第26話

ナーシャは70年前に死んだ。


私は伯母のアリアからそう聞かされていた。


ナーシャが姿を消したのはさらに10年前。数人のエルフとともに森へ薬草採取に出掛けたが、夜になっても戻ってこなかった。


クルクを含む捜索隊が夜通しで森を捜索した結果、男のエルフひとりの死体のみが発見された。


行方不明となったエルフは全員が女性。人攫いに襲われ、奴隷として売られた可能性が濃厚だった。


奴隷は本来、この世界で合法なものだ。

借金や犯罪、その対価が金銭や財産で賄えない場合、奴隷となり自らの体で

足りない分を補うのである。

その場合、所在は追いやすく、正当な額を支払えば奴隷契約は解消される。


ただ、ナーシャのように違法な手段で強制的に奴隷とされたケースは別だ。

不正がばれないように、地域や国を跨いで奴隷の売買を行うため足取りを追いにくい。

また正当な契約より高額な取引となることも多い。


クルクはすぐに村を出て冒険者となった。

ナーシャの情報を得るため、そして金を稼ぐためだ。


クルクはトスマンテを起点として、国中、世界中を探し回った。


だが、冒険者になってから10年後、集落へと戻った。


理由は二つある。


一つは私たちの母親が病で倒れたこと。

もう一つは奴隷商からナーシャ死亡の情報が入ったことだ。


――「ナーシャさんは亡くなったんでしょう?」


「生きてたんだ」


クルクは悲しげな雰囲気のまま、笑って言った。

無理をして笑っているようにも見える。


「会ったの?」


「いや、だが確かだ。ダムッドが情報を手に入れたんだ。取り引きしている貴族が買い取ったらしい。外国で生きてるんだ」


「嘘かもしれない」


「嘘じゃない!!!!」


クルクは大声で否定をする。

こんな兄の姿を見るのは初めてだ。


「名前も特徴も一致する。もちろん、俺から口に出した情報じゃない。ダムッドが嘘を言っているはずないんだ。言えるはずがない。俺と二人で交わした約束も知っていた!!!」


ひどく興奮している。明らかに冷静さを失っている。


「ずっとダムッドに交渉をしてもらっていた。そして今日返事が来た。譲ってもいいと。だが金が要る!!!」


理由はわかった。だがタイミングが良すぎる。


「ねぇ、兄さん。あまりにも――」


「これを逃せば、もう会えないかもしれない。他の者の手に渡ってしまうかもしれない。今しかないんだよ!!!」


クルクは大声で私に語り掛ける。私の言葉をかき消すように。


もしかしたらクルクも気づいているのかもしれない。


話がうますぎると。


私にはこれ以上、かける言葉がなかった。


―――ガサッ


その時、クルクが出てきた茂みの辺りから、ここにいるはずのない一人のヒューマンが現れた。


「クルク、ナーシャは死んだんだ。」


セツはクルクの希望を一言で断ち切った。

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