第27話
ーー「ナーシャは死んだ」
突然、現れたセツは俺にそう言った。
いや、違うよ。
セツは何も知らない。
世界を回ってもナーシャの情報は得られなかった。奴隷商からは死んだと言われていた。
ただ、直接確認したわけじゃない。
死に目に立ち会ったわけじゃない。
ナーシャは生きてたんだ。
ーー「かつて、この集落で連れ去られた女奴隷が見つかりました。名はナーシャと名乗ってます」
1年前、ダムッドは言った。
取引先の貴族が買い取った。交渉して取り戻せるかもしれない。ただし、違法奴隷は相場が高く、エルフ族の女性ならなおさら。高額にはなると。
ナーシャの名を聞いても、驚きはしなかったし、信じる理由もなかった。ただ、憤りだけを感じた。
「ナーシャの特徴に類似したエルフが見つかった」
冒険者の頃は金目当ての奴隷商が適当な情報を持って俺を訪ねて来ることが多かった。
当時はよく騙された。奴らはエルフの女性であれば、とりあえずの体裁は守れると思っている。ナーシャと名付けられたエルフを何人も買い取った。
「情報に誤りがあったようです。もっと詳しく話を聞かせてください。次は必ず救い出しましょう」
奴らはそう答えてその場をやり過ごす。
そして、与えた情報は他の奴隷商へと回り、またカモにされた。
俺はダムッドを頬を殴って伝えた。
二度とナーシャのことを口にするな。その時は今後一切取り引きはしないと。
だが、ダムッドは「信じてほしい」と訴え、話を続けた。
「ナーシャは貴方のことを想い続けている」
俺はその言葉でブチギレて剣を抜刀した。本当にダムッドを殺す気だった。
だが、俺とナーシャしか知り得ない「秘密の約束」をダムッドは知っていた。
ーー「セツ、ナーシャは生きてる」
「死んだんだ」
セツは俺を見つめたまま、首を小さく横に振る。
違う。死んでない。
「セツ。ダムッドは知ってたんだよ。僕とナーシャしか知り得ないことを。生きてるんだ!!僕の助けを待ってるんだ!!!」
「ダムッドが白状した……ナーシャは70年前に死んでいる。奴の親父がナーシャを買ったんだ」
え?
何を言ってる?
「ナーシャは外国で買われた。だが、お前が探しているという噂が影響したんだろう。違法奴隷の売買がバレるのを恐れた所有者は、ナーシャを売り払った。それが何回か繰り返され、ナーシャはこの国へと戻ってきた。それを買ったのがダムッドの親父だ。貴族なんだってな」
嘘だ。デタラメだ。
「セツ、黙ってくれ。」
「この国に帰って、ナーシャは一縷の希望を得た。そして、この集落に帰ろうと屋敷を脱走した。だが……」
セツは言葉を止めてくれない。
「セツ、黙れ!!ナーシャは生きてる。生きてるんだ!!」
「脱走は失敗し殺された」
「黙れと言ってんだろぉぉぉ!!」
パンッ
セツが俺の拳を右手の手の平で受け止めた。
どうやら俺は無意識にセツに殴りかかったらしい。
セツは俺の拳を強く握りしめている。引き抜こうとしても、振りほどこうとしてもビクともしない。
セツは俺をじっと睨みつける。
そのあと、セツは、俺とナーシャの「秘密」を口にした。
「森の泉で誓いを立てよう」
俺とナーシャはそう約束した。
エルフは誰もが集落の広場で式を挙げる。族長や家族、仲間に誓いを立て、皆からの祝福を受ける。
それが習わしだ。
森の聖域である泉で式を挙げるなんて許されない。
だが、俺たちはどうしても泉で誓いを立てたかった。
何度も何度も、二人だけで通ったこの泉で。
二人で肩を寄せ合いながら、ただ静かに水面を見つめていたこの場所で。
俺たちは集落での式の前夜、ここに忍び込み、二人だけで誓いを立てると決めていた。
思い返してみれば、なんてことのない秘密だ。
はははっ……
でも、それさえも叶えることができなかった。
俺は約束を守れなかった。
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