第46話
「殺して」
ルーテは言う。こころなしか少し笑みを浮かべているように見える。
「早く、3人に会いたい。会って謝りたい」
ルーテは右手でレイナの肩を掴み訴える。
レイナはルーテを瞳をしばらく見つめた後、口を開く。
「生きるべきだと。私は思う」
レイナは自分の考えを口にはしたが、決して否定しなかった。思えば、このやり取りを結末を知っていたのかもしれない。
「私は、人として死にたい。あの人の妻として死にたい。
おそらく、ルーテはブーガの子を孕んでいる。まもなく生まれてきても不思議はない。彼女はそれを知ってるんだろう。
「ルーテ……私は貴女のような女性を何人も知っている。何人も知っている。生きる道を選んだ女性もいる」
ルーテはレイナの言葉をしっかり聞いてから答える。
「幸せに暮らしてる?」
レイナは答えない。
ーーレイナは昨夜俺に教えてくれた。
ブーガに孕まれた場合、体内でそれを消滅させる方法はないと。
産んで、それを殺すしかないんだと。
生きるためには忌々しい敵の子を産むしか道はないんだと。
全てのブーガを憎むような、重い声でそう言った。
レイナが救ってきた女の中にはそれを選んだ者もいた。
だが、幸せに生きている者はいない。
ある者は、周りからの好奇の目や中傷に絶えられず自害した。
ある者は、自責の念が募り、心を壊した。
ある者は、人としての禁忌を犯した罪人として、処刑された。
「生きていれば、良い事が必ずある」
レイナはかつて心からそれを信じ、その言葉を傷付いた女に伝えていた。
だが、それが本当に正しいかわからなくなっていた。
今後会う女が死を望む場合、対応は自分に任せてほしいと昨夜レイナは俺に言った。
俺はそれを受け入れた。
ーー「幸せに生きれるように手伝うよ」
ルーテの言葉にそう答えたレイナは大粒の涙を浮かべている。
レイナはわかっていたんだろう。その言葉に何の力もないことを。それがいかに無責任な発言であるかを。
生きてほしいーー
それでもレイナはそう願ったんだと思う。
ルーテにもその想いは伝わったはずだ。
ルーテは右手をゆっくりと動かし、レイナの涙を拭い、言った。
「貴女は好きな人と一緒になってね」
愛しの妹を見つめるような優しい笑みを浮かべていた。
ルーテはレイナを抱きしめた。レイナもルーテを抱きしめた。何かを小声で話していたようだが、俺は聞き取ることができなかった。
10分ほど経ち、2人は身を離した。
ルーテが俺の方を見る。
「頼めますか?」
自らの最期を自らの意志で決めたルーテの眼差しは、強く逞しかった。
「苦しませない。約束する」
俺は大ククリ刀を抜刀し、魔纒を発動する。
しかし、レイナがそれを制した。
レイナは俺とルーテの間に立ち、俺の方を向き言った。
「私がやる」
「お前がこれ以上背負う必要はない」
昨夜のレイナの姿を思い出す。
俺よりも遥かに若い娘が、俺以上の辛い経験をしている。
レイナは、すべての被害者との出会い、想い、苦しみを抱えて生きてきた。
いつ、それに押しつぶされてもおかしくはい。
俺は彼女の心の負担を少しでも軽くしたかった。
「すべてを背負うことを決めたのは私。強くなれたのもそのおかげなんだよ。ルーテも私が背負う」
レイナは涙を隠さずに訴える。
「それに、セツの魔纒で切られたルーテを見たくないよ」
確かに、痛みこそ与えない自信こそあるあるが、俺の魔纒では見るも耐えない姿にしてしまう。
「私の炎で焼くよ。そして、ルーテは生まれ変わった姿で、皆と再開するんだ」
ルーテを見ると、嬉しそうに笑みを浮かべていた。
「わかった。だが、ルーテの想いは俺も背負う。いいな?」
レイナはしっかりと頷き、ルーテに近づく。
「私の名はレイナ。忘れないで」
そう言うと、ポーションが入った瓶をルーテに渡す。
「ハイポーションだよ。飲み込んで、回復する一瞬、無痛状態になる。その時に一気に燃やす」
「ありがとう」
「何か言い残したことはある?」
ルーテは、少し悩んでから答えた。
「隣町のおばあちゃんにはできる限り、この事が伝わらないようにして欲しい……できるならば知らずに、余生を過ごしてほしいのよ…」
「わかった。ルーテの名前はもう口に出さない」
「それと……レイナ、ごめんね。ほんとにごめんね……」
レイナは子供のように首をぶんぶんと横に振る。
それを見たルーテが笑い、ルーテの笑顔を見たレイナが笑う。長年の苦楽をともにした親友同士のように。
そして、レイナは座ったままナイフを抜き構える。ナイフを握りしめた右手は真っ赤な炎に包まれている。
そこからは言葉を交わすことはなかった。
しばらく見つめ合った後、ルーテはポーションを飲み込み、レイナはその左胸にナイフを突き刺した。
まるで、腕全体が燃えるナイフと化したように、レイナの右腕はルーテの体を貫いた。
レイナは、目の前にあるルーテの顔をずっと見つめていた。
炎に体が包まれてもずっと見つめていた。ルーテの体が崩れ落ちるまで。
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