第29話
「思ったより早かった」
ダムッドは確かにそう言った。
エルフの寿命は約500年。アリアは420歳。そこには80年以上の開きがある。俺よりも余生があったはずだった。
だから、俺はアリアと一緒に生きようとした。共に世界を旅しようとした。
ダムッドが「お告げ」の時期を予想できたのはおかしい。
俺が推測したのはそこまでだったが、アリアの早すぎる死に、ダムッドが絡んでいることを確信した俺は、わざと大きな音を立て隠れていた茂みから抜け出した。
「誰だっ!?」
ダムッドは俺に気づくと、激しく動揺した。
そして懐から#短銃__ピストル__#を抜き出し、俺に銃口をむけた。
護衛は剣を抜刀した。
何往復かの言葉のやり取りがあると踏んでたが、敵は戦闘態勢をとった。
どうやらクロらしい。
俺はすかさず脇差しを抜き投げつけた。
「ぐぁぁぁぁああ!!」
脇差しは護衛の左膝に突き刺さり、護衛は地面に倒れ込んだ。
「ひっ!?なっ、何をする!!?」
「刀を先に抜いたろう?刀は人を殺めるものだ。殺されてる覚悟は持ってるはずだ。お前が持っているピストルも同じだ――」
俺は言い終わると同時に、ダムッドに向かって走り出した。
バンッ バンッ バンッ
ダムッドは慌てて俺に標準を合わせ、引き金を引いた。
当たるわけがない。
と、高を括ってはいたものの一発は肩を軽くかすった。
俺は構わず間を詰めた。
そして、右の手でダムッドの顔を覆うようにつかみそのまま突き倒した。
「うぐっ」
仰向けになったダムッドに俺は馬乗りになって動きを封じた。
「ひっ ひぃぃ」
何とか逃げ出そうと暴れるダムッドの鼻を殴りつける。
「ぐむっ!! がはっ はっ」
「お前がアリアを殺したんだな」
「ちっ、違う。俺じゃない。クルクだ。奴が殺ったんだ!!」
信じるわけがなかった。
俺は胸辺りを殴りつけたあとに、ダムッドの首を絞めた。
「嘘は嫌いなんだ。余計な時間を取らせるな」
「ぐっ、ぐぅぅぅ」
ダムッドは喋らない。俺がそうしてる。肺の辺りを叩き、息を吐かせたあとに首を締めると苦しさが一気に襲ってくる。俺はそれを身を持って知っていた。
拷問を長引かせて殺したくはなかった。
俺は手を緩めた。
「がはっ、はー、はー」
「脈をみれば、嘘かどうかわかる」
デマカセだ。
俺はもう一度、ダムッドの首を締めるように手を当てた。力はあまり入れない。
「ダムッド、もう一度だけ聞く。アリアを殺したのはお前だな」
「だけ」の部分をわざと強調し、語りかけた。
「ろ、老化薬を卸しました。」
「老化薬?」
「ク、クルクがアリアのために「マテル」を他の商人から調達してたのを知りました。そ、その商人を脅して老化薬とすり替えさせました……」
魔法を行使すると魔力が減る。魔力が無くなれば「魔力切れ」を引き起こし、気絶する。死にはしないが、身体と精神に大きな損傷が起こり、死期を早めると言われている。
「マテル」は魔力の出力に干渉する魔法薬だ。魔力切れに至る寸前で出力を強制停止する効果がある。
アリアは膨大な魔力を持つ故に、魔力残量を考えずに魔法を行使し過ぎる傾向にあった。膨大と言っても無限ではない。若い頃はたびたび魔力切れを起こしてたという。
それを心配したクルクは「マテル」を商人から自費で調達し、アリアに渡していた。
魔法薬の調合には、やはり魔法が必要であり、集落には作り手がいなかったからである。
「クルクにどやされちまうからね」
アリアが渋々、薬を飲んでいたのを思い出した。
「老化薬も毒だろう。薬学に通じたアリアが気づかないはずがない」
「え、エルフは長寿だ。奴らにとっては老いは成長だ。奴らの体は老化薬を毒とみなさない」
「ふざけるな!!」
「ふざけてない!エルフは『お告げ』が来るまででは成長あるのみだ。だから老化薬により、魔力も強化される。『マテル』を飲んだ時と同じ感覚なんだ。親父がエルフの奴隷で試したと自慢してた。間違いない」
その奴隷がナーシャだ。
ナーシャとクルクの関係は、ダムッドが勝手に話してくれた。
「クル…ク……泉で……、誓いをタテヨ……」
逃亡時に射殺され、途絶え途絶え呟いていたらしい。
ダムッドがすべてを話し終えた後、ダムッドの首を締める手に自然と力が入っていた。
「ぐ…ぐぐぅぅぅ」
あと、数秒そのままでいたら俺はダムッドを殺したかもしれない。
ピチョン
泉で魚が跳ねたのだろうか?
水の音で、ここが泉であることに気付いた。
そう、ここは泉だ。
アリアと2人だけで過ごした場所だ。
一度だけ。僅かな時間だけだが、宝物のような時間だった。
想い出を汚したくなかった。
俺はダムッドから手を離した。
「かはっ、はぁっ、はぁはぁ」
「二度と俺の目の前に現れるな。次は殺す」
「ひぃぃぃ」
ダムッドはこちらを一度も振り返らず、立ち去った。
護衛はとっくに姿を消していた。
ーー「それから、夕方まで何をしていた?」
黙って話を聞いていたアルクが口を開く。
「ずっと考えてた」
本当だ。ダムッドが立ち去ってから夜が明けて、夕方にルシアを見つけるまでずっと考えてた。
クルクに事実を言うべきか、考えてるだけで時間があっという間に過ぎてった。
今でも答えは出ていない。
「ずっとか……それはツラいな」
アルクはその長すぎる時間に疑問を抱くことなく、俺の気持ちに寄り添ってくれた。
「それは俺が預かるよ」
クルクには然るべき時に、アルクから伝えるということだろう。
俺はその提案を有り難く受け入れた。
ーー翌日、俺はアルモンテに向かう途中にある湖に寄った。
ここは貴重な水の補給地でもあり、普段は使われていない小屋があり、旅人のキャンプ地としても活用されていた。
近くの高い崖が太陽を遮っていてとても涼しい。
湖で水を汲んでいると、小屋の方から聞き慣れた声がした。
「ご機嫌いかがですかな?セツさん」
ダムッドだ。剣や弓など武器を持ったヒューマンも10人ほどいる。杖を持ったのは魔法使いだろうか。
「何のようだ?ダムッド」
「商売人として変な噂が立つのは困るもので」
どうやら俺を始末するつもりらしい。
泉で別れてから1日強。よくもまぁここまで人数を集めたものだ。
あぶなかった……
俺ひとりだったら。
ヒュン、バシュッ
ヒュン、バシュッ
弓矢を持ったヒューマンの二人に崖から放たれた矢が着弾した。見事、左胸を射抜いてる。
流石はアルクだ。
森の泉で、秘密を共有するにあたり、アルクは条件を出した。
「返り討ちには俺も混ぜろ」と。
負ける気はまったくしなかった。
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