第17話

討伐の後、採取隊が組織され、大銀狼の素材は歯一本残らず回収された。

肉や骨を残すと、それを他のモンスターが食べ、より強い個体を生み出す原因となるらしい。


ーー陽が落ちると宴が始まった。


この集落では頻度は関係なく、場合によっては毎日でも宴が開かれる。


モンスターの命を新鮮なうちにおいしく食べることが供養にもつながるとアルクが教えてくれた。


俺は昨晩と同様にクルク、アルクと同じ集団にいた。


アリアは英雄のように称えられていて、休む間もなく他のエルフたちと杯を交わしていた。


アリアの戦いを見てから俺の体は火照ったままだった。

エールをいくら体に流し込んでも熱は一向におさまらない。


クルクやアルクらとの談笑も、正直のところあまり内容が頭に入ってこない。



―――「今日もいい飲みっぷりだね。」

一通りの挨拶を終えたアリアが俺に話しかけてきた。


クルクがスペースを空けてくれる。

アリアが俺の右横に腰を下ろす。


「どうだい?魔法は」

アリアが俺に問う。


「見事だった。だが最初の攻撃はわざと外した?」

俺はずっと頭にあった疑問を投げかけた


アリアは何のことだととぼけてみせる。


「当てられる攻撃だった。だが当てなかった。」


俺は、何度もアリアの戦いを思い出し、戦略を考察していた。


アリアは最初いきなり詠唱を始め、大銀狼がどう反応するかを確認した。

大銀狼が急いで距離を詰めたのは詠唱後の魔法を警戒していたからだ。発動前に一気に勝負をつけようと考えた。


アリアは大銀狼にある程度の知性があるのを確認し、即座に詠唱を中断。水球を放った。


俺はそれが、わざと外しているように見えた。無詠唱で打てるのであれば、間を入れずに連弾で放つべきだ。

さすがの大銀狼も全弾をよけることなどできなかっただろう。

だが、理由がわからなかった。


水弾すいだんは衝撃をあたえる攻撃だ。対人戦では有効だが、銀狼種には効かない。やつら皮が厚いから斬撃でなければ仕留められない。」


「すべては最後の大技を決めるためか」


「そう。効かない水弾を当てればあいつは図に乗り、再び距離を詰めてくると考えた。だから、当てない程度に徐々に相手を追い詰めた。水弾を脅威とみなした相手は思惑通り、後退した」


その時点で勝負は決していたということだろう。水籠で動きを封じた後の水破斬は、あの時のクルクの反応から察するにアリアの戦い方の定石とみた。





水破斬...


とてつもない斬撃だった。

俺のそれとは比べものにならないくらいに強大で鋭利で一瞬の斬撃だった。


俺はあれを防げない。

俺はあれを放てない。


身体の火照りの原因は圧倒的な実力差と生まれて初めての挫折にあった。

心は負けを認めていて、体がその現実に抗っている。それが熱を生み出した。


さらには、アリアはそれを使いこなす戦略と冷静さを併せ持つ。

実戦経験も豊富かもしれない。


「あんたならどう戦った?」

俺の感情を知ってか知らずか、アリアは淡々と聞いてきた。


大銀狼には勝てるだろう。

しかし、アリアには勝てない。


どうしようもない苛立ちが襲い、俺は問いに応えなかった。

代わりにエールを一気に飲み干した。

とてつもなく不快で苦い味だった。


「俺は魔法を使えるか?」


口から搾り出した言葉は、なんとも情けない言葉だった。

自分自身を殴りたくなる言葉だった。


俺は剣を見限り、魔法にすがったのだ。

惚れた女の前で。

身体の震えが止まらない。



「自分の限界をみたんだね……歳は約30歳。ヒューマンとしての肉体のピークは過ぎている。技巧派の剣ならまだしも、剛剣をこの先高め続けるのは難しい」


アリアの言葉の言う通りだ。

鍛錬の時間を増やしても増やしても現状維持が精一杯。老いが着実に始まっている。


「みっともないな。俺は」


「私は嫌いじゃないよ。その境地に立てない者がほとんどだ」


俺は顔を上げられないでいる。アリアやアルク、クルクの視線が突き刺さる。


「あんたが、この世界に来た理由がわかった気がするよ。大丈夫。お前はまだ強くなれる」


翡翠色の瞳が力強く俺を見つめていた。

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