第47話  スターダムへ

 大学も夏休みに入り、バイトの予定もなかった7月16日(月)は、4時半から由美の担任の先生を交えての三者懇談の日だった。


 本来なら4時頃までノンビリと洗濯でもしながら過ごしていられるはずだったのだが、そうもいかなかった。


 由美が関東大会を1位で通過し、インターハイ出場を決めたのは良かったが、どの媒体かは分からないものの、由美が凄く可愛く撮られた写真が載っている新聞があるらしい。


 そのお陰で早朝に週刊文夏の電話で叩き起こされ、由美を高校に送り出して一服入れようと思っていたら、次々に由美を取材したいという雑誌社や新聞社、挙句の果てにはテレビ局からも電話が掛かってきて、俺はその都度


「由美が帰ってきてから相談の上、お返事いたします」


 と繰り返していたのだ。


(電話なんて引かなきゃよかった…)


 今更後悔しても遅いのだが、俺はそんな気分になっていた。


 結局午前中だけで10社近くの対応に追われ、やっと一息付いた所に、また電話が鳴った。


(またマスコミか?あー、ケチって留守番電話を買わなかったのが今になって効いてくるなぁ…)


「はい、もしもし…」


 俺は用心しながら電話に出た。すると受話器の向こうから、明るい声が聞こえた。


『あっ、センパーイ!良かった、電話が繋がって』


「サキちゃん?」


『そうだよ!伊藤正樹の彼女、石橋咲江でございます』


「良かった…。サキちゃんで」


『えっ?どうしたの?何かあったの?脅迫電話とか』


 俺はつい苦笑いしつつ、


「朝からマスコミの問い合わせが凄いんだよ」


『あっ、もしかして由美ちゃんが関東大会1位で、インターハイ出場を決めたこと?』


「そうそう。サキちゃんにも早く教えたいって思ってたんだけど、遅くなっちゃって…。俺からの電話より、サキちゃんが新聞で知った方が早かったのは、彼氏としていかんよね。ごめんね」


『ううん、大丈夫。まあ昨日大会が終わった後、連絡がないのはちょっと不安だったけど、今朝の新聞のスポーツ欄を見たら納得したよ。由美ちゃん、これまでの記録に迫るダントツの好成績でインターハイ出場を決めたって書いてあって、表彰式後に観客席に手を振ってる可愛い写真が出てたの。ああ、これじゃセンパイは大変な目にあって、アタシどころじゃなかったんだろうな…って思ったよ』


「ごめんね、それでも電話ぐらいすればよかったんだけど」


『いいの。実は今日も朝から何回かセンパイのアパートへ電話してたんだけど、全然繋がらなくて、プープープーばっかりだったから。きっとマスコミの人が電話してきて、センパイが電話対応してるんだろうなと思ったら、不安も吹っ飛んだよ』


「え?そう?逆に繋がらなくて不安になったんじゃないの?」


『ううん、アタシは発想がちょっと他の人とはズレてるから。電話が繋がらないってことは、伊藤正樹が生きてる証拠だって思ってね。エヘヘ』


「サキちゃん…ありがとう」


 俺はどんな時でも前向きな言葉をかけてくれる咲江が彼女で、本当に良かったと思った。


『どういたしました。え?違う、どういたまして…、どういてましまし…、分かんなくなっちゃった!ハァ、サキエは馬鹿ですぅ」


「ハハッ!サキちゃん、変わらないでね、そんなところ」


『うー、センパイは褒めてくれたのかどうなのか分かんない…。ところでサキちゃんは高校に行ったんでしょ?」


「うん。普通に…いつもと変わらずに登校したよ」


『そうなんだ…。周りの環境が変わらなきゃ、いいね』


「周りの環境?」


『うん。急に馴れ馴れしくしてくる人とか、マスコミがどっかに隠れてるとか』


「そんなことって、あるかなぁ…」


『だってマスコミが朝から電話攻撃だったんでしょ?高校名もバレてるし。有り得ないことはないと思うよ?センパイも由美ちゃんのインターハイが終わるまで、ガードマンだね!』


「ガードマン?」


『そうじゃなきゃ、マネージャー?とにかく由美ちゃんを守らなくちゃ。アタシも女ならではの部分で、由美ちゃんを助けて上げられると思うから、何かあったら連絡してね、センパイ!』


「うっ、うん…。ありがとう、サキちゃん」


『アタシ、近い内にセンパイのアパートにお邪魔してもいいかな?』


「うん、いつでも…。サキちゃんとしばらく会ってないから会いたいし」


『じゃ、今日はちょっと無理だけど、明日遊びに行くね!』


「明日だね。うん。待ってるよ」


『じゃ、また明日ね、センパイ。バイバイ』


「バイバイ」


 受話器を置いた。朝からビジネス的な会話ばかりしていた俺には、サキちゃんからの電話は一服の清涼剤だった。


(アッ、仙台に一緒に行かない?って聞くの、忘れてた…)


 まぁ、明日アパートに来てくれるから、その時に言えばいいだろう。


 俺はこの間に、コンビニでスポーツ新聞や普通の新聞を一通り買って来ることにした。


(どれかのスポーツ新聞に、由美のいい写真が出てるって話だよな…)


 一通りコンビニの入り口に並んでいる新聞を買ってみたが、一体どれなんだ?順番にスポーツ新聞から見ていったが、どの新聞もトップ記事は昨日のプロ野球ばかりだ。


(よく考えたらインターハイ自体でも、そんなに新聞にデカデカと載っていた覚えってないよな…。しかも水泳の関東大会なんか、小さい囲み記事ででも出てたら本来は感謝しなきゃ、なんだけど…。どの新聞だよ)


 スポーツ新聞は結局当てにならなかった。


(じゃあ、一般紙か?一般紙でも全国紙とかじゃなく、ローカル紙…東京新聞、神奈川新聞を見てみよう)


 俺は目を皿のようにして、二つのローカル紙を隅から隅まで読んだ。


(もしかしたら、これか?)


 それは東京新聞のスポーツ面だった。

 プロ野球等のスポーツニュースの次の面に、高校生や大学生の各種大会を掲載している面があったのだが、その中に【水泳にニューヒロイン誕生か?断トツトップでインターハイへ】という見出しで、由美を紹介してくれているコーナーがあった。

 ちょっとしたやり取りと、小さいながら泳いでいる途中の写真と、表彰式後の緊張から解放された笑顔の由美の写真の2枚が載っていた。


(この笑顔の写真見たら、断トツの1位の女の子なんて思えないよな。マスコミなら興味を持つだろうな)


 それぐらい可愛く写っていた。


 ふと俺は、今日1日、由美は高校で無事に過ごせるのか?と心配になってしまった。


 校門付近にマスコミがいて、一言お願いします!とか、今まで見たこともないような生徒からラブレターをもらったりとか、異様な状態に巻き込まれていないだろうか?


 あまり気乗りしなくて忘れていた程の、今日の三者懇談だが、逆に早く三者懇談の時間になってもらって、高校に乗り込みたくなってきた。


(由美、今は大丈夫か?)


<次回へ続く>

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