第42話 関東大会

 7月15日(日)、いよいよインターハイへの切符が掛かった、関東地区高校水泳競技会の当日となった。


 由美が出場する女子の部は午後からだが、午前の男子の部の開始に合わせて、女子の部員も全員現地集合することになっていた。

 女子は男子を応援し、男子は女子を応援するらしい。


「じゃあお兄ちゃん、アタシは先に行くけど、会場で待ってるね」


「ああ、忘れ物はないか?大丈夫か?」


「うん、大丈夫。昨夜から何度も確認したから…。それよりお兄ちゃん、会場まで1人でちゃんと来れる?」


「ま、待てよ、代々木のプールだろ?山手線の代々木で降りれば分かるだろ?」


「…その様子じゃ、危なさそうね。最寄り駅は代々木じゃないよ、とだけ言っておこうかな?」


「えっ?代々木プールなのに、最寄り駅は代々木じゃないのか?」


「せっかくインターハイへの切符が掛かってる大会なのに、お兄ちゃんが会場に来れなかったら寂しいから、最寄り駅は原宿だよって、教えてあげるね」


「はっ、原宿?あっ、あの竹の子族とか、一世風靡とかがウヨウヨしてる一帯か?」


 由美は呆れた顔をしながら答えた。


「…お兄ちゃん、昭和はもう終わったのよ。原宿駅で降りたら、駅の地図を見たらすぐ代々木プール…正しくは、代々木オリンピックプールは分かるから。じゃ、女子の部が始まるお昼過ぎまでには来てね!」


 俺が戸惑っていると、由美は俺の肩を掴み、軽くキスをして、


「行って来ま〜す!」


 と、元気よく日曜の朝早くアパートを出発して行った。


 俺は由美の柔らかい唇の感触が残ったまま、呆然としていた。


 だが毎年関東大会は、神奈川県大会もだが、これまで由美は頑なに観に来るなと言っていたので、代々木オリンピックプールなどどこにあるのやらさっぱり分からない。


 神奈川県大会の藤沢市営プールは、俺もバレーボールの大会で隣の体育館へ行ったことがあるのですぐ分かったが、代々木オリンピックプールは未踏の地だ。


 道に迷って肝心の由美のレースを見逃してはならないと思い、俺は洗濯だけ済ませると、アパートを出発した。


 相鉄線で横浜まで出て、京浜東北線に乗って品川まで行き、山手線に乗り換え、原宿を目指す。


 原宿に着いたのは昼前だったので、日曜日ということもあって人混みが凄まじかった。


(由美は原宿駅にある地図を見れば、すぐプールの場所が分かると言ってたよな…)


 改札を出た所に確かに地図はあったが、ボーッと立って地図を見ていたら、人に跳ね飛ばされそうだ。


(どっからこんなに人が来るんだ?暇なのか?)


 俺は自分もその1人なのも棚に上げて、何とか地図で代々木オリンピックプールの場所を把握した。


(なるほどな、原宿から更に渋谷寄りかぁ。体育館と併設なんだな。代々木で降りてたら試合開始前に辿り着かなかったな、きっと)


 原宿慣れしている人波に揉まれつつ、必死に体育館方面へと歩く。

 途中、何度も反対に向かう人波にぶつかり、早くこんな混雑から逃げ出したいと思ったが、大きな交差点を過ぎると、グッと人は減った。


(ふぅ…。あっ、アレが体育館か?)


 それらしき建物が見えてきた。

 近付くと、オリンピックプールの場所を示す立看板があり、

『関東地区高等学校水泳競技大会兼東京都高等学校水泳競技大会』

 と書かれていた。


(東京の高校は都大会がすぐにインターハイ予選なのか?他県の選手より有利じゃん)


 と、ちょっと俺は憤ったが、何か理由があるのだろう。帰ったら由美に聞いてみようと思った。


 プールの入口に辿り着くと、丁度男子の部が終わったところだった。

 受付でプログラムをもらい、観客席へと向かう。


 男女の入れ代わりを兼ねた昼休憩中だったので、割と見やすい席を確保することが出来た。


 由美のS高は、男女の水泳部が一緒になって、横断幕を掲げていたので、保護者席、応援席はあの辺りだなと思ったのだが、前回の県大会と同じく、俺は保護者会の参加を免除してもらっているので、応援席に座るのは遠慮しておいた。


 席を確保した後、ロビーに貼られている男子の部の結果表を見たら、S高校からは50m平泳ぎの部で、3年生の男子がインターハイ出場を決めていた。


(1人だけだけど、3年男子がインターハイ決めたんだ、凄いな…)


 由美もインターハイ出場の為に、懸命に頑張ってきた。

 県大会の時のような、後輩の女子に対する悩みも抱えておらず、程々の緊張感を持って毎日練習していたので、帰宅した時は俺に甘えて、緊張感から解放するというのがここ数日の由美の行動だった。


 俺もこの週末は、夏場で居酒屋も忙しくなるのだが、無理を言って居酒屋のバイトを休ませてもらっていた。


『由美ちゃんの大会だろ?上井君も付き添いで大変だろう、分かったよ!』


 と店長に快諾頂けたのは、2年以上バイトを続けているお陰だと、自画自賛していた。


 女子の部は午後1時半からで、トップが由美も出場する、50m自由形だった。


(いよいよ由美の出番だな…。いい表情してれば良いんだけど)


 女子選手が続々と入場してくる。が、県大会同様、最初の組には由美はいなかった。

 プログラムを見ていたら、県大会同様、32人の選手がいる。各県大会を勝ち上がってきた選手が計32名なのだろう。

 8つのコースで4回に分けて予選を行い、その4回のタイムで1位〜32位を決め、上位3人がインターハイへ出られるようだ。


 神奈川大会から関東大会への出場権は4人だったが、インターハイは関東地区から3人だけという、更に狭き門になっていた。


(全国から選手が集まるんだもんな…47都道府県1人ずつって訳にはいかないよな)


 由美は第3組の集団にいるのが見えた。

 第1組のトップタイムが27.26秒と、関東大会にしてはやや遅目だったので、由美も勝ち目はあると踏んでいた。


 そして第2組も終わり、由美の出場する第3組の選手がウォーミングアップを始めていた。


 第1のコースから順に選手コールが行われ、第3コースにいる由美はS高校3年、伊藤由美さん〜と呼ばれるとスタート台で一例し、スイムキャップを微調整していた。


 同時にS高校保護者会付近から、キャプテン頑張れー!由美ちゃーん!という声援が起きた。県大会では女子部員と保護者だけだったが、今回は男子部員も加わっているので、更に音圧が凄かった。


(由美は俺が思っている以上に、信頼されてるんだなぁ)


 その声に応えるように、由美は軽く手を上げた。その時に見えた表情は、とてもリラックスしているようだった。

 その表情を見て、俺はホッとした。


(いい顔してる…。頑張れ、由美)


 スタート台に8人の選手が並び、スターティングポジションを取った。


 審判が掛け声をかけ、電子ピストルを鳴らした。


 由美も、水面目指して勢い良く飛び込んだ。


(由美、由美!目指せ、インターハイ!)


 <次回へ続く>





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