第6話

 いた!


 少女が狼に襲われている。


 間に合わない!

 とっさに脇差を狼へ投擲する。


「ギャウッ」


 死角からの投擲は喉仏へと食い込み、狼は倒れ苦しそうにのたうち回っている。


「あぁぁっ」


 少女は目の前で起きたことが理解できないのか怯えている。


「怪我はないか」


 少女に駆け寄り、無事を確認する。




「ガウー!!」


 背後の声に振り返ると狼が、うめき声を上げながら臨戦態勢に入っている。

 今にも襲ってきそうだ。



 脇差はさきに倒した狼に刺さったまま。相対する狼との中間にある。少女を置いて取りに行くのは危険だ。


 水筒の栓を引き抜き、狼へ投げつける。

 そして、敵への命中を確認する前に少女を抱え、先程いた小川へと走り出した。


「キャウ!」


 背後で小さく吠える声が聞こえる。少しでも時間稼ぎになるといいのだが。小川を突っ切り、向こう岸に少女を置いて、川の中程へと戻る。


「そこを決して動いていけない」


 後ろ向きで少女に声をかけるが反応はない。


 間もなくして、狼が藪から姿を見せた。俺は右手を目の前に突き出し、狼を待ち構える。


 狼は俺の姿を確認した後、ジワジワと数歩近づき、俺をめがけ飛びかかってきた。首横を狙った高さだ。尖った牙をあわらにしている。確実に仕留める。そんな目付きだ。


 俺は狼の口へと手を突っ込み下を掴む。そして、そのまま狼の頭を水の中へ差し込んだ。


「バウッ、バウゥ」


 狼は苦しそうに声にならない声を絞り出す。足をバタバタさせようと必死だ。悪いが離せない。


 完全に狼の動きが止まるまで、俺は手を緩めなかった。狼に耳を当て、心音で絶命を確認したあと、俺は少女の元へ向かった。


「もう心配ない」


「ああぁっ」


 少女はまだ少し混乱しているようだ。だか、落ち着いてはいられない。こうしている間に他の獣が近づいてくる可能性が高い。ひとまず、ここを離れなくては。


 少女を抱えあげて、道へ戻るために川へと入る。


「きゃっ!」


「何もしない、ここを離れるだけだ」


 見知らぬ男に急に抱えられたのだ。傍から見たら攫われているようにしか見えんだろう。声を上げるのも仕方ない。だが、申し訳ないが説明する暇はない。


 ザッ


 小さな物音が前方から聞こえた。


 グサッ


 それと同時に右肩に矢が刺さった。


 一瞬よろけたが、なんとか踏みとどまり、右側を振り返る。藪の後ろに身を隠した2~3人の男を確認する。


 少女を抱え込むようにして体で盾を作り、大声を放つ。


「山賊か!!」


 右肩がかなり痛む。明らかな劣勢だが、それを悟られるわけには行かない。


「その娘を離せ」


 男の一人が姿をあらわす。弓を引いた状態で、標準は俺の首元をしっかり捉えている。強い殺気を感じる。


「お兄ちゃん!!」


 男を見て、少女が叫ぶ。良かった。身内だ。


「その娘を離せ」


 男は殺気を緩めない。


「離せば、水流に流される。そちら側に行くからしばし待ってくれ」


 男からの応答はない。


 再び歩き始めた。


 グサッ


「がぁっっ」


 男の放った矢が右ひざに命中した。


 想定してなかった攻撃に倒れ込む。少女を手放してしまった。


 水に体が浸かると予想以上に流れが早いことがわかる。幸いにも目の前にあった少女の手をとっさに掴み、もう片方の手で底にしがみつく。四つん這いの態勢で必死に水流に抗う。


 しかし、力が入らない。痺れ薬でも塗られたのだろうか。意識も朦朧とする。バシャバシャと男たちが近づく音が聞こえる。薄れゆく意識の中で、男が少女を抱えあげるのを確認し、俺は力尽きた。

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