第45話

「こいつがハイブーガ?」


「うん。攻撃力ほどではないけど、物理耐性もブーガより高いから、少しは苦労するはずなんだけどね……」


物理耐性。少しもそれを感じなかった。重さも引っかかりもなかった。


レイナは左胸のコアをナイフで、破壊しながらブーガの身体を調べる。


「うん。つがいだね」


今のところ、周囲に他のモンスターの気配はない。


「街に戻るか?」


「いや、予定通り最奥を確認しよ」


レイナはハイブーガたちが出てきた先の暗闇を見る。

番が複数組の可能性もある。ギルドでレイナはそう指摘していた。


「そんなに遠くないはず。魔纒はなし。ゆっくり走って向かお」


俺たちは、最奥への進軍を開始した。

ゆっくり走るとは言うが、先導するレイナの速度はかなりのもの。まだ、任務が終わってないことを改めて気付かされる。



ーーレイナは走るのを止め、ゆっくりとした歩調へと変わった。


「おそらく、最奥だよ……何かいる」


レイナはナイフを前に掲げるように構えた。俺は大ククリを抜刀する。


道を抜けると開けた場所に出た。


モンスターは居ないが、匂いが酷く濃い。

地面には何かの骨や肉、そして血が散在していて、激しく散らかっている。


そして、片隅には2人の女性が壁にもたれかかるように座っていた。衣類はボロボロでほぼ裸に近い。


レイナは歩み寄り、生死を確認する。

右側の女の左胸、手首、そして口元に手を当てたあと、レイナは首を横に振った。


俺の位置から見ても生気がないのは明らかだった。



「う…うぅ……ぅ」


「大丈夫!?私の声が聞こえる!!?」


もうひとりの女がかすかなうめき声をあげる。


「ぅぅ………」


レイナの声に反応し、目をうっすらと開けるが、その瞳に力はなく、焦点があっていない。


「しっかりして!!もう終わったんだ。終わったんだよ!!!」


回復薬ポーションが入った小瓶を取り出し、女の口に流し込む。しかし、飲み込んでいる様子は無く、口元からポーションが垂れ流れる。


レイナはすぐに新しいポーションを開封。自分で飲み込み、それを口移しで飲ませた。


ゴクッ


わずかに喉が動いた。

レイナは、ゆっくりと唇を離す。

そして、防具を脱ぎ上着をかけた。俺の上着は死体をくるむのに使った。


「うぅぅ…もうやめ…て。も……やだぁ……」


「ねぇ聞こえる?もうブーガはいない。いないんだよ。私達が殺した。一緒に帰ろう」


「……ぁ…、ぁぁ」


女は辺りを見回し状況を確認する。

ブーガがいないのを確認し、少し安心したようだが、表情はまたすぐに暗くなった。

布に包まれた死体を見たからだ。


レイナは女を抱きしめた。

女は人肌の感触を懐かしむように目をつぶり、涙を流した。


「うぅぅぅ…ぁぁぁあああああ!!!!」


5分、いや10分以上女は泣き続けた。


「大丈夫、大丈夫だよ」


レイナは女をしっかりと抱きしめながら、そう諭し続けた。俺は何ができるのでもなく、ただ、その様子を眺めていた。


「知り合い?」


少し、落ち着きを取り戻した女にレイナが話しかける。


女は頷いた。


ーー女の名はルーテ。ブーガに攫われたのは一週間前で、隣町に住む祖母に会いにいった帰り道のことだった。街に行く為には洞窟の近くを通る必要がある。


大量発生後、警戒されていたルートではあるが、街に欠かせない物流ルートであり、引き続き、人の往来があった道だった。


万が一のことがなければ……

そんな気持ちだったという。


離れて暮らす祖母に結婚の報告をしたいという想いは恐れを上回った。

親を流行り病でなくした女にとって唯一の肉親だった。


周りは止めたが、ルーテの意思は固かった。仕方なく、ルーテの婚約者と仲の良い友達夫婦が付き添うことになった。

男2人は冒険者だ。E級ではあるが、ブーガの討伐経験は豊富で、旅路に不安はなかった。


ギルドとしても止める理由はなかった。

冒険者の同行があれば、問題なしと判断した。


ハイブーガの存在を想定してなかったためである。


ハイブーガとの戦闘下で、注意すべきは攻撃力、そして「統率」である。


レイナの誘導作戦はこの統率を削ぐためのものでもあった。


通常、ハイブーガには配下のブーガが少なくとも十数体連なる。

そして、4人に狙いを定めたハイブーガは番だった。自ら生み育てた兵も多かったんだろう。辺り一帯を囲む数十体のブーガとハイブーガには多勢に無勢。


一人は喉を、もうひとりははらわたを。鈍い石斧で裂かれた。

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