第51話 3人の不思議な夕食
「はいっ!焼肉3人前出来ましたよ〜」
咲江が、まるで正樹の奥さんのようにニコニコしながら、大皿に焼肉各種を盛り付けて、丸テーブルに運んでくれた。
「わっ、サキちゃん、凄いボリューム!焼くのに疲れたでしょ?」
俺は素直に、咲江の肉の焼き具合に感服していた。咲江が買ってきた肉だけじゃなく、俺が用意した肉も上手に焼いてくれたからだ。
「いいえ?と言いたいところだけど、ちょっと腕が疲れちゃったかな、エヘヘ」
咲江はそう言って、ちょっと照れてみせた。
由美も疲れている所へ、焼肉がタップリと眼の前に現れたから、ゴクリと唾を飲む音が聞こえた。
「センパーイ、後はご飯と、キャベツの千切りでもいいです?」
「うん、もう充分だよ、それで」
「じゃ、ご飯は既にあったから、キャベツを用意しますね〜。もうちょい待っててねっ」
咲江は荷物の中からキャベツを取り出し、丁寧に洗い、包丁で手際良くリズミカルにカットし始めた。
「ねえ、お兄ちゃん」
由美が聞いてきた。
「ん?どした?」
「アタシは水泳ばっかりしてきたからさ、料理なんてサキ姉ちゃんみたいに上手くないけど、お兄ちゃんが結婚したい女の人って、やっぱり料理が得意じゃないと駄目?」
由美は真剣な目で聞いてきた。
「なっ?突然だなぁ。そりゃ、下手よりは上手い方がさ、例えば仕事から帰って来る時の楽しみになるよな」
「そっかぁ…」
「どうしたの?由美は料理当番の時も、忙しいのに頑張ってくれてるじゃん?俺は由美の作ってくれた料理が、不味いと思ったことなんて、一度もないよ」
「そう?本当に?」
「当たり前じゃん。自慢の…妹なんだから」
「んもう!サキ姉ちゃんに聞こえたらどうすんのっ」
由美は俄に真っ赤に照れてしまった。
その咲江は、キャベツと格闘していて、会話は聞こえてないようだ、良かった…。
「んん…思ったより芯が硬いですぅ…」
「あ、サキちゃん、そんなに無理しなくてもいいよ、3人しかいないんだし」
「でもですね、せっかくの食材ですし…」
と言って咲江がキャベツと格闘していると、不意に電話が鳴った。
「はいはい、アタシ出るよ〜」
「ちょっと待て、由美。由美はしばらく、掛かってくる電話には出るな」
「え?あ、そうか…。先生も言ってたよね」
「しばらく、ウチへ掛かってくる電話は警戒しなきゃいけない。俺が出るし、俺がいない時は留守電モードにして、電話が鳴ってもそのままにしとけよ?」
「うん…分かった」
と会話をしていると、その隙に咲江が電話に出てしまった。
「はい、伊藤でございます」
「えっ!!!ちょっと、サキちゃん…」
「はい、はい…。あ、正樹君のお母様ですか?これはこれは…。いつも正樹君には大変お世話になっております。私、同じ大学のサークルでいつもご指導頂いている、石橋咲江と申します。…いえ、とんでもないです、お母様!では、正樹君に代わりますね」
咲江は受話器の口の部分を抑えてから、正樹を呼んだ。
「センパーイ!お母様でした!代わって下さーい」
俺は冷や汗をかいていた。
「サキちゃん、電話にまで出る必要はないよ?偶々俺の母親だったけど…」
「えー?せっかく電話が掛かってるのに、出てあげないと可哀想です〜」
「ま、まあそうだね。ただ今はね、由美狙いで色んな電話が掛かってくるから」
「ほえ?そっか、そう言えば昼間にセンパイにお電話した時も、何度か掛けてやっと繋がりましたからね〜。じゃアタシも電話に出る時は、センパイみたいに警戒モードで出ますぅ」
「だから、無理に出なくても…」
咲江の天真爛漫さには、苦笑せずにはいられなかったが、とりあえず俺が代わりに電話に出なくてはならない。母親からの電話だからだ。
「あーはいはい、俺だよ、正樹だよ」
『マサキ?あんた、今の女の子、あんたのなんなのさ?』
母は宇崎竜童のようなことを言って、咲江の正体を探ってきた。多分、元々は由美のインターハイ出場決定を知って、由美に電話を掛けてきたのだろうが、予想もしない女性が電話に出たので、戸惑ったのだろう。
「うーん、母さんには今更どう言ってもバレそうだから言うけど、大学で出来た俺の彼女」
『彼女?へー、アンタにも遂にそんな存在の女の子が出来たの?良かったねぇ、生きてきて』
