第7話

 少し眠たく心地いい。最近はこんな目覚めばっかりだ。目をゆっくりと開ける。今度は室内だろうか。何人かの気配がする。


「大丈夫かい?」


 女の声がする。凛として落ち着きのある声だ。起き上がろうとすると、矢を受けたであろう肩と膝がズキッと傷んだ。


「無理しないほうがいい。傷はまだ完全にはふさがってないから」


 寝たまま顔を横に向ける。俺はベッドに寝かされていて、女はその横の椅子に座っていた。


 美しい。


 これまで出会った中で間違いなく1番の美貌だ。髪は金色で艷やか、顔は恐ろしいほどに整っていて、透明感のある翡翠色の瞳がまっすぐこちらを見つめている。


 胸部は谷間が見えてしまうくらいはだけている。元いた世界の服装とは思えない。ここは異なる世界なのだと改めて実感する。


 耳がやけに大きく尖っている。人ではないのだろうか。


「私の声が聞こえるか?」


 私が頷くと、にっこりと優しい笑みを浮かべた。


「このたびは本当に申し訳なかった。ルーを助けてくれたにも関わらず、深手を負わせたこと深く謝罪する」


 女は頭を下げて謝った。


「ルーとは狼に襲われていた少女のことか。無事か?」


「あぁ、無事だ。怪我の一つもない。あなたのお陰だ。私は族長のアリアという。ここは集落の病院だ。どうか安心して体を休めてほしい」


 体を拘束されている様子はない。どうやら、気を許して良さそうだ。俺はこの世界に来て初めて警戒を解いた。


 側近の者だろうか。アリアが扉の横にいた男に合図をすると男は部屋から立ち去った。


「あなたに傷を追わせた男も深く反省している。今はお前の服を洗っていてここにはいないが、後に直接謝罪させる。許してくれとは言わないが、どうか話だけは聞いてやってくれないか」


 俺は頷いた。俺もあの男に話がある。


「俺が倒れてからどれくらいたつ?」


「まだ4時間ほどだ」


 時間。聞き慣れない単位だが、約2刻のことだと直感でわかる。神の恩恵だろうか。


 ただおかしい。痛みはあるが傷はほぼふさがっている。俺の体が頑丈とはいえ、少なくとも7日はかかるはずだ。


「傷が言えるのが早すぎる。お前は神か?」


 アリアは少し驚くように目を見開く。


「ははっ、違うよ。エルフ秘伝の調合薬を練り込んで縫合したんだ。ポーションほど早くはないが、夜には完全に癒えるだろう」


「エルフ?ポーション?なんのことだ」


 アリアは目を細め、首を少し傾げる。


「異世界から来たのかい?」


 正直に明かすのが正しいかはわからないが、今はとにかく情報が欲しい。俺はゆっくりと頷いた。


「なるほどね。神様にもその時お会いしたのか。あの服も納得だ。何という国から来た?」


「日向国」


「さっぱり聞いたことがないね。恐らく、そこから来た転生者は過去にもいないだろう」


「転生?転移ではないのか?」


「正確には、赤子の姿で生まれ変わることを転生、姿変わらずに来た場合を転移と呼ぶね。だが、元々、この世界にいるうちらからしたらどちらでも良いことさ。纏めて、転生者と呼んでる。あんたはどっちだい?」


「死んで、こっちに来た。姿はその時のまままだ」


「珍しい例だね。私の知る限りでは死んだ場合は赤子として《来る》場合が多い。」


「転生者は珍しくないのか?」


「ああ、100年に1人くらいは現れるかな」


「それはほぼいないに等しくないか?」


「ヒューマンと違ってエルフは500年は生きる。私は転生者と会うのは3人目だ。もっと珍しいことはいくらでもある」


「ただ、転生者だと名乗らないほうがいいね。異端者だと嫌う者もいれば、利用するものもいる。異世界の知識だけでも貴重なものだから」


 アリアは真剣な目で忠告した。俺の身を案じてくれてるのだろう。誰に打ち明けるかどうかは慎重に判断していかなければならない。


「ざっくりいうと、あんたみたいな種族をヒューマンと言う。しばらくは田舎者のただのヒューマンだと名乗れば怪しまれることはないはずだ」


 頷いて、提案を受け入れることにした。


「私達はエルフだ。森の民とも言う。薬草の知識が豊富で長寿だ。見た目でヒューマンと違うとすれば、この耳ぐらいかな。人であることには変わりない」


「ポーションは・・・」


 言いかけたときに、扉をトントンと叩く音がした。


「どうやらアルク。お前に矢を向けた男が到着したようだ。説明は後でゆっくりとしよう。通していいか?」


「あぁ」


 入れとアリアが促すと「失礼します」と男が応え、扉が開いた。


 間違いなく、あの男だ。わかってはいたが、怒りがこみ上げてくる。


 部屋に入るなり、アルクは膝を付き、手と頭を地面につけた。土下座だ。謝罪の仕方はどこも同じらしい。


「本当に申し訳ございませんでした」


 男は心から反省しているだろう。それでも俺の怒りはおさまらない。


 何も答えず、沈黙を貫いた。


 男は頭をあげない。


 それでも沈黙を貫く。2分ほどたったあと、アルクはゆっくりと頭をあげ、こちらを伺う。

 俺は痛む右手でアルクの頬を力の限りぶん殴った。

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