第44話 ガードマン

 無事に由美がインターハイに進めるようになったものの、その試合の観戦後に立ち寄った俺のバイト先の店長に言われた、


(追っ掛けとかさ、カメラ小僧とかさ、そんな変態から守ってあげるんだよ。ああいう連中って、ヘタしたら家まで探し当てるからな)


 という言葉が、物凄く俺に圧し掛かっていた。


 確かにちょっと前までは、5つもの写真週刊誌が発刊されていて、3FETとか言ってたな…。

 由美を守ってやるのは当たり前だが、由美自身でも身を守るよう、注意しておかないと…。


 と思いながら、いずみ野駅で下車し、アパートへと帰ってきたら、何やら怪しい青年がいる。


 まさか?由美狙いか?


 でもまだインターハイの結果なんて、現地にいれば分かるが、ニュースになってもいない時間帯だ。だがいかにも怪しそうなので、俺はその青年をとっ捕まえて事情聴取してやる!という思いで、相手に逃げられないように音を立てずに小走り気味に、その青年に近付いた。


「キミ、何かこのアパートに用か?」


 と俺がわざと大き目な声を出したら、その青年はビックリして逃げようとしたので、咄嗟に俺は腕を捕まえた。


「なんで逃げる?怪しいなぁ。このアパートに盗みに入ろうとしてたのか?」


「いっ、いえっ、違います!」


「じゃあ逃げなくてもいいじゃんか。名前と、学校はどこ?」


 俺はその風貌から、高校生っぽいなと感じ、学校はどこ?とカマをかけて聞いてみた。


「す、すいません、もう来ませんから、許してください」


 なんだか臆病だったので拍子抜けしたが、理由だけは知りたかった。なので、もう少し追い込んでみた。


「怪しい奴が俺のアパートの付近をウロウロしてるってだけで、十分警察に通報出来るんだけど。このまま逃げたら、俺マジで110番するから。通報されたくなかったら、名前と学校と、なんでこのアパートをうろついてたか、俺に教えろって」


「ひゃあ、警察だけは…勘弁して下さい…。な、名前は日野正平と言います。学校はこの近くのS高校です」


「S高校?なんでS高の男子が、こんな近所で泥棒みたいなことしてんのさ」


「すっ、すいません…。僕、1年なんですけど…。理由は…。僕、男子水泳部に入ってまして、今日は先輩達の応援に、東京まで行かなきゃいけなかったんです」


「ふーん…。それで?」


「でも今朝体調が悪くて、休ませてもらったんです。そしたら、男子水泳部からも1人、女子水泳部からは2人、インターハイに出ることになったっていう連絡をもらったんです。その女子の2人の内、女子部の主将としてカッコいいのをいつも見ていた伊藤先輩に、帰ってこられたらおめでとうございます!って言おうとして…」


「そっか。理由は分かった。その伊藤さんっていう女の子が、このアパートに住んでるのは、なんで知ったの?」


 俺は由美の兄だということを隠して、青年を問い詰めた。


「えっ、それは単に男女水泳部の部員名簿を見れば、すぐ分かります」


「そうなんだ…。いわばキミはその伊藤さんの身内って訳か」


「あっ、はい、広い意味では…。部活は男子と女子で分かれてますけど、何かある時は一緒に行動しますし。それで伊藤先輩は、僕の憧れの先輩なので…。でも伊藤先輩が帰って来られて、いきなり僕みたいな、多分顔も覚えてもらってないような男子部員にインターハイおめでとうございますって言っても、気持ち悪がられるだけですよね。すいませんでした。もう二度とこんなことしませんので、警察にだけは言わないで下さい、お願いします」


 俺は純粋な気持ちで由美におめでとうと言いたかった、というこの日野という青年の言葉を信じることにした。


「分かったよ。そうか、あの伊藤さんがインターハイだって?凄いなぁ…。じゃあ警察に言わない代わりに、逆にキミに一つお願いがあるんだけど、いいかな?」


「えっ?はっ、はい!僕に出来ることなら…」


「S高校の男女水泳部員の名簿って、当然印刷されて各部員が持ってるんだよね?」


「そうです」


「出来れば…というか、是非なんだけど、部員名簿が外部に流失したりしないように、キミに出来る範囲で構わないから、ちょっと頑張ってみてくれないか?」


「はい!分かりました!先輩に言って、注意してもらうようにします。でも、どうしてですか?」


 ちょっと俺は焦ったが、こう返した。


「インターハイに出るほどの女の子がこのアパートにいるって知れ渡ったら、色んな人が来るかもしれないって思ってね。しかも水泳部なんだろ?女子の水泳って言ったら、水着とか洗濯して干してあるのを盗撮しに来るかもしれないし」


「はっ、ははぁ…なるほど…」


「とにかくさ、ここら辺がやじ馬で賑わうのが嫌なんだ。頼んだよ」


「分かりました!」


「キミのおめでとうって言いたい気持ちは、明日にでも部活で伝えてみなよ。伊藤さんは元気な女の子だから、喜ぶんじゃないかな?」


「はい、そうします。今日は失礼しました」


「じゃあ、頼んだ件、よろしくな」


「はい!失礼します」


 日野という青年は、深々と頭を下げてその場から立ち去った。水泳部だけあって、基本的な礼儀はシッカリしていそうだ。ただ今回は憧れの由美がインターハイに進めたと知って、ついフライングな行動をしてしまったのだろう。


