第28話 贖罪デート
正樹は、高島屋での疑惑を晴らす為に、その週の日曜日に咲江とデートすることになっていた。
それで咲江の不安は、100%回復すると、咲江自身が明言しているので、ここは頑張って彼氏としていい所を見せねばならない。
「お兄ちゃん、サキ姉ちゃんとのデートもいいけど、夕飯はどうするの?居酒屋のバイトは休みなの?」
日曜日だが、県大会が迫っているために部活に行こうと着替えている途中の由美が、聞いてきた。
「バイト先は臨時休業なんだ。そうだな…。遅くなっても、必ず家で食べるよ。由美の部活は何時までだ?」
「多分日曜日だから、5時までかな?」
「じゃあ由美が早いな…。由美に夕飯頼んでも…いいかな?」
「勿論!いいよ!お兄ちゃんの胃袋を鷲掴みにする夕飯作って待ってるよ」
「ごめんな、由美の方が大会迫ってて忙しいのに」
「今日はアタシも原因があるおデートだから…。サキ姉ちゃんとスムーズに仲直り出来たらいいね」
由美の複雑な心境が会話の中に滲み出ていた。
「でもお兄ちゃん、学生らしく節度は守るのよ!」
「へ?」
「あの…ヘンなことしちゃダメよ!」
「ヘンなことって…なんだよ?」
「そ、それは…。お兄ちゃんの方がよく知ってるでしょ?アタシに言わせるの?」
何となく由美の言いたいことは分かるが、既に咲江とは体の関係まで持ってしまっている俺には、逆に由美が顔を赤くしてエッチなことをしちゃダメだというのが、可愛く思えた。
「分かったよ。節度を持って過ごしてくるから」
「き、気を付けるのよ!サキ姉ちゃんを泣かせないように!」
高島屋では由美の行為で、咲江が泣きそうになったというのに、なんという皮肉だ。
「じゃあ、行ってくるよ。由美も部活、頑張っておいで」
「うん、ありがと、お兄ちゃん!」
俺は由美より先にアパートを出た。
何となく曇り空だが雨は降らないだろう…と空を見ながら歩いて5分のいずみ野駅に着いたら、なんと咲江がいずみ野駅の改札口にいた。
「あれっ?サキちゃん、ど、どうしたの?」
時間にして9時20分頃だった。約束は横浜駅の東口で10時に待ち合わせだったので、ビックリした。
初夏らしい、薄い青のワンピースに麦わら帽子をアクセントにしていた。
「エヘッ、セーンパイ!おはようございます!ビックリしました?」
「そ、そりゃあ、ね。でもどしたの?わざわざいずみ野まで来てくれるなんて」
「あのですね、アタシは昨夜から、明日はセンパイとデートだ!って楽しみにしてたら全然寝れなくて、そのまま眠らずに朝が来たので、どうせならセンパイの最寄り駅まで行っちゃえ!って、9時にいずみ野駅に着きました」
「なに、サキちゃん、寝てないの⁉️」
「そうなんです〜」
「眠くない?大丈夫?」
「これがハイテンションなので、全然眠くないのであります、はい」
喋り方が、咲江独特の喋りに戻っていたのが、俺は嬉しかった。
このデートを決めた時も、どこか余所余所しい喋り方だったし…。
「とりあえずサキちゃん、いずみ野駅まで来てくれたけど、どうしようか。また横浜駅に戻るのもなんか勿体無いでしょ?」
「うーん、そうですねぇ。アタシもよく考えずにセンパイのお近くに来ちゃいましたけど…。あのぉ、センパイのアパートに転がり込むって、ダメですか?」
「そっか、なるほどね。由美も部活があるからって、さっき着替えてたし、部活の終わりは5時だって確認済だから、日中はサキちゃんとまったり過ごせるから意外といいかもね」
「エヘヘッ、由美ちゃんには悪いけど、センパイのアパートで二人きりなんて、なかなか狙っても難しいから、おウチデートにしましょ?お昼ごはん、アタシが作っちゃいます!」
「サキちゃんの手作り、楽しみだなぁ」
「じゃ、行きましょう!センパイのアパートへレッツゴー」
咲江はそう言うと、右手を俺の左手に絡めてきた。
「サキちゃん…。相変わらず可愛い手だね」
「むぅ~、センパイ!手だけ?」
「ゴメン、か、顔も…」
「はい、OKです!キャハハッ、楽しいな、センパイと喋れると…。やっぱりアタシには、伊藤センパイが必要な栄養素ですっ」
咲江はまるで子供のように、繋いだ手を思い切り前後に振って、ニコニコしながら歩き出した。
(やっぱりサキちゃんは笑ってる姿が一番だよ)
俺は咲江に引っ張られるかのように、今来た道を戻っていた。
駅からアパートまでは5分なので、直ぐに着いてしまった。
「由美ちゃん、まだいるかな?」
咲江は普通のカップルなら邪魔だと思うはずの、彼氏の妹にも実の姉のように接してくれる、稀有な存在だ。
もしかしたら俺との結婚まで、由美に仄めかしていたらしいから、今から良好な関係を築いておこうという思いもあるのかもしれない。
だから、由美がいたらいたで何か女同士の話もあるのかもしれないが…。
だが俺としたら、由美はいない方が助かるのだが。
アパートの階段を上がり、咲江が先に俺と由美の部屋の玄関をノックした。
俺は聞き耳を立て、中から音がするかどうか神経を尖らせていた。
どうもなんの音も聞こえない。
