第29話 大人への階段

「センパイ、最初の時より、痛くなかったよ」


 結局俺は咲江に求められるまま、お互いに服や下着を脱がせ合い、2回目のセックスをしてしまった。


 勿論、咲江を妊娠などさせては、せっかく俺の事を信頼して下さっている石橋家のご両親に顔が立たないので、避妊には最大の注意を払った。


「サキちゃん、最初は痛かったの?」


 初めてセックスに及んだ時、終わった後も咲江は痛かったとか言わず、幸せそうな表情をしていたので、初めての筈だが出血もなく上手く成功した、と思っていたのだが…。


「うん。だって…センパイが初めての相手だもん」


「俺もサキちゃんが初めての相手だからさ、これで合ってんのかなとか、最初の時は結構迷ったんだよ」


「うふっ、じゃあお互いに最初の時は、カッコ付けて本音を隠してたのかな?」


「いや〜、体は全部晒してるのに、心は隠してるなんてね」


「でもセンパイ、やっぱり今日の方が気持ち良かった…。何回か回数を重ねたら、もっと気持ちよくなるのかな?」


「まあ、そうかもしれないよね」


「センパイ、約束して?」


「ん?」


「絶対に、ぜーったいに、風俗のお店とか行かないで」


「う、うん。行かない」


 行かないし、行くお金もない。誘われても断るだろう。


「そしてね、デートの時、いつも毎回とは言わないけど…。時々、抱いてね。センパイ」


「サキちゃん…」


 あまりの可愛さに、俺は再び唇を重ねていった。


「ああっ…センパイ…」


 このまま2回目の2回目に突入出来そうだった。


 @@@@@@@@@@@@@@@@@@@@


「今日はセンパイのお家に、エッチなことしにきたみたいになっちゃった。エヘヘッ」


 咲江は俺が脱がせた下着を身に着けながら、笑いながらそう言った。

 いい下着じゃない、と咲江は言っていたが、経験の少ない俺には、単純な純白のブラとパンツだけで、欲求を満たすには十分な下着だった。


「でもサキちゃん、次は何処かへ出掛けたいな」


「そうだよね…。そうだ!センパイ、江ノ島に行こう?」


「江ノ島かぁ。いいね」


「もしかしたら泳げるかもしれないし、泳げなくても楽しいし」


「そうだね!泳げる時なら、サキちゃんはバイトで着てたあの水着かな?」


「あっ、アレは…着ないもん!もらったけど…」


「もらったんだ?バイト代として?」


「ううん、バイト代とは別に。今日1日着てたんだし、プレゼントするよって言われて…」


「へぇ、良かったじゃん」


「う、うん…。女の子の水着は高いから…。でもセンパイと泳ぎに行く時は、違う水着で行くもん」


「そうなんだ!楽しみにしてるよ」


「…うん!ねぇセンパイ、由美ちゃんは5時に帰ってくるの?」


「5時まで部活って言ってたから…。家に着くのは5時半位かな?」


「うーん…じゃあアタシ、今日はこれで帰るね」


「え?サキちゃん、由美に会っていかないの?」


 時計を見たら4時を回ったところだった。


「だって…。センパイと2回もしちゃったのに、その直後に妹さんに会うなんて、恥ずかしいもん」


「そんなもん?…あ、でもそうかもね…」


 俺は咲江と2回セックスした直後に、石橋家のご両親にすぐ会えるか?と言われたら、会えないと思った。だから咲江の言葉にも一理あると思ったのだ。


「じゃ、また明日だね…」


「うん。明日、サークルで…」


「気を付けてね」


「うん。センパイ、大好き!」


 咲江は最後に俺に抱き着き、キスをして、じゃあね、と帰っていった。


 俺はしばらくボーッとしていた。


 確かに今日このアパートで、俺は咲江と2回、セックスしたんだ…。


 だがそれが夢か幻かと思えるほど、咲江が帰った部屋はいつも通りの部屋だった。

 ただ2人が交わった布団が敷いてあるだけだ。


(予定が変わったぞ、布団は早く畳んで、夕飯をどうするか…)


 俺は我に返り、布団を畳むと由美が帰って来た時にどう振る舞うか、考え始めた。由美には、いつ帰るか分からない、と言って外出したからだ。


(単にデートが中止になった…は、由美が訝しがるな。咲江に急用が出来た、これにしよう。だからデートは延期になった、と…)


 それ以外に、この部屋に咲江とのセックスの痕跡が残っていたら、由美は嫌がるだろう。

 サキ姉ちゃんにヘンなことはするなと釘を差して行った由美だ、このアパートで2回もヘンなことをしたと知ったら、俺がまた家出する羽目になるかもしれない。


(布団は畳んだ…。あと、サキちゃんの忘れ物は…ないよな?長い髪の毛、落ちてないか?)