「何言ってんだよ、自分の息子に彼女が出来ててもおかしくないだろ?もう二十歳を過ぎてるんだし。今までが悲惨だっただけでだね」
『アンタがモテないのはお母さんの恥でもあったからさ、さっき出てくれた…さ、サクコさん?って彼女さん、大事にしなさいよ!』
「母さんに言われるまでもないっつーの。あとサクコじゃなくて咲江だから」
『咲江だから…だなんて、去年の今頃にはアンタからはとても聞けないセリフだねぇ。お父さんにも嬉しい報告が出来るわ』
「まあ父さんにはテキトーに言っといてよ。それより母さん、本当は由美と話したかったんじゃないの?」
『あっ、そうだったわ。由美は帰ってるの?』
「帰ってるよ。おーい由美〜」
はーいと言いながら、由美は俺から受話器を受け取り、母と話し始めた。その様子を見ていると長くなりそうだったので、俺は丸テーブル前に座った。
すると咲江が顔を赤くしながら、照れながら俺を見ている。
「ん?サキちゃん、どうした?」
「センパイ!アタシ、センパイのお母様と話しちゃった!どうしましょう!」
「いや、付き合ってたらそんな場面もあるっしょ、きっと。俺だって石橋家のご両親と電話で話させてもらったことはあるわけで…」
「そ、そりゃあセンパイはアタシの実家に電話してくれるから。でもアタシは、センパイと由美ちゃんのアパートには電話するけど、金沢のご両親には電話はしないもん。だから、お母様と話せて嬉しいのとね、緊張して上手く喋れたかどうか分かんないから、ダメな彼女だなんて思われてないかどうか心配なの」
咲江らしくて、俺は由美がいなかったら咲江を抱き締めてしまいたくなるほどだった。
「大丈夫だよ、サキちゃん!母親からは、せっかく出来た彼女さんを大事にしなさいよ、って釘を刺されたから」
「わぁ、ホント?嘘じゃないよね、センパイ?」
「こんなことで嘘はつかないよ」
「キャー、嬉しい〜っ!」
電話中の由美がいなかったら、俺に飛び掛かってくるんじゃないかと思うほど、咲江は喜んでいた。
(ま、まあ俺の母親とのファーストコンタクトになったわけで、偶然だったけど良かったのかな)
俺はニコニコ笑顔で電話が終わる由美を待っている咲江を、やっぱり可愛く思った。
しばらくしたら由美と母親の電話が終わり、由美が丸テーブルへと座った。
「ねぇ、お兄ちゃん?」
「はい?」
なんだろう、電話が終わって不機嫌っぽいぞ?
「なんで女の人って電話が長いんだろうね?」
「……」
「アタシ、せっかく咲姉ちゃんが焼いてくれた焼き肉が冷えて固まるんじゃないかと思って、早くお母さんとの電話を切りたかったのにさ、次々とネタを投入してくるから、最後はイライラしちゃった」
なるほど、不機嫌ぽく見えたのは、そういうことか。
「そうは言うけど、お前だって女だし、サキちゃんだって女だぞ?女は話が長い、じゃなくて、親だから必然的に話が長くなった、と思え」
「えーっ、でもぉ」
「年頃の娘と一緒に住んでないんだから、仕方ないだろ、親が心配するのは」
「でも咲姉ちゃんに悪くって〜」
一瞬俺は答えられず、沈黙が流れたが、咲江がすかさず
「大丈夫だよ!お肉は逃げないから」
と言い、なんだか重たい空気を変えてくれた。
「そっ、そっか!肉は逃げない。よし、お兄ちゃん、咲姉ちゃん、お肉食べよ?早く食べないとアタシが全部食べちゃうよ?」
由美はガラッと態度を一変させ、いただきますの挨拶もそこそこに箸を一目散に肉の山へ突き刺した。
「あっ、あー、由美?」
本当に俺と咲江の分が無くなるんじゃないかと思うほどの勢いだった。
「サキちゃん、由美に負けないように食べよっか」
「ハーイ!じゃあいっただっきまーす!」
由美もこの瞬間を待っていたかのように、肉の山へと箸を突っ込んだ。俺の分が無くなる…
「俺も食べよっと!」
かくしてワイワイ賑やかに、由美と俺に色々あった1日が終わりつつあった…。
(こんな楽しい雰囲気で食事出来たらなぁ)
ふと俺は、この雰囲気を作ったのは咲江だと気付いた。
(な、なんだろ。俺の中に、サキちゃんと結婚したい願望でもあるのか?)
果たして…
<次回へ続く>
保護者の兄とツンデレ妹 イノウエ マサズミ @mieharu1970
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