咲江はもう一度ノックし、こんにちは~と声を掛けていたが、反応は無かった。どうやら由美は俺がアパートを出た後、直ぐに部活のために高校へ行ったみたいだ。
「センパイ、由美ちゃんはいないみたいですね」
「結構早く高校に行っちゃったみたいだね」
「でも由美ちゃんがいないならいないで、センパイと2人きりで…すね」
咲江は顔を赤らめて、そう言った。
その赤らめた咲江の顔が、俺に咲江と初めて体の関係を持った時を、否応なしに思い出させる。
「そ、そうなっちゃうね。とりあえず上がろうか」
「う、うんっ」
俺は鍵を開け、アパートの中へと咲江を誘った。
「お邪魔しまーす」
由美は前と同じように脱いだ靴を、逆さに揃えた。変わらず礼儀作法がしっかりしているな、と思った。
「ごめんね、サキちゃんが来てくれると思ってないから、俺も由美も散らかし放題で」
「突然アタシが来たんですもん、散らかってるなんて、逆に当たり前!普段の伊藤家が分かりまーす」
と咲江は興味津々で部屋をキョロキョロと見ていた。
「この前は由美ちゃんもいてあんまりジロジロとセンパイのお部屋を見れなかったけど、やっぱり女の子と住んでるから、予想より綺麗!」
「そ、そう?」
「センパイの脱ぎっぱなしのパンツとかアチコチにあるのかな?って思ったけど、洗濯は由美ちゃんがいるから、ちゃんとしてるんだなぁって」
「なっ、なんで俺のパンツが散らばってるって想像したの?」
「やっぱり…先輩は男の人だし、脱いだら脱ぎっぱなしかな?なんて…エヘヘ、固定観念が酷いよね〜、アタシも」
「いつかはサキちゃんに洗ってもらえる日も来たりしてね!」
「えっ!それってセンパイ…」
「あ、いや、あの…」
俺と咲江は、お互いに顔を真っ赤にして、俯いてしまった。
(もし由美がいたら、見てらんない!とか言って、何か仕掛けてくるかもな…)
俺がオクテで、女性の体というのを知ったのも、この前サキちゃんと最後まで結ばれたからで、そもそも恋愛スキルが低いのだ。
(さあ、どうすれば良いんだ、俺?)
「センパイ?」
「あひゃっ、はい?」
「クスッ、なんて返事してんのー。とりあえず…座りましょ?」
よく考えたら、靴は脱いだものの立ったままだった。
「そそそ、そうだねっ、すすす、スワローズ」
「キャハッ、なんでそんなに緊張してるの?ねぇ、センパイ!」
咲江は初めてこのアパートに来た時を思い出していた。
バレンタインでチョコを上げ、正樹に妹がいるということから早速カップルになったので挨拶したいと思って、アパートを案内してもらったのだった。
その時は咲江が緊張して、最後に由美が聞いてない、というような不穏な雰囲気になったことから早々に帰ったため、アパートの雰囲気も何も記憶がないほどだった。
その時に比べれば、今日は2人きりで夕方まで過ごせるし、2回目に来た時に遂に正樹と最後まで結ばれたから、かなりリラックスしている。
正樹が緊張しているのがなぜなのかが分からないほど、咲江の方に余裕があった。
とりあえず丸テーブルを挟んで向かい合うように、正樹と咲江は座った。
正樹はふと、春先に咲江が来た時に、座ろうとしたらスカートがフワッとして薄いピンクのパンツが見えてしまったことを思い出し、
(今日はサキちゃん、どんなパンツだろう)
と連想してしまい、その連想を払拭するのに目を見開いて何度か頭を振った。
「どうかしました?センパイ」
「ごめん、なんでもないよ」
「実はセンパイ…」
「えーっ?」
「アタシ、まだ何も言ってないのに」
「いや、『実は』なんて言うから、重大発表かと…」
「もうセンパイはどんだけ面白いんですか!実は、アタシってあまりセンパイの事を知らないな、って思ったの。だから、情報を教えてほしいな、って思ったの」
「そうだっけ?サキちゃんが知ってる俺の事って、どんな事?」
「えっと、アタシと同じ大学の一つ上のセンパイで、同じ軽音楽部でサックス吹いてて、いずみ野駅近くのアパートで妹の由美ちゃんと2人暮らししてて…」
ここで咲江は悩み始めた。
「センパイ、学部は法学部でしたっけ?」
「うん」
「良かったぁ、一つ当たり!」
「いやぁ、でも案外お互いを知らないもんだね。逆にサキちゃんについて知ってることはね…」
「うん、なーに?センパイ?」
「俺と同じ大学で、一つ年下で、軽音楽部でサックス吹いてて、確か文学部で、実家から通ってて…うーん…」
「センパイ…。これはお互いにお互いをもっとよく知らなきゃいけません」
咲江はそう言うと、正樹の向かい側から横へと座り位置を変えてきた。
「さ、サキちゃん?」
「今日はこんな予定じゃなかったから、あまりいい下着じゃないんだけど…」
そう言うと咲江は正樹の肩に手を置き、唇を合わせてきた。
「んんっ、サキちゃん…」
俺は咲江の予期せぬ行動に、心の準備が出来ていなかったが、体は正直だった。その場所に、恐る恐る咲江の手が伸びてくる。
「センパイ、体は正直…」
こんな予定じゃ無かったのに、咲江の求めるまま応じて良いのだろうか…。
<次回へ続く>
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