第4話 フェイク

                         『 中点同盟 参画作品 』 


 ヘリの右側ハッチがゆっくりとスライドし、降下用ハッチが開いた。ホワイトキャッツ隊の1名がそこから飛び出す。一番手の隊長のアイだ。その後、約15m~20mの間隔で他の兵士達も続いて降下する。


 通常であれば、仲間の位置が把握出来るように同じ高度で降下しても良いのだが、密集するとレーダーに反応しやすくなるので、今回は高度をずらしている。


 個人がしている腕時計とは別に、モニターには時刻も表示されている。それと高度計とを見ながら、アイは少し照れくさそうな顔をしていた。今回の作戦の注意事項と言うか、彼の方針も含めて説明しようと言うのだ。


「えー、諸君、300秒の遊覧にようこそ、隊長のアイだ。 よろしく!」

「後10秒程度でホワイト・ワンのジャミング(注1)域から出る。 暫くは西風に注意して、地上からの攻撃に一応警戒するように」


 アイ隊長の初めての指示だ。一同は互いを完全に目視できる訳ではないが、右親指を立てて頷く。そして、それを下からアイは見上げていた。直ぐ上のベンが少し隊列から外れていることに気付くと、アイはすぐに指示を入れる。

 

「ベン、5m南西にずれてるぞ」

「コンピュータの誤差が20%あるので、それを考慮するのもいいが、出来ればマニュアル操作してくれ」

「このままだと着地点が南西に1kmズレる」


「イエッサッ」


 その指示と同時に黒い雲の塊に突入、ボフッと籠った音がすると、装甲越しに微かに乱流を感じる。雲の塊の中ではそれが終わる事なく連続し、放電する激しい光とその振動波が体中に襲ってくる。雨粒になる前の水分が、装甲表面にミシミシといって凍り付く。そして乱流により、身体のバランスが不安定になる荒れ具合だ。


 20秒程で黒い雲の塊を抜けると、今度は雷雨だ。天候が悪いとレーダーによっては精度が落ちる場合もある、それを想定してのこの天候での作戦となったのかは不明だ。


 しかし、雨はアンダースーツ内にも侵入し、空気との衝突時の衝撃で一瞬で凍る。一応スーツの機能として温度コントロールをしているが、全て追いつく訳ではなくそこには誤差と言うものが発生する。

 

「これより風が北東風に変わる・・・ 」

「調整はさっきまでとは真逆になるぞ」

「視界が悪いからVDR(注2)は九分九厘無理だと思ってくれ!」


 隊は敵基地の滑走路が僅かに認識できる上空まで降下して来ていた。昼間だが雷雨のため薄暗い、そのため滑走路の誘導灯が灯り、格納庫ハンガーの明かりも漏れていた。だが、その他の設備の状況は確認できない。


 滑走路は1本で南西から北東に伸び、その両端にはRW07(注3)とRW25と書かれている。その一番遠い北東側のRW07と書かれた滑走路のエンド(注4)を目指す。格納庫前の駐機場エプロンでは情報通り3機のステルス攻撃機SUR-38が駐機してあるのも確認できた。


 ようやく、地上ではホワイトキャッツ隊に気付き、基地全体に警報を知らせるサイレンが鳴り響き出した。


「キャッツ・ツーはそのまま着地と同時にEE1を基地中央に発射だ」

「後の者は翼展開と同時に格納庫と駐機場を攻撃し、キャッツ・ツーを援護する」

「EMPシールドを忘れるなー! いっけー!!」


 戦いは慎重さはあっても、弱気であってはいけない。アイはマイナスイメージを払拭するため、ありったけの声で叫んだ。その気合が他の4人に通じたか、その言葉と同時に、全員が腰にあるダイヤルを手前一杯に引いた。バックパックから翼が展開し、ジェット噴射口が開く。落下速度が急激に減少すると、キャッツ・ツー以外は上空30m程で静止。そのまま上空からの小型ミサイルによる攻撃が開始された。


 キャッツ・ツーは着地と同時にアンカーを2本足元に打ち込む。これは、接地アースの役目もするので、この作業を邪険に出来ない。そして、ショットガンに似た銃の装填装置に赤い薬莢を確認すると、1弾目を発射した。発射されたEMP弾は、やや左にわずかなカーブを描き1本のケーブルを残しながら基地内へと着弾した。青白い閃光が基地内で煌びやかに輝いた。

 

 それと同時に、格納庫、駐機場に4発の小型ミサイルが次々と着弾する。瞬く間に爆炎が上がり、駐機場の攻撃機も全てその炎に飲まれた。


 キャッツ・ツーはEMP弾の第2弾目を装填し、コッキング状態に。レーザー照準を覗きながら、次弾の標的の索敵に入った。だが、1弾目の電磁パルスが利いたのであろうか、敵の攻撃は沈黙してしまった。これに合わせて別働隊である海兵隊が敵基地内に潜入した筈だ。一旦構えた銃を下ろすキャッツ・ツー


