第6話 夜の砂漠地帯

                         『 中点同盟 参画作品 』 


 今回は人数が多いためか、部屋の空気は少し澱んでいる感じがする。エアコンが掛かっている筈だが、その効果も追いつかないのであろう、少し部屋が霞んで見えるのだ。


「「「っ!」」」


 そのブリーフィングルームが瞬時にザワついた。


 それほど今回の作戦が困難を極めそうな内容だったのだ。皆、自分の耳を疑ったに違いない。ジャクソン司令官はそれを予見していたのだろう。目を閉じ、暫くその騒めきを聞いていた。

 

「もう1度繰り返す」

「今回の攻撃目標ターゲットは砂漠地帯に点在する7か所の地下基地を同時攻撃する大規模作戦となる」

「基地の周辺は対空砲火が激しいため、高度40mの超低空飛行の輸送機から降下してもらう」


 ジャクソンの言葉に再びザワつくブリーフィングルーム。喧騒とした中、一人ゆっくりと挙手する者が居た。それに気づいたジャクソンが落胆した表情をすると、視線を足元に落とした。アイだ。


「なんだね?」


「司令、輸送機の速度が仮に亜音速サブソニック(注1)ですと、降下難易度が60%上がります」


「偶然にも同意見だな・・・」

「だが、私は遷音速トランソニック(注2)で検討している」


「そんな、無茶ですよ!」


 アイの反発を余所に部屋の明かりを消し、モニターの電源スイッチを入れるジャクソン。その訳を語り出した。


「この基地は何度か空軍が空爆しているが、未だに成功していない」


「基地地下部分の大半がファラデーケージ(注3)内にあると思われ、EMP攻撃しても効果が無かった」


「そして、地中貫通爆弾バンカーバスター(注4)を持ってしても、これも同様だ」


 ジャクソンの言葉に合わせて、攻撃対象である基地の外観が表示されるが、内部に至っては無常にも”NO DATA”が表示され基地の内部が表示されない。


 そして、空軍の攻撃映像が流れる。命中しているにも関わらず、基地の機能を奪えない状況がモニターに映し出される。そして攻撃した攻撃機は対空砲に喰われて行く様が映っていた。


「まず、レーダーの発見を遅らせるため、音速で、超低空接近」

「対空砲は攻撃機を先導させ、通過時に可能な分のみ叩く、残った対空砲を回避しながら通過際に、D.F隊ディセントフォースを降ろす」

「本作戦には、1基地に3分隊の全23分隊を投入、敵基地内の詳細が不明なため、各分隊にブラックフォックス隊を2名程編入する」

「補給物資はD.F隊と共に落とすので、回収してくれ」


 部屋の明かりが点き、隊員達の顔が順に照らされていく、どの顔も絶望した表情をしている。さすがにジャクソンも額に手を当てると目を閉じていた。


「敵はテロ国家だ。 本作戦が成功すれば、大統領はD.F隊の存在を広報するとしている」

「そうなれば、我々も活動しやすくなる訳だ」

「作戦開始は今夜の2100ニイイチゼロゼロ以上だ」


 解散し部屋を後にする隊員達は足取りが重い。気晴らしのためか、食堂に寄るもの達も若干いた。珍しくアイは自販機で購入した缶ビールをテーブルに置き、物思いにふけっていた。そこへ、同じく缶ビールを手にした者達がぞろぞろとやって来た。 


「隊長今回の作戦、うまく行きますかね?」


 副隊長のベンがそう声を掛けると、アイの隣に座り、缶を開けた。プシュっと小さな音を残して、少し溢れる泡と共に一口含む。アッシュ、リザ、ロベルトも続いてアイの周辺に座り缶に手を掛けた。その4人を見渡すアイ。


「このメンバーに3名のホワイトキャッツ、2名のブラックフォックスが追加される」

「我が分隊は正式に第13分隊と決まった」

「忌み番を気にする奴は居るか?」


「わたしは全然気にしません」

「自分は17の方が気にします」


 リザの気にしないと言う言葉に頷き、アッシュの17を気にするとの言葉に不思議そうな顔をするアイ。彼は生まれてからずっとイタリア生活だった。そして残りの者達も首を横に振った。


「そうか、アッシュはイタリアだったな」


 あまりアルコールが強い方ではないのか、アイは少し火照った頬を、両手でパンッと叩くと立ち上がった。


「みんな聞いてくれ、戦場で味方同士の誤射は避けたい」

「だから、第13分隊のルールを考えた」

「避ける時は左! 迷ったら左! 隠れるのは左! どうだ?」


「「「「いいですね」」」」


 他の4人も立ち上がり、握り拳から親指を立てて賛称し、そして各自部屋へと戻った。作戦実行まであと4時間だ。  



+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+



 今夜は満月。所々に雲があり、時折黄色い月を覆う。月明かりが雲に反射して若干グレー色が映えている。夜の砂漠地帯に向かう兵員輸送機が4機。その前方には対空砲を攻撃する戦闘機が6機先導する。だが、その編隊は夜間に地上40mの超低空飛行に加え、音速に近い速度で飛ぶという曲芸飛行宛らであった。


