第49話 進路問題
時間的には少し伸びてしまい、10分の予定が15分ほど掛かってしまったが、何とか由美と俺と担任の市村先生との三者懇談は終わった。
先生に挨拶してから廊下へ出ると、由美の次の番の、吹奏楽部部長の谷口恵美という女子が話し掛けてきた。
「由美ちゃん!長くなかった?インターハイに出ると決まったから、進路とかも大変なんじゃない?」
「まあ、ちょっとね。マスコミ対策とか先生に教えてもらってたの」
「キャッ、もうアタシ達のアイドルじゃん!今のうちに由美ちゃんのサインもらっておこうかな?」
「そんなんじゃないよ~」
明らかに由美は照れていた。
「いいなぁ、吹奏楽ももう少し日の目を見てもらえる日が来ないかなぁ」
「恵美ちゃんだって頑張ってるもん。金賞だっけ?頑張って取って、2学期の始業式に壇上に上がりなよっ!」
「まあ、出来るだけ頑張るよ。じゃ入らなきゃ…。お兄さん、由美ちゃんをよろしくお願いします!」
谷口恵美は、俺にまで挨拶してくれてから、お母さんと一緒に市村先生が待つ教室へと入っていった。
その後ろ姿を見ながら俺は、
「なーんか、いい子が多いな、由美のクラスは」
と率直に思ったことを言った。
「うーん、でもそうかもしれないなぁ。市村先生が担任のせいか、スポーツ系の部活の子が多いしね。だからみんな活発だし仲良いし、イジメとは無縁だと思うよ」
「良いなぁ、由美。青春してるな」
「なーに言ってんのよ、お兄ちゃん!お兄ちゃんだって大学で青春してるじゃん!」
「俺は今の大学が滑り止めだったから、馴染むのに時間が掛かったからなぁ。軽音楽部に助けてもらったようなもんだな」
「そこでサキ姉ちゃんに会えたんじゃん。そういう運命だったんだよ。前向き、前向き!じゃアタシは部活に行ってくるからね、バイバイ」
「そっか、練習しなきゃいけないもんな。頑張っておいで」
「うん。アタシの帰り、待っててね〜」
と言って由美は手を振りながら、プールがある方へ向かって行った。
…その後ろ姿を見ながら、俺は先程の三者懇談を思い出していた。
内容はマスコミ対応の話に続いて成績、進路に付いての話になった。
春先の家庭訪問では由美が書いた進路希望調査を、本当は秘密だけど…と言いつつ市村先生が見せてくれたが、今回は春の調査に対して今の成績は…という感じで説明して下さったので、秘密扱い文書としてではなく、公開して一緒に考えさせてくれた。
その時も、あくまで春に俺に秘密で見せたことは一切触れず、俺も初めてみた体を装った。
『さて由美ちゃんの1学期の成績だけど、体育はまず断トツだね。その上で主要5教科だけど、忙しい中でよく頑張ったよ。今までのレベルを維持してる。このままいけば、春に書いてもらった希望進路だけど、私学の2つは問題ないと思う』
『先生、私学の2つというと?』
『日大と、東海大だね』
なんとなく俺と市村先生で小芝居しているような感じになったが、由美に悟られないように、念には念を入れた。
『由美、日大は何となく聞いた事があるけど、東海大って初めて聞いたぞ。何か由美の心惹かれる要素があるのか?』
『う、うーん…。スポーツに強いイメージがあるのと、今のアパートから通いやすいかな?って言うので書いてみたの』
『そうか…。国公立は無理か?』
春に見せてもらった由美の進路希望調査で、国立の金沢大学が書かれていたのを知らないふりして、敢えて問いかけてみた。
『お兄ちゃん、アタシの頭で国公立なんか無理に決まってるじゃん、無理無理』
そこで市村先生が話に入ってくれた。
『でも由美ちゃん、進路希望の第3位に、金沢大学って書いてるじゃん。ここは国立だよ。しかもご両親がおられる所だし』
市村先生は俺に何となく目で合図しながら言った。
『あっ…』
由美は春先の進路調査に、金沢大学と書いたのを忘れていたのか、そうだった!という表情を見せた。
『あっ、それは母が、金沢大学って意外に水泳部が強いんだよって、春休みに連絡してくれたんです。それで…書いてみました。勿論国立なのは知ってますから、センター試験と2次試験、2回も試験を受けるなんて無理じゃないかなとも思ってます』
『まあ由美ちゃんが及び腰になるのも無理はないかな。センター試験って、共通一次試験を改革したものだとか言ってるけど、結局マーク式だし、5教科受けなくちゃいけないのも変わらないしね。でももし由美ちゃんが、大学はご両親の元で、って考えたのなら…と思って俺も調べてみたんだけど、偏差値的には絶対止めとけという程でもないんだ』
『そ、そうなんですか?』
由美はキョトンとしていた。
『さっきも言ったけど、由美ちゃんのレベルは、関東の私学なら、MARCHレベルならまあ大丈夫じゃないかな?ってところなんだ』
『本当に、ですか?』
『その上の早稲田、慶応とかだと今すぐ部活を辞めて予備校に通えと言わなきゃいけないけど』
『嫌です!そこまでして早稲田を目指そうなんて思いません!』
『そうだよね。で、MARCHレベルなら今のままなら合格確率は8割位だと思う。ちょっと下げて大東亜帝国なら、9割方間違いないね』
市村先生は何気なく言ったが、大東亜帝国って、なんだ?
