第13話 あなたの好みは
人が増えれば出費が増える。ならば何とかして収入アップを果たさねばならず、日常の仕事を再検討する事にした。
そうして決めた割り振りはこうだ。アイシャは広大な畑の手入れ、オレは製剤と検品作業。そしてエミリアは午前中に簡単な掃除、午後は行商に出て貰うことにした。これが基本ルーチンとなる。
「エミリア、道中気をつけてな」
「行ってくる。売り切るまで帰らないから」
「変に気負うなよ。ひとつでも売れたら上々と考えるように」
彼女には傷薬や解毒薬など、様々な品を複数個持たせている。全ての瓶に魔術用インクで説明書きをしているのだが、念の為、詳細なメモも手渡しておいた。
「さて、どうなるかな」
「どうせ1個も売れませんよ。泣きべそかいて戻るのがオチってもんです」
「さすがにそれは……。まぁ商売に向いているタイプじゃ無さそうだがな」
「ハンカチ用意しときますね。泣きっ面に叩きつけてやるのです」
そんな事を好き勝手に言っていたのだが、結果は全く想定外なものだった。
「全部売れたって、マジか!?」
「やってやった。完売御礼」
エミリアは例のダブルピースを無表情で披露すると、はち切れんばかりに膨らんだ麻袋を机にドサリと乗せた。中は銀貨銅貨で満杯。あまりの量に口が閉める事が出来ず、わざわざ開かなくても中身を察することが出来た。
オレは唖然と眼を見開くばかり。そんな中で、足元にハンカチが落ちたのに気付くと、ようやく我に返った。
「一体どうやって。冒険者の団体とでも出会えたのか?」
「そうじゃない。こんな風に歩きながら宣伝してたら、売れた」
エミリアはスカートの裾を握りしめると、それを持ち上げつつ歩く仕草をした。ただでさえ丈が短く、肌が露わになっているのに、見た目は一層過激なものになっていた。
「それは2度とやるな。いかがわしい薬だと思われるだろ」
「パンツ見せながら売りさばいたんですか? いっその事、下着まで売ってしまえば良いのに」
「見せてない。スカート女子は皆、鉄壁防御をマスターしてる」
「そんなワケ無いでしょうが。めくったり、下から覗き込んだりすれば」
「その時は、見えない力が働くようになってる」
エミリアはそこまで言うと、やはり無表情のままふんぞり返り、アイシャに鼻息を吹きかけた。
「これが私の実力。何か問題でも?」
「こんのメスガキ……。良いでしょう、明日はアタシが売りに行きますから。吠え面をかかせてやりますよ」
「妬かないで。私の商才に嫉妬しないで」
「うっせぇです。格の違いってもんを見せつけてやりますからね!」
激しく睨み合う2人。静かなる決闘は長々と続き、晩御飯を迎えるまで続いていた。
何やら話が妙な方へと転がりつつあるが、ひとまず静観することに決めた。理由はどうあれ、やる気を出してくれるのは悪い事ではない。
翌朝。玄関口でアイシャが満面の笑みを浮かべていた。薬を満載した袋を背負いながら。
「ほんじゃ行ってきますね。大成功するまで帰りませんから」
「くれぐれも無茶するんじゃないぞ」
「分かってますよ。後はよろしくです!」
勢いよくドアが閉められ、屋敷が軽く揺れた。その瞬間、じっとりとした不安に襲われてしまった。
「本当に大丈夫なのか……不安だ」
「これで邪魔者は消えた。マスターと2人きり」
「必然的だろ。1人が外出したんだから」
「屋敷に取り残された若い男女。何も起きないハズがなく」
「そうだな。オレは製剤室に籠もるから、お前は家事と畑の水やりを頼む」
「驚くくらい色気が無い。逆に興奮する」
「良いから手を動かせ」
まとわり付く視線をドアでシャットアウト。それからは製剤作業に集中した。たとえ向こう側から、爪でドアをカリカリ引っ掻く音を耳にしてもだ。
そうして迎えた夕方、アイシャは景気の良い声とともに帰宅した。大成果を両手で抱えながら。
「いやいやいや、もう完全勝利ってヤツですよ!」
机にドカリと置かれた袋は2つ。どちらも限界間際まで膨らんで、中は銀貨銅貨で埋め尽くされていた。