 一応目を皿のようにして床一面を見回したが、数本俺や由美から抜けたとは思えない長さの髪の毛を発見し、拾って外へ捨てた。部屋のゴミ箱に捨てたら、それを由美が発見するかもしれないからだ。


(あとは…大丈夫か?結局お昼ご飯なんか食べずに、ずーっとセックスしてたんだな…猿かよ、俺は)


 神経を尖らせて部屋の確認をしていたら、もう5時を過ぎていた。

 由美も部活は終わっただろう。


 俺もデートが中止になったという建前を使うんなら、早くからアパートに戻っていたことになる訳で、それならそれで夕飯を少し作ってやった方が良いに決まってる。


(失敗した、何か作れるものはあるか?)


 冷蔵庫を探したら、一応日曜日に備えてか、ある程度の食料品は見付かったが、そこから何を作れるかは、俺の腕次第という感じだった。


(ご飯は炊いてあるから…炒飯だな)


 具材を改めて冷蔵庫から探し、俺は炒飯を作り始めた。今から作れば、由美が帰ってくる頃、丁度出来上がるだろう。あと、風呂も沸かしておいてやろう。沢山泳いで疲れてるはずだから、風呂にゆっくり浸かりたいはずだ。


(なんとかリカバリー出来たかな…)


 と、由美がいつ帰って来ても大丈夫なように部屋を整えたつもりだが、5時半を過ぎても由美は帰って来ない。


(どうしたんだろう。ま、俺は遅くなるって言ってあるから、買い物にでも行ったのかもしれないな)


 そして6時、6時半と時は進むが、由美が帰って来る気配は無かった。

 予定を変更して早くから家にいるとは言え、俺は由美がなかなか帰って来ないのが心配でもあり、苛々の素でもあった。


(仮にどっかスーパーに寄ってても、遅すぎないか?)


 炒飯はすっかり冷めてしまった。仕方なく皿に盛り、ラップを掛けておいたが、電子レンジという高級家電があれば、また温めることも出来るのになと、俺は少し電子レンジが欲しくなった。


 結局由美が帰って来たのは、7時半だった。


「あれ?お兄ちゃん!帰ってたの?」


「あ、ああ。今日はちょっとサキちゃんに用事が出来て、早く帰ったんだ」


 由美が遅く帰ったことに苛々して注意したかったが、俺自身も本当は由美とアパートでいけない事をしていたので、大きく出れない裏事情を抱えていた。


「そうだったの。じゃあお腹空いたでしょ?アタシが夕飯作るって役目だったから…」


「いや、俺が早く帰ったから、冷蔵庫にあるもんで、炒飯を作ったんだ」


 俺は丸テーブルに並べておいた炒飯の皿を見せた。


「わ、ごめんね、お兄ちゃん。アタシ、夕飯の材料買ってきたんだけど…。明日に回そうか」


「明日に回しても大丈夫な食材か?」


「うん。困った時のカレー頼みで、カレーの材料買ってきたの。1日くらい大丈夫だよね?」


「そんな生モノはないもんな…。この時期、作った後が大変だけど」


「じゃ、今日はお兄ちゃんが作ってくれた炒飯食べたい!」


「由美が遅いから、冷めちゃったよ」


 少しだけ、俺は嫌味を言った。少しだけ言わせてくれ…と思いつつ。


「いいよ、仕方ないもん」


「でも、部活は5時で終わりだろ?どうしてこんなに遅くなったんだ?買い物したとしても」


 由美は一瞬困った顔を見せたが、少しずつ話し始めた。


「…あのね…。デリケートな話なんだけど…」


「ん?男が聞いたらマズイ話か?」


「…お兄ちゃんにだけだよ、言うのは。で、もし良かったらアドバイス頂戴ね」


「え、うん…」


 なんだ?思ってたより深刻な話か?


