第36話 三角関係…

「正樹セーンパイ!最近、お疲れですか?元気がないですぅ…。アタシの愛情が不足してますか?」


 俺は由美の水泳の県大会のあった翌週、軽音楽サークルに顔を出した。すると先に来ていた咲江が声を掛けてくれた。


「えっ、サキちゃんから見える俺って、疲れてる?」


「はい…。この土日に何かあったんですか?」


 その質問に、ドキッとせざるを得ない俺がいる。明らかに表情が変わったのだろう、咲江が突っ込んできた。


「あ~、やっぱりなんかあったんですね。センパイ、アタシで良かったらお話聞きますよ?」


「えっとね…」


 由美が告白してきて、咲江との仲を邪魔しない範囲で付き合うことになったんだよ💖


 等と言えるわけがない。兄と妹で?アタシなんてその程度だったんですね…と言われ、呆れられてフラれるのがオチだ。とりあえず嘘は吐きたくなかったので…


「昨日さ、由美の水泳部の県大会があったんだ。保護者代わりに付き添いで大会を見に行ったんだけど、由美はなんとか一位の成績で関東大会に行けることになったんだよ」


「わぁっ、凄ーい!由美ちゃん、一位なんだ!関東大会も突破できそう♪そしたらインターハイなのかな?」


「そうらしいよ」


「そんな良いことがあったのに、なんでセンパイは疲れた顔してるんですかぁ?」


 俺はちょっと考えてから言った。


「実はね、舞台裏で事件があったんだ」


「事件!?なっ、なんですか、それは…」


「うーん、あまり大ごとにはしたくないんだけどね。サキちゃんにだけ言うからね」


「うん…」


「由美の可愛がってる2年生の後輩が、別の高校の男子に付き纏われててね。その後輩の子は何回も交際はお断りしてたんだけど、その県大会の時もその子の本番直前に、その男子が現れて、由美が仲裁に入ったんだ」


「へっ、へぇ…」


 俺は咲江には刺激があるかと思って、後輩の子が強引に性交渉までされたことは隠した。


「それが分かったのが、俺も客席で見てたら、由美が表彰式の後にマスコミのインタビュー受けてたんだよね。それをちょっと中断して、控室に向かって走って行ったからなんだ」


「じゃあ由美ちゃんの視界に入る所で、その後輩の女の子が別の高校の男子に、言い寄られてたって訳ですかぁ…」


「そう。それで俺もこれは何かあると思って、慌てて控室に向かったんだ」


「センパイ、由美ちゃんと後輩の女の子を助けに行ったんですね」


「そうなるね。そこでは由美が必死に男相手に、後輩の子を匿いながら帰れ!って言ってたんだけど、常識が通じない相手だったから、ニヤニヤしながら動こうとしなかったんだよね」


「うわぁ…、気持ち悪い…」


 咲江は本当に気持ち悪そうな顔をした。純粋な心の持ち主なのがよく分かる。

 俺は由美を思い出し、ちょっと罪悪感に襲われた。


「それで、もう由美だけじゃダメだと思って、俺が勝手にその男の相手を買って出たんだ」


「わぁ、センパイ、凄いですぅ」


「一応法学部だしね。お前のやってることは県の条例違反だ、警察に通報してやろうか?って一か八か攻めてみたんだ」


「そ、そうなんですか?どんな条例に引っ掛かるんですか?」


「サキちゃんみたいな真面目な女の子には無関係だけど、青少年保護育成条例っていうのがあってね。18歳未満の青少年を守る条例なんだけど、その中に異性を脅かす言動ってのも含まれるんだ」


 本当は強姦した事を警察に付き出すぞと言って手を引かせたのだが、そこを咲江に言っていないので、ちょっと説明に無理があったが、咲江は納得したようだ。


「そう言えばよくニュースで、どっかの先生が女子高生と淫らな行為をして、捕まったとか言いますね。それですか?」


「そうそう。その根拠が、青少年保護育成条例なんだ」


「スゴーイ!勉強になりましたぁ。アタシは英文学科だから、そんな勉強してないし、流石センパイ!」


「いやぁ、それほどでも…」


 思わず照れてしまったが、どうしても心の中で咲江に罪悪感を抱いてしまう。


(本当はサキちゃんが彼女なんだから…)


 咲江は俺の心の動揺など気が付かないまま、ニコニコして正樹センパイ格好良い!と、目をハートにして俺を見ている。


(最近、由美に掛かり切りで、サキちゃんとしっかり向き合ってなかったよな…)


