第9話 虚心坦懐
『 中点同盟 参画作品 』
TVのニュースが朝から賑わっている。街に至る所に設置された街頭モニターには、どれも流れているのは同じニュースばかりだ。
その見出しは、『フ軍、テロ国家総攻撃!』『テロ国家、主機能停止!』『自国軍に対テロの新たな部隊!』と言うもので、自国の勝利を称賛するものばかりだった。
大統領の記者会見の映像では、連続で焚かれるフラッシュの中、自画自賛する大統領の満面の笑みが流れ続けている。そして、総指揮官として、ジャクソンもその場に同席する姿が見られた。
ここ、ホワイトキャッツ隊本部も例外では無い。基地内の病室ではTVを見るアッシュがいる。バスローブの様な水色の検診衣を纏っているが、胸元からは包帯でぐるぐる巻きになっている様が判る。ベッドの上に座るのが若干苦しそうにも見える。
「隊長、大変な騒ぎになりましたね」
「自分としてはもっと徹底的にやりたかったですがね」
「元からD.F隊は大量殺戮は目的とはしない。 お互い兵士達にも家族はいるし、これでいいのさ」
諭するアイだが、彼も左肩に銃弾を受けており、同様の検査衣を着ている。傷の手当は終え、軽傷のため入院は免れた様子だ。しかし、肩を動かさないように肩関節の固定をし、腕を首から吊り下げている。アッシュの病室には見舞いに来ているのか、居場所がないのかは不明だ。
「あ、アッシュに渡すものがあるんだ」
「あのサポートが無かったら、俺もやばかった。 その礼と言っちゃなんだけど受け取って欲しくってね」
アイはそう言って鞄の中から小さな包みをテーブルに置く、ショートケーキでも買ってきたのかと思わせるような白い小さな小箱。それを受け取ったアッシュは、丁寧にゆっくりと開いていく。中からは1丁の古い型の拳銃が出て来た。
銃身下部からグリップにかけてエッジを丸くし、全体的に丸目のデザイン。片手を広げた程の小さな拳銃だ。メンテナンスが行き届いており、チタンブラック系の本体色の艶消しとも艶とも言える複雑な光沢がマニア心をそそる。
「M9000S Dですね。 操作性が問題で、当時売れなかったんですが、今では希少価値が上がってるんですよこれ」
「M92系よりも断然軽いですね」
アッシュの拳銃を見る目が生き生きとして居る。銃を手のひらで弾ませたり。あらゆる角度から眺めたり。同じ行動を何度も繰り返すが飽きる事はないようだ。
「ポリマー(注1)製の拡張アダプターは自作なんだけど、フルサイズのM92系のマガジンが使える」
「拡張アダプターはクライオ処理(注2)で、強度を40%アップしているから純正より使い易い筈さ」
そして空のマガジンをセットすると、手前に2回転、逆に2回転クリクリと廻すと、すッと窓に向けて両手で構えた。銃身長の短い銃で、ここまでのガンスピン(注3)を軽快にやってのけるアッシュを見て、アイも感心する。
「隊長、ありがとうございます。 大切に使わせていただきます」
アッシュの満面の笑みが見られた。それは、彼の査定の結果は100点満点だったという事だ。
「ふ~ん、2人共、そんな趣味があるんだ?」
そこに、リザがやって来た。彼女の興味のない銃を横目に、不思議そうな顔をしている。そんな人物にはその良さは判らぬだろう。2人は互いにそう思い顔を見つめ、思わず頷いていた。
「あ、アイ君。 メリー3の機内で言ってた件、やっと判ったよ!」
「ア、イ、君?! って?」
虫唾が走るような違和感にアイは困惑している。隣でアッシュが腹部の痛みを堪えながらも、我慢出来ずに噴出して笑っていた。そんなに笑う事案かね・・・ アイの眉が引きつる、その表情で言いたい事はリザには伝わったと思われる。
「いいじゃない? 私達階級は一緒よ?」
「いや、階級は同じでも僕には指揮権があるんだし、他の者への示しが付かないから、もっと言い方考えて欲しんだけどなぁ」
リザがフグの様なふくれっ面になっているが、アイは毅然とした態度で対応する。ベッドの上ではアッシュがまだ笑い転げている。正直これは笑いすぎだ。傷が悪化しても、絶対に
「で? お前何しに来たんだよ」
「何よ? その言い方、あたしとアイ君と司令官から呼び出し受けたので呼びに来たの! 悪い?」
リザがそう言うと、アイの顔から笑顔が消え去り、腕時計のカレンダーを見る。
「そっか、今日は6月13日だったな・・」
「リザ曹長、制服に着替えて、
「りょうかいです・・」
澄ました顔で軽く敬礼をするリザに早く行けと合図を送る。どうも、彼女と居ると調子が狂う。
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1時間後、ダークネイビーの制服に軍帽、黒いアーミーブーツ、そして薄いブランデー色のパイロットサングラス姿の2人。2人は空港近くの花屋に立ち寄っていた。アイの左肩からは包帯は無くなっていた。恐らく邪魔になり外したのだろう。
