一章 エルフ村の長

第5話

 また、同じ感覚だ

「狭間」にいた時のように少し眠たい。


 俺はどこかに横たわっていた。感覚的に元の世界ではない。なんとなくだがそう感じる。うっすらと目を開けて周りを確認した。


 森にいる。茂った森の中の開けた場所にいるようだ。周りには木々しか見えない。森の出口は遠そうだ。空は晴天で、風は涼しい。鳥の声が遠くに聞こえるが人の音は聞こえない。人里から離れているのか。


 だか、不思議と不安はない。なにより、旅立ちには最高の天候だ。神が融通をきかせてくれたのだろうか。


 ゆっくりと体を起こして、自分の体を確認する。傷はなく、装備は狭間の時と同じ、甲冑のままだ。


 身を守る武器はちょんまげを切り落とした脇差のみ。刀を無くしたわけではない。体があそこから消える瞬間に意図的に狭間に置いてきた。


 刀は武士の魂だが、武昌様から離れた段階で武士としての自分はいったん終えている。

なによりあれは、武昌様を守ることを誓った刀だから、今の俺には必要ない。


 立ち上がり、体の動きを確かめる。健康そのものだ。甲冑で隠れた部分の傷も完全に癒えている。


 さて、これからどうしようか。


 俺は物心がついた頃に放火で家族を失った。一人ぼっちだった俺を、俺なんかを助けてくれた武昌様のためだけに生きてきた。


その主はもういない。何を目的に生きようか。


 神は言った。不条理な死に方を悲しんで、武昌様は俺の転生を願ったと。


 その想いだけで十分だった。大好きな主が俺のことを思ってくれことが何より幸せだった。俺自身がやりたいことと言ってもなかなか思いつかない。


 ならば武昌様の想いに応えよう。今度は不条理に死ぬことなく、俺の人生をまっとうしよう。


 ならばまず人里を探すべきだろう。このまま獣のエサになっては武昌様に合わせる顔がない。


 目を閉じて状況を整理する。相変わらず人音はしない。さっきと変わらず、鳥の鳴き声のみだ。


 おそらく周りを見渡す限り、森と岩のみだ。人里から少なくとも半里(約2キロ)は離れていると推測する。


 俺は籠手以外の甲冑を外し、この場に置いていくことにした。甲冑は対人戦には有効だが、ここで注意しなければいけないのは獣だろう。イノシシにしろ、オオカミにしろ人より動きが俊敏だ。身軽なほうが相手がしやすい。


 手首は籠手で、首は手拭いを巻いて覆って、急所攻撃に対する最低限の対策を施す。

 そして太陽の位置を確認し、北であろう方向に歩き出す。


 水は腰の竹製水筒に入った分のみ。日差しのよる発汗を少しでも防ぐため、影が差す方へ進んだ方がいいと考えた。


 とはいえ、知恵が回るのはここまで。あとは人里に近づいていることを願ってひたすら進むのみだ。もともと、そこまで頭が回る方ではない。


 四半刻(約30分)ほど歩いて道らしきものを見つけた。人工的な目印はなく、人が歩くことでできた道だが少し希望が見えてきた。道に沿って幾分か明るい方に歩き出す。


 途中で鳥を何匹か見つける。雀のような鶯のような鳥だ。どちらでもなさそうではあるが見た目ではさほど日本の鳥と変わりがない。どうやら、生態系が大きく違う世界ではない。

 

 この世界で初めての生き物を確認し安堵した。道に出てからしばらくして小川を見つけた。水はきれいだ。腰につけたままだった水筒を一度空にしてから水を汲み、一口飲む。


 とてもうまい。直観だが、とても清らかな水だと感じた。小川はこれから進む道に流れている、これで三日は食べなくても歩いて行けそうだ。


「ガウウ、ガウゥ!!」


 気を緩めた直後のこと獣の声と森をかける音がした。オオカミの声に似ている。1町(約100m)ほど先だろう。身を低くし、脇差を抜刀する。


「きゃー!!!」


 少女が叫ぶ声が聞こえた瞬間、その瞬間へ走り出した。戦えぬ弱きものは強きものが守る。かつてのあるじの教えだ。

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