第5話
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入院から三日目。 病室にはサークル仲間で、特に咲彩が親しいメンバーがお見舞いに来ていた。
あまり早い時期に多人数で押しかけると、病院に迷惑がかかると思い、有志の5人が、退院の迫る三日目にしたという事だった。
「でもね、私もあの時はびっくりして、何もできなかったんだ。でも、あの時素早く咲彩の傷口を抑えて、救急車に連絡した、えーっと....、あ、杉本さんだっけ、処置が早くって、私が、あれよあれよと思っているうちに、救急車がきたんで、早めに病院に連れて行かれて、良かったんだよね」
莉子が当時の事を皆に説明していると、優がそれに続く。
「とにかく、結構血が出ていたのに、退院が明日なんて、意外に傷って治るのが早いんだな」
「みんなありがとう、心配してくれて。 でも先輩、ネット包帯とこの下の透明なフィルムは、まだしっかりとくっ付いていますけど」
「でも、女子だから、後が残るかどうかが心配よね」
茜が、治った後の傷口の心配をしてくれた。
実は、咲彩もその事が最近は気にかかって、担当の医師に聞いてはみたが、少なかれ、痕跡は残ると、ハッキリ言われた。
その事は、男子が居ない時に、ごく親しい女子に話すつもりなので、今は言えない。
「痕はどうなるか分からないんだ」
こう言うのがせいぜいだった。
その後、あまり長時間いるのは迷惑がかかるという、優の言葉に、小一時間くらいで帰って行った。
静かになった病室で、最近思う事が、咲彩にはあった。
今日はまだ来てはいないが、初日から毎日来てもらっている、杉本 祥太の事だった。
今まで出会ったことのない様なキッパリとした仕草。それに、無駄口を言わない。さらに、相手の言葉をしっかりと聞いてから、返事をする。 そんな祥太に、咲彩は母親と共に、好感が持てた。
一度病室で、父親の 大まさるとも挨拶していて、はじめは『娘を傷ものにしたヤツ』とは言っていたが、祥太の態度と性格に、『今時の若いモンにしては、一本筋が通った、好青年だな』 と、良い印象があるみたいだ。
そう思っていると、病室のドアが開いた。
母親だった。
何故か少し気落ちする咲彩。 そんな表情を感じ取って、母親の淳奈がニヤニヤしながら、咲彩に言う。
「なぁに? イヤねえ、私が来るのはガッカリなの?」
この言葉の裏側に気づき、人生で殆どした事のない、頬を、若干だが、ピンクに染めた。
「まあ、正直ねぇ、咲彩は。 でも、そろそろじゃないかしら、杉本さん」
そんなタイミング良く、来る訳が無いと、両手を上げ、大きな口を開けながら、規模が大きな欠伸あくびをしていると、ノックがした。
「はいどうぞ、と、勝手に母親が返事をしてしまった」
看護師なのかな? と、思って居たら。
「こんにちは、この時間しか空いてなかったので、すみません」
そう言って、祥太が入って来た。
だが、欠伸の後で目に涙を溜めている咲彩を見て、何事かと思い、すかさず祥太が聞く。
「どうしたんですか? 咲彩さん。 何かどこか悪い後遺症が出てしまったとかですか? 大丈夫ですか?」
真剣だった。
真剣に咲彩の事が心配で、聞いてくるものだから、それを見ていた淳奈は、大笑いしてしまい、その笑い声が何なのか、全く意味が分からない状況の祥太に、笑い終えてから、説明をする淳奈だった。
「いえね、 この子、あなたが部屋に入る直前に、大きな欠伸をしていたのよ」
「あ....くび?....ですか?」
「そうなの。うふふ」
「お母さぁん....、言わないでよぉ~」
先ほどとは違い、今度は祥太の目の前で、頬を染めた。
その仕草に、祥太は久しぶりの感情が呼び起こされた。
「心配しないでね、祥太さん。 予定通りにこの子、明日は退院だから、心配しないでね。でも....、何か微笑ましいわね」
この言葉の意味が何か、全く分からない祥太と咲彩だった。
△
「じゃあ、その後は通院なんですか?」
先程の、あの二人にとって、不思議な淳奈の言葉の後、色々な話をしていて、明日退院と言う話の流れになって、さらにその後は、と言う話の流れになり、後は通院だという事を聞いた祥太は、結果その、言葉が出た。
