第7話 強すぎる人達

 裏庭の畑には麗らかな午後の日差しが降り注いでいた。そんな中、オレは雑草の刈り取り、アイシャはジョウロで水まきの最中だ。


「師匠。ちょびっとだけ聞いて良いですか?」


 仕事を手持ち無沙汰に感じたのか、アイシャの声は絡みつくような響きがある。


「昨日の一件ですけど、アタシ覚えてるんですよ」


「そうか。ちゃんと自我はあったんだな」


「はい。薬を口移しで飲まされ、それから情熱的な口づけに発展した所までハッキリと」


「覚えてねぇぞソレ。捏造すんな」


 真面目に聞く意味はなさそうだ。しかし軽口と思われた話題も、その本題はその次だった。


「師匠って実は、メチャクチャ強いんですか?」


 思わず手が止まってしまった。アイシャから見て死角だった事は幸運だろう。


「どうしてそう思う」


「いやね、アタシも一応は武芸者なんですよ。ヒグマに悲鳴をあげさせるくらいの」


「知ってるよ。元Aクラスの武術家様なんだろ」


「そのアタシがですよ。何の良い所も無しに倒されるなんてオカシイですもん。まるで赤子の手を辿るみたいに」


「それを言うなら捻る、だろ」


「言葉のお勉強は良いんです! それよりも師匠にお願いがあります!」


 投げ出されたジョウロが甲高い音を響かせた。あぁ、今日も今日とて問題が起きた。ここ最近で一番に面倒臭い話だと、事前に察知した。


「お願いします、アタシに武芸も教えて下さい!」


「オレは一介の薬屋さんだぞ。まともに闘えるワケないだろ」


「そんなハズはありません、ぜひ1本だけでも手合わせを!」


「いや無理だよマジで。教えられるもんなんか無いって」


「立ち技、寝技、なんでも良いです! 何かの拍子で、その、おっぱいとか揉まれたとしても師匠なら平気です。いやむしろ望む所なんで!」


 アイシャが深く腰を落として身構えた。オレはのろのろと脇へ逃げようとしたが、素早いステップで行く手を阻まれてしまう。右に左に逃げても同じだった。その頃にはウンザリした気分になり、大きな大きな溜め息が溢れ落ちた。


 だがその時だ。屋敷の入り口の方で予期せぬ騒ぎが起きた。これ幸いとアイシャを放置して出向いたのだが、こっちの方がよほど面倒な事態となっていた。


「おうコルルァ! てめぇがイアクシルとかいうクソ野郎かオラァ!」


「悪いが死んでもらうぜぇ。サクサクッと死んでもらうぜぇ」


 そこでは荒くれ者の一団が湧いていた。ザッと眺めただけでも20人は居るだろうか。そして遠くには、居丈高になって睨むゴーワンの姿まで見えた。


「先日の返礼に参りましたよ、イアクシル!」


「返礼だと? 全く身に覚えがないな」


「よくもぬけぬけと……! 貴様は私に恥をかかせただけでなく、強烈な便秘という土産まで寄越したではないか!」


「あの薬の事か。それくらい自力で治せよ」


「なぜ私が! 貴様を屈服させ、その贖罪によって治療するのが筋というものだ!」


「屈服させる割には殺すとか言ってるが?」


「そんなものは些事だ。さぁお前たち、懲(こ)らしめてやるのだ!」


 視線を、周囲を賑わす連中に向けてみる。装備は鉄か赤銅で、斧や長剣が多く見られるが、魔術師も何人か居るようだ。だが闘気からしてせいぜいCランク止まり。駆け出しのDランクまで紛れてそうな気配だった。


「金をケチッたなゴーガン。この戦力で本当にやるつもりか?」


「戦とは数が全て。いかに貴様が強かろうと、多勢に無勢では……」


「あっそ。後悔すんなよ」


 オレはその場で跳んだ。前列のマヌケ顔が瞬時に近づく。相手は驚くばかりで、全く動きに対応出来てなかった。物々しい武器を握る手首を掴み、空いた手で肘に手刀を叩き込んだ。確かな感触。そこで男は倒れ、地面をのたうち回った。


