第34話 カミングアウト

「お帰り、由美」


 由美より先にアパートに帰っていた俺は、由美が帰ってくるのを出迎えてやることが出来た。


「たっだいま~、お兄ちゃん!今日は来てくれて…ありがと。はい、見て、コレ」


 由美は照れながら、表彰状と記念の盾、関東大会への推薦状を見せてくれた。


「おぉ、次の大会への推薦状なんて出るんだ?」


「そうなの。これに顧問の先生のハンコを押してもらって、申し込むんだよ」


「そうなんだな。俺はバレーボールやってた時は単なる一部員だったから、そこまで知らないんだ、実は」


「まあ、部活によっても違うんじゃないの?」


「そうかもな。あ、宮田さんにも、県大会突破おめでとうって、俺が言ってたって明日にでも伝えてくれよ」


「うん、分かったよ。宮田さんも、お兄さんにどうぞよろしくお伝えくださいキャプテン!って、凄い感謝されちゃったよ」


「そうか、それなら良かった。俺がまだ心配なのはさ、宮田さんに、その…毎月のお客さんが来るかどうかなんだ…」


「それがね、丁度今日の帰りに来たみたいなの。真っ赤な顔してアタシを呼ぶから、どうしたの?って聞いたら、コソコソっと『アレ、来ました…』って。まるで大会が終わるのを待ってたみたいだね、ってアタシと2人で盛り上がっちゃった!本当は毎月面倒くさいんだけどさ」


「そりゃ良かったなぁ…。って俺が言うのも変だけどさ。あんなおかしい奴との間に赤ちゃんでも出来ようもんなら、また由美も俺も鬼になってあの野郎の高校へ殴り込みにいかなきゃいけなかったからさ」


「そうよね。でもあの男に理詰めでグイグイ迫っていくお兄ちゃん…カッコ良かったよ…」


 何故か由美は照れながらそう言った。


「なんで由美が照れてるんだよ。そう言えば由美、リレーにも出たんじゃなかったか?」


「あのね、リレーはあと一歩及ばなかったの。でもリレーは、1年生の中からアタシがコレは!って子を抜擢して、大会の雰囲気に慣れさせるために出てるようなもんだから、結果は二の次なんだ」


「じゃあ…去年のキャプテンさんは、宮田さんを抜擢してたのかな?そんなもんか?」


「そう。それで何となく幹部の中で、あの子をトップに育てるんだなって、共通認識が出来るんだ」


「ふーん…。じゃ、どの1年生が伸びそうとか、リーダーシップを持ってそうとか、キャプテンが見極める訳か?」


「そうなるね」


「由美も責任重大だな、そんな仕事もあるなんて」


「どうしても見極められない時は、幹部みんなに相談するみたいだよ。実はアタシが1年の時、アタシともう1人1年生が抜擢されたの」


「え?凄いじゃん」


「多分ね、その時のキャプテンさんが、アタシともう1人の子のどっちかに、最後まで決められなかったんだと思うの。で、2人とも出しちゃえ!ってなったんじゃないかなぁ」


「そっか。その子は今、副主将サブキャプテンにでもなってるの?」


「それが残念ながら2年に上がる時に、膝の靭帯切っちゃって、水泳を諦めなくちゃいけなくなってね。それからはマネージャーを務めてくれてるよ」


「じゃあ由美にとってはライバルが減ったって感じか?」


「でも…複雑だよ。やっぱり直接鎬を削りあってトップになりたいじゃん。そんな形でライバルが減るのは、嬉しくなかったなぁ」


 由美らしい言葉だな、と俺は思った。


「でも今もマネージャーをしてくれているんなら、いい関係なんだろ?」


「まあね。だからアタシは、その子の気持ちも背負って、この夏を目指してるんだ!ヘヘッ」


「由美、水泳や部活について語る時は、スゲェいい顔するよなぁ…。俺もそこまで打ち込める何かを探したいよな」


「お兄ちゃん、もしかしてホメてくれてる?」


「ああ、もちろん。由美は俺の自慢の妹だよ」


 すると突然由美が俺に抱き付いてきた。

 もちろん由美がそんなことをするとは思ってなかったのて、俺はビックリするしかなかった。


「ねえ、お兄ちゃん。アタシをイイ子イイ子って、ナデナデして…」


「うっ、うん…」


 プール帰りの、独特な塩素の匂いがまだ残っている由美の頭を、ヨシヨシと撫でてやった。

 突然抱きつかれた為、俺は腕を後ろにして体を支え、由美はそんな俺の首元に手を回し、顔を肩に載せている。


「どうしたんだ?由美」


 夏服のせいで、由美の発達途中の胸を胸板で感じてしまった。


「アタシ、ずっと、ずーっと緊張してて…やっと今日、緊張から解放されてね。誰かによく頑張ったよって褒めてもらいたかったの。それは誰かと言えば、やっぱりお兄ちゃん!」


「由美…」


 そう言って俺を見上げる由美の顔が、とても可愛かった。小さい頃に由美と遊び、疲れた由美を抱っこしたりおんぶしたりして帰宅したことを思い出したりした。


「一週間話せなくてゴメンね。でもこうやってると、次回の大会へ向けてエネルギーを溜めていけると思うんだ。それは…アタシ、お兄ちゃんが好きだから」


「なっ?なんだって?」


 俺の聞き間違いかと思ったが…。


「アタシ、お兄ちゃんが好き。好きなの。サキ姉ちゃんから奪おうなんて思わない。だけどアタシと2人でいる時は…アタシの彼氏になって、お兄ちゃん」


「ちょっ、待ってくれよ…って、んんっ」


 由美が唇を重ねてきた。

 もちろん、咲江とのキスのような濃厚に舌を絡め合うものではないが、俺は何とも形容しがたい気持ちになった。


 由美を押し返すことも出来たが、今はとりあえず由美の気持ちを大切にしてやろうと、自然の流れに任せていた。


 しばらく唇を重ねていたが、そっと由美から唇を離した。俯いて顔を真っ赤にしている。


「…お兄ちゃん、高島屋でキスしたのは、本当は…お兄ちゃんが好きだったからだよ」


「由美、お前…」


「あと…アタシからお兄ちゃんへのキスは、高島屋が初めてじゃないの」


「え、えーっ?」


 由美は目を潤ませながら、一生懸命に俺に訴えかけてくる。


(ど、どうすりゃいいんだ?)


<次回へ続く>

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