第10話

「ルー。おいで」


 アルクがそう呼ぶと元へとルーは駆け寄る。そして、アルクの耳元で何かを呟いた。


 アルクは優しい表情を浮かべると立ち上がり、ルーの手を引き俺の元へと歩いてくる。


「セツ。ルーがお礼が言いたいそうだ。いいか?」


 ルーは少し怯えた様子だ。


 俺は口角を上げできる限りの笑みを浮かべる。少しでも気持ちが伝わり、緊張が解けるといいが。


「セツ…さん。助けてくれてありがとう」


「どういたしまして」


 俺はルーの頭を撫でて応えた。この子を助けることができて本当に良かった。ルーはくすぐったいのか、少し体をよじり笑みを浮かべた。


「セツ、改めて、本当にありがとう」


 アルクが続ける。


 言葉の重みで誠意を感じる。真っ直ぐすぎる故の過ちだったのかもしれない。


 殴ることはなかったなと、俺は少し悔やんだ。



 その後、近くにいた女がルーを小屋へと連れて行った。もう寝る時間だろう。さぞかし怖い思いをしただろうから今日は良い夢を見てほしい。


「可愛いな。5歳……くらいだよな?」


 アルクに問いかける。


「そう。もうじき6歳になる。エルフはヒューマンでいう20歳ぐらいまでは同じように成長するんだ。そして、緩やかに老いる。死ぬときは40~50歳くらいの姿かな。人にもよるが」


 アルクは俺が異世界の者だと知っている。丁寧に説明してくれた。


「お前の子供だよな?」


「いや、姉の子だ。訳あって、嫁と二人で育てている。俺たちにはまだ子供はいないんだ。だから余計に可愛いのかもしれない。嫁にはよく甘やかせ過ぎだと叱られるよ」


 一息置いて、アルクは言う。


「本当にすまなかったな。お前の言うとおり我を失っていた」


「もういいんだ。我が子なら無理もない」


「いや、姉の子だよ」


「お前が育てたならお前の子も同然だ」


 アルクはふっと笑って言う。


「そうだな」


「セツ。お前は妻子はいないのかい」


 湿っぽい話は終わりだと言わんばかりにアリアが割って話に入る。


「いないよ。剣を鍛えるばかりでそれどころではなかった。だが、やはり子どもはいいな。嫁をもらっておけば良かったかな」


「今からでも遅くないさ。この村にだって良い娘は多いよ」


 アリアは周りを見てみろと首を振る。


 確かに女も多い。何より、皆が美しい。男も同様に顔が整っている。どうやらエルフは美形の種族らしい。


「ヒューマンと夫婦になってもいいのか?」


「なんの問題もないよ。子供も授かる。もちろん、本人が惚れたらだけどね」


「これだけの器量なら俺なんかは相手にしないだろう」


「顔のこと言っているのかい?私はあんたの顔嫌いじゃないよ。険があるが、渋さもある。何より、意思を感じる」


「意思?」


「顔が語るってやつだね。どれだけ考えて、どれだけ悩んで、行動して、ぶつかって、また悩んで。足掻いたやつしか身につけられない。そんな意志がある顔してる」


 アリアは、翡翠色の目でまじまじと俺を顔を見つめる。金色の髪は風でかすかになびき、白い肌は焚火の光でオレンジ色に照らされる。影になっている部分との陰影がはっきりとし、アリアの凛とした美しさを際立たせる。



「顔でなびくような娘はここにはいないよ」


 数秒見つめ合ったあと、アリアは、目をそらし仕切り直すように、話し出す。


「アルクが良い例さ。弓の腕がなかったら嫁なんて来てないよ。気が利かないし」


 アルクは気まずそうにエールを飲んでいる。聞こえてないふりを決め込むようだ。周りのエルフ達はニヤニヤとアルクを見つめている。


「ルシア!ルシア!こっちへおいで!」


 アルクを無視してアリアは女の名前を大声で呼ぶ。他の集団で飲んでいたエルフがアリアの声に反応し立ち上がり、こちらへと小走りで駆けてくる。


「アリア様、お呼びですか?」


 ルシアはアリアと同じ金色の髪で、瞳は藍色。肌は白く、アリアよりも透明感がある。20歳ぐらいに見える。自然に微笑む表情はキレイというより可愛らしい。


「この娘が、この集落で1番の美人だよ。見ての通り、愛嬌も良くて料理もできる」


「これだけ可愛い上に家庭的か。魅力的だな」


 ルシアは照れたように微笑む。


 アリアを取られた集団の男たちからの刺さる視線を感じる。


「短刀ひとつで銀狼2匹を仕留めたんだから腕はあるんだろう?後はあんたに口説く覚悟はあるかだ?」


 アリアは俺を試すように聞く。


 確かにルシアは可愛い。ただ、俺はルシアの笑顔よりも、無意識に見せるアリアのそれに惹かれていた。


「アリアを口説いてもいいのか?」


 俺の告白で、周囲の談笑が止まる。


 俺自身、そんなことを話した自分に驚いている。


 生まれて初めての感覚だった。


 俺は会って一日も経たないうちに、アリアという女性に惹かれ、すでに惚れていた。

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