 4機のジェットエンジンを搭載した輸送機は、少し胴体が細いタイプを使用。外観はボーイング777ジェット旅客機に酷似している。それが4機500m程の間を空けて飛行している。通常、航空機は左舷灯は赤、右舷灯は緑、そして衝突防止灯を点灯させるのだが、敵に発見されぬよう消灯しているようだ。垂直尾翼の淡い緑色をした編隊灯のみが光っている。


 乗り心地は決して良いとは言えない、低空飛行により気流が乱れ、音速により衝撃波が後を追う。機内の振動が絶える事はない。 


 別に満月を鑑賞している訳ではないが、アイは輸送機の窓から輸送機の右舷翼をずっと見ていた。主翼端に取り付けられた小さな翼端板(注5)があるのだがそれを眺めていたようだ。


「隊長、作戦10分前です」


 声を掛けたのはリザだが、アイが何を見ているのかと、興味がてらに同方向を覗き込んだ。それに気づいたアイが鼻先でそれを差した。


「ウィングレットだ、燃費を上げる為に付けてあるんだ・・・」

「なのに、音速、低空飛行で燃費を落とす飛行をする」

「人間って馬鹿だね」


 言ってる意味が分からない。リザは目を点にして、茫然としていた。その反応を見てか、彼は話を切り替えた。


「よし、降下準備! 13分隊はこちらに集まってくれ!」

「いいか! ハッチを出てすぐに降りようとすると地上に叩きつけられる!」

「ハッチを出たら、後方斜め上を目指すぞ!」


「「「「了解!」」」」


 『こちらメリースリーハッチを開く、13・14・15分隊は降下用意』

 『16・17・18分隊はそれに続け』


 輸送機の後部が大きく開く、外からの風の流入が激しく起こる。それと同時に先導していた戦闘機が対空砲への攻撃を開始していた。ボーン、ボボーンと言う爆発音と共に、その周りが爆炎で明るくなる。


 『フォール!!』


 掛け声と共に、一斉にD.F隊が降下する。地上すれすれの乱気流で、バランスを崩し落ちていく兵士がチラホラと見える。叩きつけられた兵士が立ち上がる様子がない。13分隊は全員無事に地上に到着していた。


「ベン、アッシュ情報収集だ! リザ、ロベルトは新人3人とブラックフォックスの2名を集めて装備の回収を!」


「「イエッサッ!」」


「「了解!」」 


「こちらM隊(注6)、全員無事に着地した。 これから装備を回収後T3ティースリーポイントに向か・・・」


 状況報告の途中、前方で爆音と共に炎が燃え上がった。対空砲による撃墜だ。炎の中は味方の輸送機だ。


本部ジュークボックスメリースリーがやられた」

「16・17・18分隊が全員降下したかどうかは未確認だ!」

「M隊は予定通り行動する! 以上だ!」


 本部からの返信は無かったが一方的に無線を切った。向こうも混乱している場合があるので、実戦に入ると此方からの応答に返信がないなんて気にしている余裕はないのだ。アイが報告を終えたと同時に副隊長のベンが寄って来た。


「隊長、着地点は予定通りです! さすがですね」


「まだまだ、ここからが正念場だ!」

「リザ、ロベルト装備の回収は?」


「「完了しました!」」


 アイはヘルメットのバイザーを開けると鼻を擦り、ブラックフォックス隊の2人の顔を見た。


「マップはどっちだ?」


「はっ、自分であります」


「君にはT3《ティースリー》ポイントまでの全断層スキャニングオールスキャンをやってもらう」

「スキャンを早くするために、幅2m地下5mでいい」

「出来るか?」


「はっ、10分頂ければ可能です」


「じゃぁ頼む、そして・・・ グリーズリー」


「はっ」


「我々ホワイトキャッツ隊の活動限界は60時間だが、君たちは12時間と短い」

「2人同時に活動停止はさすがに困るので、機器のバッテリーはオフにして温存しておいてくれ」


「了解しました」


 マップの全断層スキャニング完了のブザーが鳴った。全データを他のメンバーに送信し共有する、結果は障害物0だった。


「全員ガトリングポッドの予備のカートリッジは1本だけにしろ!」

「さぁて、それじゃぁ行きますか!」


 いよいよ、敵要塞に乗り込む時が来た。腰のダイヤルを引き、20cm程上昇すると、砂漠地帯を滑走する。




             ― つづく ―



(注1)サブソニック (subsonic speed)800~900km/h

マッハ数が0.3程度以上で、1未満 800~900km/h 輸送機や低速旅客機の速度。


(注2)トランソニック (transonic speed)

マッハ1前後である、マッハ0.8から1.3程度。ジェット旅客機の巡航速度(950-1100 km/h)に当たる。


(注3)静電界を遮へいするような金属または金属メッシュなどでできた空間、入れ物


(注4)バンカーバスター (Bunker Buster)航空機搭載爆弾の一種。降下目標や地下の目標を破壊するために用いられ、特殊貫通弾あるいは掩蔽壕破壊弾とも呼ばれる。


(注5)ウィングレット、又はシャークレットと呼ばれるもので、気流を調整し燃費をよくするために取り付けてある。


(注6)M:アルファベットで13番目の文字と言う意味で第13分隊を現す。

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