第30話 由美の正念場

 色々起きた日曜日が終わり、翌月曜日、俺はバイトが元々ない日なので3限の講義が終わったらアパートへ帰ったが、由美はまだ帰っていなかった。


 昨日聞いた、深刻な悩みを抱えた2年生の女の子にどう向き合えたか早く聞いてみたかったのだが、部活に普通に出ると、帰宅は7時頃になる。

 とりあえずそれまでは夕飯を作ったり、洗濯したりして過ごすこととした。


 夕飯は由美が昨日買ってきたカレーライスの材料があるので、カレーを作ることにし、洗濯機のスイッチを入れてから調理に取り掛かった。


(2年生の女の子も気になるけど、由美もこんな経験初めてだろうから、大変だろうな)


 女子水泳部主将として1年近く頑張ってきて、ほぼ技術の指導や自分自身の練習が主だった由美が、初めて水泳以外の相談を後輩から受けたことは、由美自身も大変だと思うが、ちゃんと後輩のケアをするのも主将の仕事ということを学べる機会になったのではないだろうか。


 カレーも後はとろ火でコトコト煮込む段階になったので、この間に洗濯物を干そうと、洗濯物を籠に入れていたら、やっぱり由美の洗濯物が大半だった。

 土日に2人して洗濯をサボってしまったツケもあるのだが、由美が県大会に向けて頑張っている証拠でもある。

 ただパンツやブルマだけは、今でも干す時には少し抵抗があった。


 由美はそんなので照れてたら2人暮らし出来ない!と言ってくれてはいたが、やはり男の性、気になるクセに妹のものを触るとなると意識して照れてしまうのだ。


 今回もそんな葛藤と闘いながら、ベランダに洗濯物を干している途中で、由美が帰ってきた。


「お兄ちゃん、帰ったよ〜。あ、洗濯物干してくれてたんだ、ありがとう〜」


「おう、由美、お帰り。土日に洗濯しなかったから、大量だよ。由美のパンツが沢山あって恥ずかしいんだけど…」


「お兄ちゃん、まだ妹のパンツで恥ずかしがってんの?サキ姉ちゃんって彼女まで出来たのに。その内、サキ姉ちゃんにパンツをプレゼントって場面も来るかもしれないよ?早くアタシのパンツで慣れなよ」


 なんという会話だ…。


「ところで由美、後輩の女の子、大丈夫だったか?」


「そうそう、その事をお兄ちゃんに報告しなくちゃって、急いで帰って来たの。結果的には、大丈夫になったよ」


「そうか、それなら良かったけど、由美もそんな重たい相談受けて、結構悩んだだろ?」


「まあね…。なかなか速く泳げるようにならないとか、バタフライが上手く泳げないとか、そんな悩みならよく相談されてアドバイスしてたけど。まさか後輩が彼氏に襲われたなんてね…。」


「今日はどんな感じだったのさ、その子は」


「まず朝イチに、その子のクラスに行って、登校してるのは確認したの。で、廊下に呼んで、昼休みに一緒に保健室に行こう?って誘ったの。お兄ちゃんに言われた通り、アタシが付き添うからって言って」


「おお、頑張ったな、由美」


「で、保健室に昼休みに一緒に行って、一通り話を先生に聞いてもらったよ。そしたら先生が言うには、その子と同じような相談が、毎週のようにあるんだって。アタシ、ソレにもビックリしちゃったよ!」


「毎週?なんだなんだ、今の男子高校生はどうなってんだ」


「相手の男はS高とは限らないらしいけど。酷いのは、妊娠して初めて相談に来る女の子もいるって」


「へ、へぇ…」


 リアルな高校生の現状には、俺の知らない、見てこなかった世界もあるんだな…。


「とりあえず、よく相談してくれたねって先生が慰めてくれて、今の体の状態とか、精神面とか、優しく聞いてくれてた」


「そうか。それでかなり楽になったのかな…」


「その子が一番心配してたのは、やっぱり無理矢理やられたから、妊娠してないかってこと。でも女の子だけの月イチのアレがあるでしょ?あの周期から考えると、可能性は低そうだって、先生が言ってた」


