたのですか?」


 ゼリアは一口含んだだけでグラスを外し、口元に手をやった。


「もしかして不味かったか? だったら残りは……」


「いいえとんでもない! この口当たりは革新的です、ぜひウチの店に融通してもらえませんか!?」


「やったじゃないですか師匠。儲け話ですよ!」


「ゼリアさん。オレとしては構わないんですが

、材料の都合から多く作れないのです。酒に換算して、年間に100本も用意できるかどうか。売り物とするには少なすぎるかと」


「そうであれば尚更です。美食家の皆様は金に糸目をつけませんから。希少価値も手伝って、1本3万ディナ。評判になればもっと高い値が付くと思います」


「さんまんでぃな!?」


 まるで頭を殴られたような衝撃だ。3万だなんて、これまで生きた中で触れたこともない額面。価格帯で言えば店売り武具の業物と同じくらいか。そんなステージで商売をし続けたなら、王都で診療所を開くことも難しくはない。


「そうか。この酒にはそんな価値が……」


 オレが余韻に浸る間もなく、辺りには大歓声が轟いた。


「よっしゃぁ! 苦節ウン年、師匠の苦労がようやく実ったぞぉーーッ!」


「うるさっ。声でかすぎだろ」


「ほらエミリア、何を突っ伏してんですか。この歴史的な勝利を喜ばずして……って寝てるし!」


「コイツは酒弱かったみたいだ。知らなかった」


「ハァ……せっかくの熱い展開なのに、興冷めですよ」


 それからゼリアと口約束を交わした後も、宴は続いた。腹が膨れればガストンが伸びやかに歌い、アイシャも演舞を披露。寝入ったはずのエミリアも、たまに眼を醒ますと手拍子を打つなどし、再び夢の世界へ落ちていく。その間にゼリアが皿洗いをしてくれたので、後始末の手間も省けた。


 弾ける笑顔、穏やかな空気。以前は考えられない光景だった。


(そういや、数年前まで独りぼっちだったよな)


 母が居なくなったのが10年前。去年アイシャが転がり込んでくるまで、この広い屋敷をオレだけで使っていた。平時も祭りも問わず、物音の聞こえない日々。いつしか寂しさに慣れ、当然のように感じていたのだが、本当の幸せはこっちなのかもしれない。


 少なくとも、祝いの夜くらいは。


「それでは、長々とお邪魔しました」


「バイバイお兄ちゃん。また遊ぼうね!」


「もう夜更けだ、都まで送りますよ」


「お気遣いありがとうございます。ですが、この辺りは治安も良いので、問題ないかと」


「師匠。アタシが付いていきましょうか?」


「いや、お前だって酒が回ってるだろ。オレが送ってくる」


「えっ? 襲ってくる?」


「もう寝ろよお前は」


 そうして屋敷を出ようとした頃に丁度いいやつがやって来た。普段なら閉口するところだが、今ばかりは大歓迎だ。おあつらえ向きに馬まであるのだから。


「あれぇ? 珍しく先客がいるじゃないか。これからパーティって感じかな?」


「アルケイオス。こんな夜中にどうした」


「どうしたって、酒と料理を持ってきたのさ。君達と朝まで騒ごうと思って」


「間に合ってるぞ。そしてオレは夜遊びしない派なんだ」


「そうなのかい? せっかく遥々やって来たのに……」


「それはそうと、お前ヒマだよな? この母子を都まで送ってやってくれ」


 予想した通り、アルケイオスは露骨に渋面を作った。


「遊びはなし、お使いはやれって。少し酷すぎやしないかい?」


「酒なら別日に付き合ってやるから」


「ふぅん。そういう事ならまぁ、やるけどさ」


「じゃあ任せた。送り狼になるなよ」


「僕はまだ父親になる覚悟なんて無いよ」


「なら良い。頼むぞ」


 アルケイオスは馬を降りて手綱を握ると、母子を鞍に座らせた。そしてゆっくりと暗い坂道を降りていく。その背中が静かに夜闇へと溶け込むのを見送ると、オレは屋敷の扉を閉めた。


 身体にはドロリとした疲れが揺らいでいる。存分に飲み食いして、珍しく笑いが絶えない夜だったせいか。


「今夜は良い夢が見れるかな……」


 真っ直ぐ自室へ戻りベッドに横たわった、ちょうどその時だ。階下のダイニングで物音がした。隣室からはアイシャのいびきが伝わってくるので、誰なのかは自明だ。


「おいエミリア。腹が減ったからってコッソリ漁るような真似は……」


 ランプを片手にダイニングへと足を踏み入れた。そして灯りに照らされた人物はというと。


「お前、もしかしてゴーワンか!?」


 暗闇に浮かんだやつれ顔。それは気配こそ別人だが、間違いなく見知った男の成れの果てだった。


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