 俺は日野という青年が完全に視界から消えてから、アパートの自室に戻った。


(ふぅ、よく乗り切ったな…。結果的には由美と関係がある高校生らしかったけど、ヘタしたら刃物持ってる変態って可能性もあるしな)


 それともう一つ、女子でインターハイに進めた選手は2人だとか言っていたが、由美ともう1人は誰なんだろう?2年生のあの子かな?だったら良いのだが…。


「たっだいま~、愛しのお兄様~💖」


 由美が上機嫌で帰って来た。ともかく無事に帰ってきたことに、まずは安堵した。


「お帰り!由美、ダントツのトップじゃないか!関東で一番ってことは全国で一番だっつってもいいんじゃないか?」


「エヘヘ、ありがと」


 ジャージ姿の由美はそのままダイレクトに俺に抱き付いてきた。


「おっ、おい…、バランスが…」


 そのまま俺は、由美に四畳半の部屋に押し倒されてしまった。


「お兄ちゃん、ちゃんとアタシを受け止めてよ~。でもこんな状態も新鮮かも」


 仰向けの俺が、由美を抱きしめている形になってしまった。


「お兄ちゃん、アタシに頑張ったねって…ご褒美ちょうだい?」


「ご褒美?なっ、何がほしいんだ?」


「えっとね、頭ナデナデと…」


「ナデナデと?」


「…あのね、チュー、して…」


 俺の上で顔を真っ赤にしておねだりしてくる由美が可愛かった。


「しょうがないなぁ…」


 ヨシヨシと頭を撫でながら、頑張ったね、と声を掛ける。そして目と目が合うと、由美は先に目を瞑った。


 上側の由美からそっと唇が重ねられた。

 俺からも重ね返す。


 しばらくその体勢でいたが、突然鳴った電話の音で、俺も由美もビックリし、体を離した。


「誰だ?兄と妹のスキンシップを邪魔する奴は」


 俺が電話に出た。


「はい、もしもし」


『あ、正樹?お母さんだよ』


「なんだ、母さんか。どうしたの?」


『さっき女子水泳部の顧問の先生からわざわざお電話頂いたの。由美がインターハイに出れるって。由美は帰ってる?』


「ああ、帰ってるよ。代わる?」


『帰ってるなら代わってよ』


 俺はキョトンとしている由美を見ると、受話器を差し出した。


「母さんから。もう由美のインターハイ決定を知ってるんだって」


「お母さん?えっ、なんでもう知ってるの?」


「顧問の先生が金沢まで電話したんだってさ。とりあえず由美の声、聞かせてあげな」


「うん…。もしもし?お母さん?由美だよ。…うん、ありがとう!」


 母と由美が電話で話すのは久しぶりのはずだ。しばらく話が続きそうだな…。


 あっ、この間に、洗濯物を取り込んでおくか!


 もしかしたら今後由美の洗濯物は、ベランダで干せないかもしれない。

 さっき冗談で日野という青年に言ったが、有名になると、洗濯物ですら盗撮される可能性もゼロではないと思うのだ。

 しかも由美は女子水泳選手。水着はもちろん、下着も普通の女子より頻繁に着替えているから、干してある女性用下着も多い。


 心配すればするほど、アレもコレも不安になってくる。

 今までは俺の洗濯物で由美の洗濯物を隠すようにしていたが、盗撮するような奴は、俺の下着ガードぐらい、易々と潜り抜けるだろうし…。


 とりあえず今日干していた洗濯物を慌てて取り込むと、由美と母の電話が終わるのを待った。


「じゃあね~」


 由美がやっと電話を切った。やっぱり長かった…。


「由美、よくそんなに母さんと話すネタがあるなぁ」


「えー、だって女同士だもん。久しぶりだし、ついあれもこれもって話し込んじゃった。でもお兄ちゃんとキスしてることは言わなかったよ」


「当たり前だよ!そんなこと知ったら、母さん倒れちゃうよ」


「そっかなー。小さい時はお兄ちゃんとのチューって可愛いねーって許されるのに、何歳から許されなくなるんだろうね?」


「な、なんだか哲学的倫理的な話になりそうな…」


「とりあえず、お母さんは仙台に来るって」


「本当か?金沢から仙台…どうやって来るんだろう」


「まあお父さんが鉄道に詳しいから、いい列車でもあるんじゃない?分かんないけど」


「父さんは来るのかな?」


「今日は日曜出勤らしくてまだ知らないって言ってたから、どうかな?分かんない」


「由美としては俺はどう?前に、半分冗談で俺とサキちゃんで仙台デートすれば?とか言ってたけど…」


「そうだよね、そんなこと言ってたなぁ…。う~ん、サキ姉ちゃんに任せる」


「俺じゃなくてサキちゃんに?」


「うん。だって仙台は新幹線があるから速く行けるけど、やっぱり横浜からだと近いとは言えないじゃん。サキ姉ちゃんのお父さんとお母さんの許可が出るかどうか…。お兄ちゃんは信頼されてるらしいけど、県外への旅行を許可するほど信頼されてるのかどうか…」


「なんとなく俺を傷付けてないか?」


「そんなことないよ~、愛しのお兄様っ!」


 最後はいつもこれで騙されてしまう…。


「そうだ、由美に聞きたいことがあるんだけどさ」


「んっ?何々?」


「男子の水泳部の1年生に、日野っていう部員、いるか?」


「え?日野?日野くん…?いたっけなぁ?」


<次回へ続く>

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