「フフン、どうですか。格の違いってもんを見せつけちゃいました?」
アイシャにしては珍しく、邪気の濃い笑みだった。対するエミリアもやはり珍しく、眉間に感情を覗かせていた。
「一体何をしたの。どんな卑怯な手を」
「別に、ただ丁寧に商売しただけですけど? まぁ、ちこ〜〜っとだけ工夫しましたけどね」
そう言うなりアイシャはブラウスのボタンを開け、胸元を広くした。白い肌と深い谷間が露わになる。
「だから、そんな売り方するなって言ったじゃねぇか!」
「でも大成功でしたよ?」
「変な噂が流れるだろ。マジでやめろ」
「分かりましたよ。まぁこの勝負はアタシが勝ったので、満足いく結末ですよ」
逐一つっかかろうとする。こいつらは逆に相性が良いんじゃないかとすら思えてきた。
「勝負はついてない。持ち出した品数が違うんだから、結果に差が出るのは当然」
「負け惜しみですか、そうですか」
「世界は足フェチによって牛耳られている。美脚の私こそが勝者であるべき」
「バカ言っちゃ困ります。胸フェチが多数派に決まってるじゃないですか」
「フトモモこそ至高」
「おっぱいが世界最強です!」
いつの間にか話題はフェティシズムに移っていた。お互いにデコと意地をぶつけ合っているが、一体何の勝負をしているのやら。
やがて衝突に疲れたのか、エミリアの方から距離をおいた。
「分かった。胸フェチが多数派で良い」
「ようやく理解しましたか。世界の理(ことわり)ってやつを」
「その代わりマスターは足フェチ。そこは譲れない」
「ハァ!? 師匠は私のおっぱい大好きなんですけど!」
「そう。だったら本人に決めてもらう」
「やらいでか!」
「こっち来んな! オレを巻き込むんじゃねぇよ!」
アイシャとエミリアの呼吸はピッタリだ。示し合わせたような左右からの挟み撃ちで、動きにムダが無い。繰り出される足が、腕がオレの頭を捕らえようと目まぐるしく動く。
割とピンチだった。狭い室内で、2人の手練(てだれ)から避け続けるのは至難の技だ。いっそ拳で応えようかとも思ったが、ふと頭に魔法のような言葉が閃いた。
次の瞬間にオレは跳んだ。そして十分な距離を取ると、腹の底から叫び声をあげた。
「よく聞け、オレは脇フェチだ!」
「わきふぇち……?」
「そうだ。足でも胸でもない。脇以外に何も興味ないぞ」
「ワキかぁ。そうなんだぁ……」
2人は憑き物が落ちた様になり、瞬く間に大人しくなった。それからアイシャ達は無言のまま向き合い、互いの肩周りを観察し始める。その奇行は晩飯まで続けられた。何が楽しいんだか理解に苦しむが、長ったらしく延々と。
そして迎えた翌朝。井戸から水を汲み上げていると、後ろから声をかけられた。
「師匠、おはようございまーす」
「おはようアイシャ……」
振り返ると、いつもより薄着の姿が見えた。肩から先の無い、ノースリーブ型のシャツを着ていた。
「どうしたんだよ、この格好は」
「ええと、今日は蒸してアッツイなぁと思いまして」
「んなわけあるか。もうじき冬だぞ」
風邪ひく前に厚着しろと言いかけた。だがコイツは、吹雪の夜でも半袖短パン姿だった事を思い出し、小言を言うのは諦めた。
「おはようマスター。清々しい朝」
食堂に出向いたところ、今度はエミリアに話しかけられた。こっちも対抗するかのように薄着で、袖なしのワンピースだ。常夏の南国を思わせる程に完璧なスタイルだった。
「お前、さすがに寒いんじゃないか?」
「そんな事無い。暑くて辛いほど」
「嘘つくなよ。震えてんじゃねぇか」
とりあえず上着を貸してやった。エミリアは北国育ちだったはずだが、アイシャほどの異常耐性は持っていないらしい。いやこの場合、比較対象がおかしいのか。
結局のところ、2人の勝負はアイシャに軍配が上がったらしい。判定基準はいかに長く脇を露出できたかという、訳の分からぬもの。フェチの話はどうしたというツッコミは腹にしまいこみ、今日も代わり映えしない1日を迎えるのだった。
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