 その姿を横目に、続けて隣の男に背中で体当りした。そちらも何ら回避行動を取れずに直撃し、身体を地面に擦らせながら転がった。立ち上がろうとしない、気絶したのだろう。


「魔法だ! 魔法で焼き殺してしまえ!」


 ゴーガンが叫び終える前に、こちらが先手を打った。胸元にあった木串を取り出すと、魔術師隊に向けて投げつけた。


 全てが連中の手首中央に突き刺さる。そこは、体内を網羅する魔力線の大脈が走るポイントだ。一度傷つけば、しばらくの間は魔力コントロールが困難になる。


 実際、誰一人として詠唱を始めらずにいる。オレの腕前はまだ衰えていないらしい。


「これでもまだ、多勢が勝つと?」


「うぅ……おのれ!」


「オレを殺したきゃ3Sランクでも連れてこい!」


 敵が激しく怯む。こうして恫喝するのも久しぶり、学生以来だろうか。あの時も修練場でまとわりつく連中を一喝したもんだ。


 だがやはりアツくなるのは良くない。騒ぎが問題児(やっかいさん)の耳にまで届いてしまったのだから。


「師匠、3Sランクのバケモノが出たんですか!?」


 血相を変えたアイシャが裏庭から飛んできた。これで話は一層ややこしくなった。舵取りを誤れば、辺りは凄惨なる死地に変わり果てるだろう。


 だがここでゴーガンが余計な事を口走った。大人しくしてろと、心から思う。


「誰でも良い、イアクシルに一泡吹かせてみせろ! 手傷のひとつでも付けられたら、その者には100万ディナを支払うぞ!」


「ひゃくまん!?」


「もちろん契約金とは別だ、さぁ闘うのだ!」


「よ、よし。やるぞお前ら!」


 金に眼がくらんだ連中が一体となって押し寄せてきた。過剰な報酬と恐怖に心が麻痺しているような、そんな顔ばかりだった。


 ここでオレはとうとう覚悟を決めた。今日の仕事に大掃除を追加する事を。


「危ない師匠!」


 アイシャは瞬時にオレの前に躍り出ると、全身に赤い闘気を身にまとった。魔力を用いた身体強化で、その色濃さから手練だとよく分かる。


 丸腰のアイシャ目掛けて鉄斧が振り下ろされる。しかしそれが彼女の肌に触れる事はなく、後に繰り出したはずの拳打が先にヒットした。


 着目すべきはその威力。アイシャの拳は鉄製の胸当てを容易く突き破りながら、大男を遠くまで吹き飛ばした。続けて放った回し蹴りで、隣の男の盾を力ひん曲げただけに終わらず、頬を力任せに撃ち抜いてしまう。アイシャの本領発揮といったところか。


「な、なんだ! こっちの女もバカ強ぇぞ!」


「誰がバカですか失礼な!」


「しかも微妙に頭が悪そうだ!」


「もう許しません皆殺しにしてやる!」


「うわぁ、こっちに来たぁ!」


 こうなると戦況は一方的だった。アイシャが躍り出る度に、枯れ葉のように舞う乱入者達。ひとり、またひとりと命の灯火を危うくさせた。連中は一撃を食らった瞬間、何か重大なものを手放したような、晴れやかな表情を浮かべているのだから。


「良いかお前ら、アイシャはオレほど優しくないぞ。気をしっかり持たないと即死するからなーー」


「ひぃぃ。助けてぇ!」


「瀕死でも生き延びれば、お前らの雇い主が治してくれっから。そこは安心しとけ」


「おいイアクシル! 何を勝手な事を!」


「お前だって他人事じゃないぞ。これだけの数を死なせたら、冒険者ギルドから締め出しをくらうハズだ。それが嫌ならせっせと治療しろ」


「この……、盗人猛々しいヤツめ!」


 正当防衛が成り立つオレと、けしかけたゴーガンでは事情が違う。それが分からない程愚かではないらしく、すぐさま延命措置しようと奔走しはじめた。


 そんな状況でアイシャが男どもをフッ飛ばしているのだから、大掛かりな煽りが成立した。


「この屈辱は決して忘れんぞ、イアクシル! いつの日か必ず復讐を果たしてみせる!」


 ゴーガンはそんな捨て台詞を吐き、足元を怪しくさせながら引き揚げていった。魔力浪費による疲れで神経が疲弊しているようだ。


 荒くれ連中も転げるようにして追いかけ、1人も欠ける事無くこの場から消えた。これにて騒ぎは一段落を迎えたという訳だ。


「師匠、殲滅完了です!」


 アイシャが額の汗を輝かせながら言った。手足の返り血さえ見えなければ、爽やかな姿に見えただろう。


「お前さ、もう少し加減しろよ。死人が出そうでヒヤヒヤしたぞ」


「そこは大丈夫ですよ。ギリギリのラインを把握してるんで」


「お前はそれすらも踏み外しかねないから、心配なんだ」


「それはそうと師匠、一発お願いします!」


 すっかり温まったアイシャが、眼をランランと輝かせながら身構えた。


「その期待の眼差しを、見るも無残な敷地に向けてみろ」


「ほぇ?」


 そう、愛すべき庭園は大損害を受けていた。


 季節の花々を植えた花壇は、木柵が激しくなぎ倒されていた。更にはアクセントとばかりに鉄片やひしゃげた剣なんかがアチコチに突き刺さっている。取り分け門と玄関を繋ぐ石畳が悲惨で、至る所に血溜まりが出来ていた。


 他にも地面は所々で亀裂が入り、深い穴までこしらえている。加減を知らない暴れ方だ。仮に山賊が村々を荒らしたとしても、ここまでの光景にはならないだろう。


「すぐに片付けるぞ。今日中だ」


「ええと、これはこれで味わい深い庭園って事で……」


「んなワケあるか。良いから早く掃除用具を持ってこい!」


「わっかりましたぁ!」


 こうして始めた庭の修繕は、思いの外大掛かりな作業となってしまった。おかげで今日一日のスケジュールがめちゃくちゃだ。


 次にゴーガンが現れた時は迷惑料の徴収もしてやろう。そう心に、深く深く刻みつけておいた。 


 

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