「じゃあその子もちょっとホッとしたのかな?」


「うん、でも次のアレが来るまでは注意してねって先生は言ってた。そして肝心の相手の男だけど…」


「おう、それが問題だよな」


「その子に聞いたら、別の高校なんだって。S高じゃなかった」


「別の高校?じゃ、なんで知り合ったんだろうな」


「3月にあったJOCの予選!その時に声掛けてきたんだって」


「ああ、由美があと1人ってとこで枠に入れなかったあの大会か…」


「そう。そこで声掛け…ナンパよね。で、春休みに電話が掛かってきて、デートして、付き合い始めたんだって」


「そうかぁ…。で、暑くなってきて、羊が狼になったんだな」


「その子もね、油断して相手の男の家に行ったのが悪かった…って物凄い後悔してるから、何とか励まして上げようと思って、次に同じことしなきゃいいんだよ、って言ったけど、合ってる?」


「ま、まあ、そういうしかないだろ」


「でその子は、男が別の高校なのが不幸中の幸いだから、二度と会わないし、別れる、自然消滅させるって」


「それがいいだろうな。家族にも取り次がないでって言えればいいと思うけど」


「あとはね、その子の月イチのアレが、予定通り来れば、問題なし。元々アタシが次の主将にしたいと思ってたほど、本来はハートの強い子だから、乗り越えられると信じてるんだ。アタシはずっと味方だからね、って最後に付け加えて、部活は今週一杯休んでもいいよって言ったんだけど、そんなことしたらあの男に負けた気がするので、ちゃんと出ます!って」


「由美、お疲れさん。その子も大変だったけど、由美もそういう相談に直面して、色々考えることで、きっと成長したと思うよ」


「そっかな〜。あっ、お兄ちゃんが言ってた、犯罪にもなるから警察に言ってもいいんだよ?ってその子に伝えたら、そこまでは面倒だからいいです…だって」


「そうか。でも本当はそんなクズ男を成敗するチャンスなんだけどな」


「クズ男って…お兄ちゃんも言うね〜」


「やっぱり相手の女の子が嫌だって言ってるのに、自分の欲望を満たしたいだけの男はクズだろ」


「そうよね。お兄ちゃん!」


「えっ、なんだ?」


「サキ姉ちゃんとまさか…その…やってないよね?」


「な、何言い出すんだよ。やってないよ」


 俺は冷や汗と脂汗が同時に流れていた。


「ああいうことは、女の人が嫌な目に遭ったり、辛い思いをするんだから、ちゃんとお兄ちゃんがサキ姉ちゃんに対して責任を取れるようになって、サキ姉ちゃんもいいよ♪って言ってくれてからが筋で、本当の日本男児なら結婚するまでしちゃダメだからね!」


「はっ、ははぁ…」


 どうしよう、俺は由美の言い付けを3回も破っている…。

 でも同意の上だし…避妊もちゃんとしたし…。


「お兄ちゃん、なんか上の空だけど、聞いてる?」


「き、聞いてるよ。っていうか、カレーが心配でさ」


「え、お兄ちゃん、料理の途中だったの?早く言ってよ、洗濯しかしてないんだと思ってた」


「同時進行してたんだよ!」


 由美が台所に行ってみたら、幸いカレーはとろ火でゆっくり煮込んでいる状態だったので、逆に丁度良かった。話題も俺への攻撃に変わりそうだったから、二重に良かった。


「良かった…。火事になったらオシマイだもんね」


「火だけはな、気を付けないとダメだぞ。洗濯物も干し終わったし、夕飯にするか?」


「うん、食べよー。アタシ、クタクタだよ」


「由美はよく頑張ったよ」


「アタシ、頑張った?」


「ああ、よくその子が立ち直るまで付き添って上げたな。立派な主将だよ」


「エヘッ、じゃあお兄ちゃん、アタシにイイ子イイ子、して」


 由美は一転して子犬のような表情になると、俺に甘えてきた。

 俺も戸惑ったが、まあ昨日と今日はよく由美も頑張ったと思い、頭を撫でてやった。


「ウフッ、くすぐったいな。お兄ちゃん、優しいね…」


 そのまま由美は、俺の体にもたれてきた。


「どうした?大丈夫か、由美?」


「サキ姉ちゃんがいない時だけ、こうさせて。お兄ちゃん…」


「由美…」


 由美の顔は、安心しきった顔だった。アパートに帰って来た時は緊張した顔だったが、俺にも一通り後輩の件を話して、心が開放されたのだろう。

 俺は由美の背中を擦りながら、お疲れさん、と呟いた。


<次回へ続く>

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