第35話 シスコン?

 由美から思わぬ告白を受けた俺は、心臓の鼓動が止まらなかった。


「お兄ちゃん、凄い心臓がドクドク言ってるね」


 俺に抱き付いたままの由美が言った。


「そ、そりゃあ、実の妹とは言え、女子高生を抱き止めてるんだから…」


「どう?アタシの胸、大きくなった?」


「そっ、そんなのは、分かんない…」


「嘘。今、アタシの胸、お兄ちゃんの胸板に当たってるはずだよ」


 意識しないようにしていたのだが、俺の胸板に当たっている由美の胸は、前に不意に背中から抱き付かれた時よりも、少し膨らみを増した気がする。だが洗濯の際に見るブラジャーのカップ数は、大きくなってはいなかったし…。こんな時、どう言ってやればいいんだよ…。


「春に背中に胸が当たった時より、大きくなったとは思う…」


 俺は思ったことをそのまま言うしかなかった。


「お兄ちゃん…。分かってくれた?アタシね、春の健康診断の時より、今日の大会前に測った方が、バストがね、2センチアップしたんだ!」


 俺は2センチのバストアップが、由美の心理にどう影響したのかは分からないが、今の由美の表情を見る限り、嬉しそうだ。やっぱりこういう部分は女なんだな…。


「ところで由美、ちょっと俺、体勢がツライんだけど…」


 俺は後ろ斜めになって、腕で自分の体を支え、由美を受け止めていた。流石にそろそろキツくなってきた。


「ごめんね、お兄ちゃん…。アタシが勢いで…抱きついちゃったから…」


 由美は俺から体を離した。俺も体勢を整え直した。


 改めてお互いを正面から見つめてみる。


「お兄ちゃん、そんな、ジッと、見ないでよ…」


 由美は照れながら俯きつつ、だけど目線は俺の方を見ていた。


(可愛い…。本当に俺の妹か?)


 俺は由美のことを大事な妹だ、保護者としてちゃんと高校を卒業させ、由美の希望する進路に進めるようサポートしてやる、その気持ちだけで由美に向かい合ってきた。


 だから時折由美が寂しがったりする時には、金沢の親代わりのつもりで、接してきた。


 だが俺に告白し、照れている由美を見たら、明らかに違う感情が湧いてきた。


(由美が彼氏を作ろうとしないのは、俺のせいなのか?)


 たまに由美に彼氏の有無を聞けば、水泳が彼氏だとはぐらかしてきたが、本当は俺の事が好きで、告白されても断ったりしていたのではないか?


「お、お兄ちゃん…。アタシの顔、ジーッと見過ぎだよぉ…。恥ずかしいよ…。何か言ってよ…」


 由美はまた照れてそう言ったが、目線は決して俺から離さなかった。


「…由美?」


「ん?」


「俺さ、正直言って由美をそういう…あの、恋愛対象として見たことはないんだ」


「…うん、そうだよね、きっと」


「でも由美にさっき、好きって言われてさ、なんか、俺の中に、変な感情が起きてるんだ」


「お兄ちゃんの中に?」


「まず先に言っとくけど、俺には咲ちゃんという彼女がいる。それは分かってくれるよな?」


「う、うん…」


「だから本来なら別の女の子を好きになったりしちゃいけないし、それは咲ちゃんへの裏切りになっちゃうんだ」


「…うん…」


「でもな、さっきの由美の顔を見たら…、正直に言うよ。可愛かった」


「えっ…」


「俺、由美のことをこんなに可愛いって思ったのは、初めてだよ」


「お兄ちゃん…」


 由美の目は、潤んでいる。


「だから、初めて由美にこの言葉を言うよ」


「…」


「由美、好きだよ」


「お、お兄ちゃん!」


 由美は俺の言葉を聞いて、涙腺が崩壊したのか、涙を流しながら、再び抱き着いてきた。


「由美…。可愛いよ、由美」


「お兄ちゃん、大好き!」


 俺と由美は初めて抱き合った。由美が一方的に俺に抱き着いてくることはあったが、俺が由美を抱きしめたのは、初めてだった。


「お兄ちゃん、キスして」


「あっ、ああ…」


 俺から由美の唇に、唇を合わせていった。由美も唇を合わせてきて、お互いの唇が重なり合う。


「んんっ、お兄ちゃん…」


 由美の唇が何度か位置を変えて、俺の唇に重ねられる。由美の方が、これまで我慢して押さえていた気持ちがあるからか、積極的だった。


 だが咲江と違い、舌を絡めてくるような濃厚なキスではなかった。


 咲江の体に手を出すな、と俺に注意するほどだったから、実の兄にそんな濃厚なキスをしないように自制しているのかもしれない。あるいは咲江という正妻がいるから、控えているのかもしれない。