「こちら本部ジュークボックス! 別基地から攻撃機アタッカー2機の出撃が確認された、レーダーには映らないため、以降は予測値を連携する!」


 攻撃が止んだからと言って安心できる訳ではない。予測通り別基地から攻撃機が2機出撃したとの連絡が来た。予想通りとは言え、後4分足らずで攻撃機が到着する。4分で到着と言っても、直ぐに航空機が攻撃態勢に入れる訳ではない。1度上空を通過と同時に攻撃目標を確認、速度を落としして旋回後に攻撃を行うのが妥当なシーケンスだ。


「了解した!」


 意外と落ち着いた声で答えていた。しかし、アイの内心は其れどころではない。後3分足らずで機体が目視できる状態になる想定だが、やはり、本部からのデータが喉から手が出るほど欲しい。連携データが来ない事に不信を抱くアイだった。 


「まだ、敵機が目視できない! 現在の予測地点を至急連携してくれ!」


 だが、本部からの回答が一向に来ない。そこへ、キャッツ・ツーが慌ててアイのもとに駆け寄ってきた。ステルス機相手にレーダーで捕捉しようとしていると思われたか・・・?

 

「隊長、レーダーは使えません。 直ちにスナップアップ急上昇しましょう!」


「落ち着け! ステルスと言っても肉眼で確認出来るんだ!」


 情報が足りない。海兵隊の突入連絡は何故こない? 敵の攻撃機はもう到着する頃だが、何故目視出来ない? 時間的にはもう交戦中の筈だが・・ 大いに疑問が湧く。


「この滑走路・・・ まさか使われていないのか?」

「マーカービーコンとグライドパスが機能していない! おかしいぞ!!」


 自分たちの攻撃した軍事施設が未使用だった可能性が出て来た事に、アイの脳裏には最悪の状況が展開されていた。罠に嵌められた可能性がある。


 そしてキャッツ・ツーの肩を叩くと、自分のヘルメットの上部を右手でトントンとし、指を3本立てて見せた。この動作を見て、ローカル無線に切り替えろと理解したキャッツ・ツーはアームバンドの操作盤に触れる。


「ベン、戦闘中の私語は厳禁だが、不味いことが起こった・・・ 」


 そう言って、キャッツ・ツーに何か伝達していた。


「ローカルチェンネルはこのまま3chを使用して、他の者達にも伝えてくれ、俺はその間に本部と連絡を取る」


「イエッサッ」


 アイはレーダの対象を航空機のみに絞り、レーダー波の出力を上げる。レーダーがゴミを拾う可能性が上がるが、後は肉眼で識別すればいいと考えた。そして、サーモグラフィーでエンジンの燃焼跡の追跡も行った。


「本部聞こえるか? 敵機が目視できない! 熱線も反応がないのはおかしい!」


「こちら本部ジュークボックス! 間もなく攻撃機アタッカー2機の到着が予想される! 海兵隊レンジャーの回収が終わるまで、敵機を引き付けるんだ」


 チッ、なんだこれは・・ ? フェイク(注5)・・・ ? 本部からの情報がおかしい、アイは情報の信憑性にただ苛つきを覚え、それが積み重なって行った。


 作戦なんて70%計画通りにいかないものと考えているアイ。とは言え、変更または情報に間違いがあった場合、正しい情報を逐次連携して行かないと、作戦実行中の兵士達の身に危険が迫る。しかも、それは対応が遅れるほどハイリスクへと繋がる。


 どう言うつもりが知らないが、ごめんよ、こちらもフェイクを使わせて貰うよ・・・

 

 アイは周りを見渡すと、丁度そばにいた2名が目に入った。キャッツ・フォー、キャッツ・ファイブのリザとロベルトだ。少し考え込むと、何かを思いついたような顔をする。


「こちら、キャッツ・リーダー、自分を含めたキャッツ・フォーファイブのエンジンに不調が発生している」


 エンジン故障のフェイク情報にリザとロベルトが驚いた表情をする。しかし、アイが右手の握り拳から親指を立てて、大丈夫だと言う合図を送ると、少し落ち着いた表情でそのまま彼を見守った。そしてそのまま20分が経過した。


「キャッツ・リーダー、こちら本部ジュークボックス

「ホワイト・ワンをそちらに手配した。 その機で帰還せよ!」


 近くで待機していたのか、直ぐにヘリの音が近づいて来た。作戦開始時に搭乗していたヘリ、ホワイト・ワンだ。合流地点であるオー地点から、こちらに回されたのだろう。


 ヘリはゆっくりと滑走路脇に着陸すると、ホワイトキャッツ隊の5名が後部の搭乗用ハッチの前へと移動する。直ぐに飛び立つためであろう、ヘリの回転翼ロータは回ったままである。後部ハッチがゆっくりと開き始めると、5人はヘリへと乗り込んだ。その足並みは重々しかった。



- つづく -



(注1)Radar jamming レーダー波に対する妨害 (ECM) のこと

(注2)有視界降下方式(VDR:visual descent rules)のこと

(注3)RWはRun Wayの略で、2桁の数字は滑走路の方角を示す(角度の頭2桁の数値)

(注4)滑走路の端付近のポイントのこと

(注5)騙し

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