そして、白い百合の花の束を注文するアイに、隣にいるリザは何故か機嫌が悪い。
「さて、これでよし」
「ちょっとぉ。 あんたにそんな相手がいたとは意外ねぇ」
花束が女へのプレゼントと思ったリザは何故か怒っている。眉根を寄せへの字に曲がった口、震える握り拳。それはお怒り具合を測るには十分過ぎるだろう。
そして、向かうは球場程の広さがある軍用墓地だった。そこで初めてリザの怒りの表情が緩んだ、相手がこの世の者でないのなら焼き餅を焼く必要もないと言う事だろう。そして、真新しい石畳をコツコツと音を立てて歩くアイの後ろを付いて行く。
花束を左斜めに抱えたアイは、いくつも並ぶ墓標の前を静かに通り過ぎる。6月の気候の良い日だ、晴天に晒された墓標達は光を反射していて眩しい。リザはその墓標達に圧倒されながらも、引き続き付いて行く。やがて中程にある周りよりも2周り程大きな墓標の前に立ち止まるアイ。
「お前達、早かったな」
そう声が掛かった。見ると、ライトベージュの軍服に軍帽、黒いアーミーブーツ、そしていつものパイロットサングラスのジャクソンが現れた。胸には勲章が5つ着いていた。そして手にはアイと同じ白い百合の花束。
アイとジャクソンが墓標にある献花台に花束を置くと、軍帽を脇に挟み身体を15度程傾け敬礼をする。リザも慌てて敬礼する。アイとジャクソンの敬礼は長く、30秒程そのままの状態だった。リザは横目で確認しながら、再び敬礼する。この時リザは墓標に『ジェイ・ガン・エリート』と記されている事に気付いた。
「ここがJ(ジェイ)の墓だ。 と言っても中は空だ・・・」
「彼は8年前に事故死したエリート上院議員の息子なんだ」
「反乱から軍事裁判、武装解除、拘束とゴタゴタしていたけど、早いもので、今日で1年経った」
アイからそう言われた途端、思わず口を両手で覆うリザ。その両頬を涙が伝った瞬間に優しい風が掠めて行った。ジャクソンはそんなリザの涙の事も全て判っている様子だ。そして、ゆっくりと彼女に声を掛けた。
「リザ・ファントマイヤー曹長、いや、ユンナ・メリル・・ だな?」
そう言われ目を丸くし驚くリザ。ユンナとは、元ジャックベレー隊員の例の兵士と最後までいた少女の名である。ジャクソンの問いに、彼女は無言で頷くのみだった。アイが鼻を擦りながら、呟いた。
「まさかね。 君がジェイの最終接触者」
リザは右のピアスを外すと、それをそっと献花台に置いた。心の中で募る礼を繰り返していたに違いない。アイはあのピアスがジェイの形見であった事をこの時に気付かされた。
「なんで今まで黙ってたんだよ! 親父!」
「やれやれ、これだ・・ 判ったのは昨日だぞ。 これでも速報のつもりだったのだがな!」
またもや、とんでもない事実が飛び込んで来た。アイの親父と言う言葉にまたも驚くリザ。そう、アイは母親の姓を名乗っているため姓は違うが、ジャクソンとは間違いなく親子なのである。
「実はジェイの事聞いて来ないから、どうしたのかと思ってた」
「ありがとうアイ君、これだけ判れば十分だわ。 私、名前も知らなかったから・・」
ここまでの展開で、彼女がジェイにどんな思いを抱いていたのか察しがつく。
「俺の兄貴でもあるんだ・・・」
「と、言っても、俺がこのクソ親父から聞いたのは最近だけどな!」
「クソ親父とは聞き捨てならぬな!」
「エリート家は私の恩師の家系でね。 空軍の作戦で北欧討伐派遣の際に止むを得ず養子に出した」
「この国では養子と言うのは結構頻繁に行われている! 調べてみろ!」
話をしながら、親子で互いに睨み合う2人。何かの因縁でもあるかの様なそんな状況下で、ようやくジャクソンが切り出した。
「兎に角、蟠りがこれで解消出来ていればいいのだが?」
そう言ってユンナを見ると彼女は何度も頷いていた。ここで、ジャクソンはサングラスのブリッジを人差し指で支えると、腕組みをしながら言った。
「では、早速で悪いのだが、2人に任務がある」
ジャクソンが嫌な笑みを浮かべた。これは、絶対に良くない任務だ。アイはそう思った。
― つづく ―
(注1)重合体またはポリマーと言う。複数のモノマー(単量体)が重合する
(結合して鎖状や網状になる)ことによってできた化合物のこと。
(注2)クライオ技術 -150℃~-180℃ 液体窒素の超低温処理で分子配列を整える
技術で、特に音響機器に威力を発揮する。重合体またはポリマーも強度を
増す事が出来る。
(注3)トリガーガードに通した指を支点として、拳銃を回転させる魅せプレイ。
大抵は銃身長が4インチ以上のリボルバー式を使用するが、その他の
銃でも行うことはある。但し、銃身とグリップのバランスで難易度が
上がる場合もある。
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