 由美からのアピールは、唇を重ねるだけのキスと、胸を押し付けてくることに留まっていた。


 だが、由美が自分の立場を弁えているからなのかどうかは、分からなかった。


 しばらく唇を重ねた後、由美の方から体を離し、俺の手を掴んでこう言った。


「アタシ、お兄ちゃんに気持ちが分かってもらえた今日のことを、忘れないからね」


 そして笑顔を見せると、


「よしっ、これで期末テストも、関東大会も、頑張れる!お兄ちゃん、見ててね。アタシ、頑張るからね」


 俺は、何か吹っ切れたような由美を見て、こう言った。


「由美なら大丈夫!1学期の期末は重要だからな、頑張れよ!」


「うん!」


 由美は立ち上がると、まず今日の大会で使った水着や着替えが入ったビニール袋の中身を、そのまま洗濯機に突っ込み、制服から私服に着替えようとした。


「あの…お兄ちゃん…」


「ん?なんだ?」


「いくらお兄ちゃんの事が好きでも、やっぱり制服から私服に着替えるのは見られたくないのね。だから、あっち向いててくれる?」


「へ?しょっちゅう風呂上がりに下着姿のままでいるのに、着替えはNGなのか?」


「当たり前じゃん!現在進行形と完了形は違うの!」


「なんかよく分かんないけど…」


「どーでもいいから、アッチ向いててってば!」


 どうやらアッチを向いてないと由美の瞬間湯沸かし器に着火しそうだったので、俺は反対方向を向くしかなかった。


 直ぐに衣擦れの音が聞こえてきたので、着替えているのだろう。


「もういいかぁ、由美」


「待って、スカート履いたらOKだ、か、ら…はい、大丈夫よ」


「由美、私服でスカートなんて持ってたっけ?」


 由美はいつも私服の時はジーンズのイメージだったので、スカートとは意外だなと思って聞いてみた。


「エヘヘッ、勝負スカートなのだ」


「勝負スカート?勝負パンツなら聞いたことはあるけど」


「これはね、アタシの願いが叶った時に履くって決めてたスカートなの。今日、2つの願いが叶ったんだもん。勝負スカート、解禁だよ」


 そう言って由美は、制服以外では珍しいフレアスカート姿を見せてきた。


「なんか、意外だけど、似合うよ、由美」


「エヘッ、ありがと、お兄ちゃん」


「ところで2つの願いって…」


「1つはね、県大会1位通過。もう1つは…」


「もしかして俺か?」


「ピンポーン!流石お兄ちゃんだね!正解のご褒美に…」


 そう言って由美はまだ座っている俺の前にしゃがむと、肩を掴んで唇を重ねてきた。


「…はい、ご褒美キッスだよ」


「由美…。これからも頑張ろうな」


「うん、お兄ちゃん!」


 気付いたらすっかり外は暗くなっていた。


「今から夕飯作るのも大変だし遅くなるから、どっかに食べに行くか?」


「うん、たまにはいいよね。とりあえず2つの記念日ってことで」


「分かったよ。ちょっといいお店に行こう」


「やったー!お兄ちゃん、大好き!」


 俺と由美は、外食に行こうと外へ出た。早速由美は腕を組んできた。


(肘に由美の胸が当たる…。俺がどうにかなりそうだ…)


「お兄ちゃん、どしたの?」


「な、何でもない、何でも…。さ、行こうか」


「うんっ!」


 俺はこんな日が来るとは思って無かったが、もしかしたらシスコンなのだろうか?由美の事が、前よりも大切な、愛しい存在へと変わっていくのを感じた。


<次回へ続く>

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