そんな恐ろしいネーミングの大学があるのか?
俺は先生に聞いた。
『先生、その恐ろしい大学は何処ですか?』
『ハハッ、正樹君の頃はこんな呼び方してなかったか?レベルの近い、大東文化大学、東海大学、亜細亜大学、帝京大学、国士舘大学の頭文字だよ』
『なるほど…。上手いことまとめますね。でも何となく男臭いイメージが…』
『でも由美ちゃんの書いた東海大学も含まれてるよ。逆に言うと、由美ちゃんは東海大学はほぼ合格可能性大ってことだね』
『ふむ…』
俺はたった3年前の俺の時の大学受験時に比べ、受験制度が変わったんだな、と思った。
俺が受けたのは共通一次だったが、由美が国公立を目指す時には、共通一次がセンター試験という名称に変わったらしい。
ただ中身は大して変わってないみたいだが。
『で、今後はまずインターハイが終わらないと進路も考えられないとは思うけど、由美ちゃんとしては今の気持ちは、第一志望はどこだい?』
俺もだが、そう問い掛けた市村先生も固唾を呑んで由美の答えを待っていた。
由美はしばらく考えてから、
『…アタシは、何々大学というより、学費が安くて、水泳に打ち込める大学が、第一志望です』
と答えた。
『そっか…。まだ具体的な大学名は未定と言ってもいいのかな』
『そうですね…。とりあえず先生、お兄ちゃん!インターハイが終わったら、私も本格的に進路を検討するということで、今日は締めても良いですか?』
『あ、ああ。まあ由美ちゃんとしてはどうしてもそうなるよな。お兄さんもそれで良いですか?』
『そうですね。まあまた自宅で、由美の思いを聞いたりして、俺なりにアドバイスしていきます』
『まあ正樹君は一番身近な経験者だからね。先生よりも頼りになるかもよ。じゃ、お疲れ様、次の谷口さんと交代してね。お兄さんもお疲れ様でしたね。ではまた』
…由美にとっては、現時点ではああ答えるしか無かったのだろうが、俺にとってはなんだか奥歯に物が挟まった言い方なような気がした。
今進路を決めきれないのは仕方ないが、その理由がインターハイが終わるまで…だけではないような気がしたのだった。
とにかく今夜は1日大変だった由美に美味いものを食わせてやろうと思い、高校からの帰りにスーパーに寄って、バイト代を奮発して焼肉2人前を買ってみた。
俺が自宅に着き、夕食の準備をしていたら、程なく由美も帰ってきた。
「恋しいお兄様〜、ただいま!」
「あれ?お帰り、由美。早くないか?」
「今日の部活は、軽目でいいよって先生が言ってくれてね、早く終わったの」
「そうか。ちょっと待っててくれ、夕飯まだなんだ…。って、由美?」
由美は靴を脱いで室内に上がると、突然俺に抱き着いてきた。
「…どした?疲れたか?」
「…うん、お兄ちゃんがいてくれて良かった。お兄ちゃん…」
由美は泣き始めた。
「おいおい、どしたんだよ、泣くなんて。由美らしくないぞ」
「アタシは泣いちゃダメ?いつもニコニコして、時に厳しい部長のままじゃなきゃダメ?」
涙声で由美はそう言うと、俺の肩に顔を埋めた。
俺は由美の頭を撫でながら、妹として兄に甘えてきている状態なのを受け止めた。
「いいんだよ、由美。俺の前ではどんな由美でも。今は色々あった1日が終わって、どっと感情が吹き出たんだろう?俺で良いなら、抱き締めてやるくらい、何時までも大丈夫だよ」
「ううっ、お兄ちゃん…」
少し成長した由美の胸が、俺の胸板に押し付けられるような気がした。
そして目を閉じると、唇を由美から合わせてきた。
「…んっ、んー」
キスで由美の気持ちが落ち着くなら、サキちゃんには悪いがいくらでも由美のためにキスしてやる。
だが、そんな兄妹に徐々に近付く影があった。
「突然アパートに来ちゃったら、センパイや由美ちゃんは驚くかな?」
<次回へ続く>
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