第37話 すれ違い
「センパーイ、景色が綺麗ですね!アレが横浜ベイブリッジっていう橋ですか?」
俺と咲江はサークルを部長のご好意で早退させてもらったものの、夕飯を食べに中華街に行くにはまだちょっと早いことから、山下公園まで来て、散歩していた。
「そうだよ。去年出来たばっかりだから、きっともっと暗くなったら、カップルが沢山夜景を見に来るんじゃないかな?」
「まだ新しいんだぁ。ね、センパイ、あの橋って歩いて渡れるのかな?」
「ハハッ、それは無理だよ、サキちゃん。あの橋は高速道路だからね」
「えーっ、渡れないの?ブーブー」
「仕方ないよ。首都高速に繋がってるからね。但し対岸の大黒ふ頭に行けば、橋の入口くらいまでエレベーターで行けるんじゃなかったかな…?今度調べとくね」
「うんっ!」
咲江が物凄く無邪気にはしゃいでいる。咲江が楽しそうにしている姿を見ると嬉しいと同時に、ちょっと心が痛い。
どうしても由美の事が頭の中から離れないからだ。
(留守番電話には、急用としか言わなかったけど、サキちゃんとデートだって、ちゃんと言えば良かったな…。由美だって、咲江との交際を優先してほしい、って言ってくれてたんだし)
かと言って今からもう一度電話して、急用と言うのは実は咲江とのデートなんだと言うのも、却って言い訳がましいし。
「センパイ、せっかくだからセンパイとの2人の写真を撮りたいなぁ。『写ルンです』買ってきて、誰かにお願いして撮ってもらいましょ?」
咲江がニコニコしながらそう言ってきた。そうだ、今は咲江と真摯に向き合わねば…。
「そうだね。どっかのコンビニで買ってこようか」
「じゃ、アタシ買ってくるから、センパイはここで待っててね」
咲江は大張り切りでコンビニを探しに行った。
(確かに付き合って半年近く経つけど、サキちゃんの写真は持ってないな。お互いに1人だけっていう写真も撮り合って、お互いに持っていたいな)
すぐ近くにコンビニがあったようで、咲江は走って帰ってきた。流石、高校時代は陸上部だったという足の速さだ。
「ハァ、ハァ、センパイ、『写ルンです』買ってきたよ…」
「サキちゃん、そんな走らないでもいいのに」
「だって、少しでも早くセンパイと、写真撮りたくって…」
咲江はモジモジとしながら、そう言った。なんて可愛いんだ、なんてウブなんだ…。
「サキちゃん…」
「はい?あっ…」
俺は思わず咲江を抱き締めていた。
「サキちゃん、これからもよろしくね」
「えっ、はっ、はい…」
咲江の体の温もりを感じ、俺は自分自身を戒めた。
(あくまでもサキちゃんが、俺の彼女なんだ。こんな俺のために一生懸命尽くしてくれる女の子、離してなるものか…)
「ムギュ。センパーイ、ちょっと苦しいよぉ~」
「あっ、ごめんごめん。サキちゃんが可愛くて、つい…」
俺は抱き締めていたというより、まるで腕で縛るかのように抱いていた咲江を解放して、頭を掻いた。
「えーっ、ホントかな?でも嬉しいっ!ね、せっかく買ってきた『写ルンです』、早く使って写真撮ってもらおうよ、センパイ!ね、こっちこっち」
すっかり咲江のペースだ。俺は苦笑いしながら、咲江に引っ張られていった。
咲江はキョロキョロと周りを見渡し、声を掛けやすそうな方を探している。そのうち、ほぼ同世代のカップルを見付け、女性の方に声を掛けていた。
どうやら快諾してくれたようで、咲江は大声で俺を呼んでいる。
「すいません、無茶なお願いをして」
「いいえ。逆にもしよかったら、アタシ達も撮っていただけませんか?『写ルンです』は持ってますので…」
と、カップルの彼女さんの方から頼まれた。
「そりゃもちろん!何枚でもお撮りしますよ」
「良かった~。じゃあまずお2人を撮りますね。ベイブリッジが入る辺りで並んで下さい」
「はい、えーっと、ここら辺かな?」
「もうちょっと左…というか、お2人は右側へ数歩ズレて下さるといいかも。あ、そこがいいです。じゃ、撮りますね~。笑って下さ~い」
咲江はニコニコしながら、腕を組んできた。パシャッという音と、フィルムを巻き上げる音が聞こえた。
「いい感じです。念のためもう一枚撮りますね」
パシャッ!