「ねえ、サキちゃん」


「はい?」


「今晩空いてる?」


「おっと、突然のお誘いですか?」


「ま、まあね。今日は月曜日で、俺は夜空いてる日だから…。サキちゃんさえ空いてたら、何処か美味しいものでも食べに行かない?」


「もっちろん!センパイからのお誘いなら、用事が入っててもそっちをキャンセルしますよ〜」


 咲江は久しぶりに見る、最高の笑顔で応えてくれた。


「じゃあ、サークル終わったら、とりあえず高島屋でも行こうか?」


「わぉ、因縁の高島屋ですね!」


「因縁って…あ、サキちゃんに勘違いさせちゃった事件のことかな、アハハ…」


 俺は変な汗が背中を流れていくのが分かった。


「でね、センパイ!…久しぶりに…センパイと…」


 咲江は照れた顔で、モジモジし始めた。


「…サキちゃん、もしかしたら、その、なんだ、あの…アレしたいのかな?」


「はっ、はい〜。エヘヘッ」


「じゃっ、じゃあ、高島屋のレストラン街でご飯食べたら、その…アレをする場所調べてみようか」


「女のアタシから誘うなんて…キャッ、照れちゃう」


 具体的な単語は言ってないのに、俺と咲江は久々に肌を重ねることで合意した。


(あ、由美に帰りが遅くなるって伝えなくちゃ…)


「サキちゃん、ごめん、ちょっと電話してくるね」


「ん?どうぞ?」


 俺は大学構内の公衆電話から、自分のアパートに電話を掛けた。


 まだ夕方なので、由美も帰ってきてないようで、しばらく呼び出し音が続いた後、留守番電話に切り替わった。


『えーっと、正樹です。ごめん、今日は急用で帰りが遅くなります。俺が夕飯当番だったけどご飯を作って上げられなくてごめんな。コンビニで何か…』


 ここまで喋ったら制限時間が来て切れてしまった。


(まあ、これでとりあえず大丈夫だろう…)


 サークル室に戻ったら、咲江が4年生の先輩を捕まえて、高島屋で美味しいお勧めのレストランは何処か?と尋ねていた。


(よっぽど俺と出掛けるのが楽しみだったんだなぁ)


「あっ、正樹センパイ!センパイは何が食べたいです?」


「お、俺が食べたいもの?」


「はい、今先輩方に美味しいお店を聞いてたんですけど、先輩方は居酒屋しか知らない!って…」


「サキちゃん、冗談だよ〜」


 と、4年生で今年度の部長、佐藤秀和先輩が奥から叫んでいた。


「佐藤先輩、スイマセン」


「でもお前達はいつ見てもラブラブで良いよな。今夜の夕飯どこで食べよう?だろ。高島屋もいいけど、桜木町から山下公園辺りのホテルのレストランってのもいいし、盲点と思うけど中華街とかもどうだ?」


「なるほど!目からウロコです〜。正樹センパイ、中華街行きません?実はアタシ、行ったことなくて…」


「えっ、そうなの?」


「入口を遠くから見ただけ…ショボン…ですぅ」


「じゃあ俺が連れてって上げるよ。餃子が絶品の店があるんだ」


「ぎょ、餃子?」


「2人で一緒に食べれば大丈夫だよ!」


「そっか、そうですね!じゃあセンパイ、中華街に行きましょ♪」


 そこで佐藤先輩が気を利かせてくれた。


「あのー、そこの2人、部長権限で早退を命ずる。早く出掛けておいで」


「えっ、良いんですか?」


「あのさ、彼女がいない俺には、お前らのラブラブっぷりが目の毒なんだなぁ…。さ、早く中華街行って、チューしておいで!」


「佐藤センパイったら、洒落が上手いです~」


 と咲江がケラケラ笑っているので、俺が佐藤先輩に感謝し、2人して早退させてもらった。


「センパイ、手、繋いでもいい?」


「う、うん」


 咲江はギュッと俺の左手を握ってきた。


「ワクワクするね!センパイとの久しぶりのデート…ウフフッ」


 とりあえず俺達は、京急で黄金町駅を目指すことにした。



 …その頃、由美が部活を終え、アパートに帰って来ていた。


(あれ?電気が点いてない…。お兄ちゃん、今日は月曜日だから早いはずなのに)


「…ただいま…」


 由美が部屋に入ると、留守番電話がチカチカと点滅していた。

 再生ボタンを押すと、正樹からの伝言が入っていた。


(お兄ちゃん、遅くなるんだ…。寂しいな。でも急用ってなんだろう…まさかサキ姉ちゃんとのデートじゃないよね。サキ姉ちゃんとデートって時は、いつも事前に知らせてくれてたから…)


 由美の複雑な思いが、正樹に届くのは何時だろうか。


<次回へ続く>

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