「あのさ、アタシの2年生の後輩に、有望な子がいるの。アタシも1年生の時から目を掛けてて、絶対に伸ばそうって思ってたの」


「うん…」


「その子が今日部活に来たのはいいけど、なんか別人みたいに泳ぎがダメになっちゃってね。表情も落ち込んでるし、アタシ、部活後にその子を呼び出して、2人きりで話ししたんだ」


「うん、うん…」


「そしたら、2年生になってその子に、彼氏が出来たんだって」


「はぁ…」


「でも今までは、タイムも良かったし、密かにアタシは後継者だって思ってるほどだったから、全然彼氏がいるせいで変な影響は無かったの。逆に彼氏が出来たお陰で、記録も伸びたほどだったんだ」


「そこまでは、恋愛がプラスに働いてたんだね」


「そう思うよね?それが今日はさ、朝から元気がないし、泳いでも覇気がないし、タイムもガクンと落ちてるし…」


「うーん…。何があったんだろうな…」


「あのね、その子からは、アタシにだけ言うからって言われてるから、お兄ちゃんも秘密厳守でお願いね」


「分かったよ」


 俺は思わずゴクリと唾を飲んだ。


「その子の彼氏が、その…強引に迫ってきて、嫌だって言うのに、その…セックスしちゃったんだって」


「なっ、なんだって!?」


 俄に俺は驚いた。俺自身、今日はこのアパートで咲江とセックスしたからだ。


「それでその子、大事な初めてを嫌だって言うのにあんな強引に奪われて…って、物凄い精神的に落ち込んじゃってね」


「そっか、そんな深刻な相談に乗ってて、遅くなったんだね」


 俺はなんだか軽々しい自分自身に、腹が立った。


「ねえお兄ちゃん、後輩がこういう大変な思いをした時、先輩のアタシはどうして上げたらいいと思う?」


 難しい、これは難しい問題だ。


「…その子、その男とは別れるんだろ?」


「いや、そこまでは聞いてないの」


「せめて避妊はしてたのかな」


「それも聞いてないの…」


「うーん…。由美がその子にしてあげられる事は、実はそんなに無いと思うんだ。変な厳しい言い方だけど」


「えっ?じゃあ、アタシを信頼して喋ってくれたその子に、アタシは何もして上げられないの?」


「実際に由美がその子に代わって、彼氏とやらに責任取れ!って怒鳴り込みに行けるか?」


「うっ…。で、でも大切な後輩だもん、守って上げなくちゃ…」


「その男だって、そんな強引に彼女の意思を踏みにじる奴だぜ。由美が今度は危ないかもしれない」


「……」


「由美が出来ることは、味方になって上げる事だよ。その子に寄り添って上げることだよ。話を聞いた以上、アタシはアナタの味方に全力でなって上げる、そういうだけでも少しは効き目があると思う」


「…アタシ、それだけでいいの?」


「うん。これはヘタしたら条例にも引っ掛かる犯罪行為だからな」


「えーっ、そうなの?」


「そうだよ。そこは法学部の俺を信じてくれ。由美の後輩なんだから、まだ早くて17歳、もしかしたら16歳だろ?18歳未満の女の子と淫らな行為をしたら、それだけで罰せられるんだ。合意があっても」


「そうなんだ…」


「だからその子が怒ってるなら、警察に行ってもいいくらいだし。でもいきなりそれは…って言うんなら、まずは保健の先生に相談するのが良いんじゃないかな」


「警察…それぐらい、大変な事だってことだよね」


「ま、まあな」


「ありがと、お兄ちゃん。アタシもね、実は予想以上に重い話だから、本当は誰かに聞いてほしかったんだ。さすがお兄ちゃん!」


「いや、俺も正解を言ってるとは限らないぞ」


「アタシ、とりあえずその子に寄り添って上げればいいよね?」


「うん、部活には出て来たんだからな。最後の部分で精神的に耐えてるんだと思うから」


「明日、その子が部活に出て来たら、保健室へ連れて行ってみるよ」


「それがいいな。保健室の先生なら、意に沿わない…強姦だろ、要は。そんな時に女子の味方になってくれると思うから」


「ありがとう、お兄ちゃん!」


 由美はやっと明るい顔になり、一気に炒飯を食べた。


 しかし…大人への階段を登る順番は、ちゃんと間違えないようにしないといけない、改めて俺はそう思い、咲江との縁は間違いない順番で階段を上がっている筈だ、と確信もした。


<次回へ続く>

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