「はい、どうぞ。成功したと思うんですが、また現像してみてくださいね」
「いえいえ、ありがとうございます!じゃあお返しの写真を撮らせて下さい」
「すいません、これで撮って下さいますか?」
彼女さんから写ルンですを預かり、2人に並んでもらう。
「お2人、もっとくっ付いて~」
と言ったら、お互いに照れながら少しずつ距離を詰め、やっと手を繋いだ。もしかしてまだ付き合いだして間がないのだろうか。その光景はとても初々しかった。
「はい、撮りますよ~」
俺も2枚ほど撮ってから、彼女さんに写ルンですを返した。
「すいません、ちゃんと写ってるかどうか…」
「いえいえ、それはお互い様ですし」
そこで咲江が俺と先方の彼女さんの会話に入ってきた。
「あの、お2人ってお付き合いされてどれぐらいですか?」
「あっ、こらこらサキちゃん、そんなこと…」
と制止したが、
「実は今日で1ヶ月なんです」
彼女さんが答えてくれた。
「わぁっ!記念日なんですね!おめでとうございます!」
「はい。だから実は記念写真撮りたいねって言ってて、ウロウロしてたんですけど、丁度お2人のような素敵な方に声を掛けて頂けて、嬉しかったです。こちらこそ本当にありがとうございました!」
ずーっと彼女さんが話しているが、彼氏の方は極度の照れ屋なのか、俺達とは目線を合わせず、俯いて照れていた。
「じゃあ、お互いにこれからも頑張りましょう!またいつかお会い出来たら嬉しいですね」
「はい、本当に…。では失礼します」
「こちらこそ!ありがとうございました」
俺達はそのカップルを見送ってから、そろそろ…という感じで中華街の方へ向かった。
「センパイ、さっきの2人、いいカップルになりそうだねっ!」
「そうだね。彼女さんの方が積極的って感じがしたよ。彼氏は遂に一言も言葉を発しなかったけど」
「照れ屋なんだよ、きっと。顔真っ赤にして、ずっと下向いてたから」
「それならいいんだけどな。じゃ、お店を探そうか…」
「うんっ!」
その頃、いずみ野のアパートでは由美が悪戦苦闘していた。
「今日は月曜日だからお兄ちゃんに任せるつもりだったから、大変…。洗濯して、お風呂を沸かして…。ご飯どうしようかなぁ。お兄ちゃんに怒られちゃうけど、朝炊いたご飯はあるから、コンビニでカップ麺でも買ってこようかな」
洗濯機の中は、由美が昨日の県大会で使った水着や着替えた下着が沢山入っていて、更にそこへ今日の部活で使った水着や着替えた下着を放り込むと溢れそうだった。
「2回に分けよっかな。アタシのと、お兄ちゃんのとに分けて」
そう呟いて、洗濯機の中の衣類を一旦取り出し、由美の衣類と正樹の衣類に分けていたら、ほぼ7:3で由美の衣類の方が圧倒していた。
「どうしても女の方が多くなるんだよね。理不尽だなぁ」
そして由美の衣類を先に洗濯機に放り込み、洗濯機のスイッチを押してからコンビニへとカップ麺を買いに出掛けた。
「お兄ちゃんの急用って何なんだろう。今日中に帰ってくるよね…。帰ってこなかったら、アタシ、1人じゃ心細いよぉ…。お兄ちゃん…」
コンビニに向かいながら、由美は何故か涙が一筋頬を伝った。まさか正樹が咲江とデートしているとは露ほども思わずに…。
<次回へ続く>
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