「そうなの。 退院した後、3日後って言ってたわね、一回目は」
と、通院の日取りを言う咲彩に、祥太が食い下がる様に、申し出る。
「通院の送迎、オレにやらせてください」
この言動に、咲彩と淳奈は、驚く。 のを通り越して、驚愕した。
「な、何言って....、そんな、祥太さんのご迷惑になるので、そんなお気遣い、滅相もないです」
コレに祥太が食い下がる。
「それでも、ぜひオレにさせてください」
「でも、会社での勤務の事を思うと、とてもお受けする訳にはいきませんよ」
「あ、それなら、今あの現場、もう殆ど終了してたんで、オレ、次の現場まで若干の間があるので、1ヶ月くらいなら、大丈夫なんです」
「でも........」
コレに何か気付いた祥太が。
「あ、もしかして。 男が付き添いの通院って、若い女の子だけに、気が引けますよね。すみません、変な事言い出しまして」
「えっと....、それもありますが。会社の合間になんて、やはり申し訳なくて....」
意外とはっきり言うんだな、この娘は、と、祥太は思った。
「そうですね。 それじゃあ時々ですが、治療の経過を教えていただけませんか?」
先程と違い、この祥太の提案なら、飲み込めると思い、咲彩は了承した。
「それでしたら、私も気が楽です」
「じゃあ、連絡先を教えてください」
連絡先の交換だなんて、男の人になんて、いままで身内以外には教えたことが無い咲彩は〈男性との連絡先交換〉と言うワードに、何か戸惑ってしまった。
その咲彩の表情を見た祥太が、釈明する様に返した。
「あ、コレもダメでしたか? またまたすみません、オレ空気読めて無いかもです。 女の子の連絡先は、簡単に教えられませんよね、重ね重ね、すみません」
「あ、いえいえ。 私って、今までに一度も男の人に連絡先を教えた事が無いので、ちょっと戸惑ってしまいました。 ごめんなさい」
何か祥太に気を使わせてしまったかと思い、咲彩が慌てて否定する。
そこに、助け船の様に、淳奈が話を挟む。
「祥太さん、ごめんなさいね。 この娘、生まれてからこの方、こんな性格なので、男の子とお付き合いした事が無くって、祥太さんの言葉に、躊躇しているんです。 気を悪くしないでくださいね」
「じゃあ、オレの連絡先だけでも渡しておきますね」
そう言って、祥太は、自分の会社の名刺を渡した。
その名刺を見た咲彩が、祥太の会社での立場を、いままで勘違いしているのに気が付いた。
「祥太さん、現場監督さんだったんですね。 私はてっきり、作業員さんかと思っていました。ごめんなさい」
「ははは....。まあ、あの日、作業員さんと一緒の格好していましたからね、確かにそう思いますよね。でも基本、同じ会社なら、作業服は一緒です。でも、監督って言っても、オレまだ監督の補佐なんです。今勉強中ってヤツです」
「あの、失礼ですが、祥太さんって、お幾つなんですか?」
今更とは思うが、咲彩はキッパリと聞いてみる。
「一昨年大学卒業して、今の会社に入ったんで、3年目の、24歳です。誕生日が来てないんで....」
「えぇ?....、私はってきり今年大卒の、社会人一年目かと思いました」
「良く言われます。 見た目がそうなんで....」
「ですよねー」
祥太の面持ちは、若く見られることが多い。 いまだに、大学生のアルバイトか? などと、聞かれることが、今でもちょくちょくある。
「さあ、この変にしときなさいよ、咲彩。 祥太さん、忙しい所を来て頂いていると思うから」
「そ、そうね。 ごめんなさい祥太さん。 私、話に夢中で。 毎日わざわざありがとうございました。完治したら、連絡しますね」
咲彩が、一瞬だが、少し残念そうな表情をした。
「はい、その時はまた改めて、ご挨拶に伺います」
「まあ、良いのよ、気を使わなくても」
淳奈が気を使い、祥太に言う。
「はい。でも、一応連絡はしていただけると....、総務的な事もありますので。お願いします」
「あ、そうね。 ありがとうございます」
「それじゃあ、オレ行きますね。 明日の退院お気をつけて」
「はい、重ね重ね、ありがとうございました」
そう言って、祥太は病室を後にした。
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