第27話 疑惑解消のために…
「バカッ、なにするんだよ、こんな所で!」
「だって…。お兄ちゃん、不機嫌過ぎて、怖いし…」
由美はエスカレーターで5階から降りる際、並んでいたのに突然1段下へ降りて、俺の首に手を回してキスしてきた。
不意を突かれた俺は、思わず公衆の面前にも関わらず由美を怒鳴ってしまった。エスカレーターの周りの人も引いている。
肝心の由美は、目に涙を浮かべて、一段下から俺のことを見上げている。
(クッ…。そんな可愛い顔するなよ…)
俺が怒鳴ったのにはもう一つ理由がある。5階フロアで水着姿になりながら、必死にアルバイトしている咲江の存在だ。
もしかしたら咲江に、エスカレーターでのキスが遠くからでも見られている可能性がある。
いや、遠くからだと余計にぼんやりして見えて、仮にキスしてなくてもキスしてるように見えるんじゃないか?
だから、万一咲江に見られていたのなら…
後日問い詰められる可能性を出来るだけ排除しておきたかった。だから、咲江に聞かせるために怒鳴ったと言っても良いくらいだ。
「由美…。悪かったよ、ごめんな」
「お兄ちゃん…」
「だってさ、妹からキスされるなんて、考えもしないことじゃないか…」
お兄ちゃん、知らないだろうけど、アタシはもう前から、きっとサキ姉ちゃんより前に、お兄ちゃんの唇を奪ってるんだよ…。
「だから突然怒鳴ったけど、悪かった。俺のこと、嫌いにならないでくれ」
「さ、さぁ…。どうだかね?」
「おい、由美…」
「アタシだって勇気を出したのに、突然怒られてさ。泣きたかったんだよ、これでも」
「だから…謝る。ごめん」
「いいよ、もう。こんな所で兄妹喧嘩してる場合じゃないし」
「じゃ、仲直りしてくれるか?」
「うっ、うん…」
「よかった…。じゃ、塩ラーメン食べに行こうぜ」
「えーっ、アタシは味噌がいい」
「どっちでもいいよ。早く行こう!」
そんな伊藤兄妹の様子を遠くから眺めていた咲江は、不安しか心に残らなかった。
(伊藤センパイ…。由美ちゃんのこと怒ってたけど、信じていいの?妹からキスするなんて、簡単に出来るものじゃないよ?普段から由美ちゃんは伊藤センパイのこと、お兄ちゃんとして以上に好きなんじゃないかな…。せっかく…アタシの初めてを捧げたんだから、アタシが信じられるような証拠、今度見せてよね、センパイ…)
@@@@@@@@@@@@@@@
「お疲れ様でーす」
翌月曜日、俺が軽音楽サークルに顔を出すと、後輩たちが一斉に挨拶をしてくれる。だがいつもと違っていたのが、石橋咲江だ。
先に来てサックスを吹いていたが、俺がやって来ても、チラッと俺を見ただけでそのままアルトサックスを吹き続けていた。
(なんだ?サキちゃん、不愛想だな…。あっ、まさか…)
俺はいつもの通り咲江の横に座り、アルトサックスを準備し始めた。その間も咲江は、明らかに俺のことを意識しているのはガンガンと伝わってくるのだが、何故か声に出すことはなく、サックスを吹き続けていた。
俺もサックスを準備し、音出しから始めた。
しばらくお互いに意識しているのに、何も話し掛けないままという奇妙な緊張感の中でサックスの練習をしていたが、その環境に先に根負けしたのは、咲江だった。
「せっ、センパイ…。お疲れ様です…」
「あっ、やっと喋ってくれた。サキちゃん、何か変だけど…。体調とか大丈夫?」
「変…変でしたよね、アタシ。もしよければ、ちょっと外でお話してもいいですか?」
「えっ、外で?ああ、いいよ」
2人して椅子にサックスを置き、サークル室から外へ出た。
6月でいよいよ梅雨入りかというような曇り空が続いているが、雨が降り出す気配はない。
「どうしよう、適当なベンチにでも座る?」
「あっ、はい。どこでもいいです」
サークル棟から学食へつながる通路の途中にあるベンチに、俺は咲江と並ぶように座った。
「さて、サキちゃん、なんだろ、お話って?」
と俺は切り出したが、ひょっとしたら…という出来事はあった。
「あの…。昨日アタシ、恥ずかしながら水着姿で、高島屋のスポーツ店でバイトしてたじゃないですか」
「うん。最初見た時はビックリしたよ。でもビキニと違ってそんなに露出がなくてホッとしたんだけど、声掛けられたりしなかった?」
「あっ、それは何人か…。でも店長さんから、写真はダメって言われてたので、お断りするのが大変でした」
「やっぱりね。他の店には水着ガールなんていなかったから、珍しかったのもあるんだろうけど」
「はい、疲れました。多分二度とやらないと思います。あっ、その話じゃなくてですね、あの…」
俺は咲江が、俺と由美がエスカレーターで地下を目指していた時、不意に由美が俺にキスしてきたことを遠くから見掛け、怒っているはずだと確信していた。 だが俺から切り出すのではなく、咲江から言い出すのを待っていた。
「うん…」
「せ、センパイ、由美ちゃんのこと好きですか?」
「へっ?」
咲江がその切り口で攻めてくるとは思わなかった。
「おっ、俺は…。由美は妹として、好きだよ。あくまで妹として、家族としてだよ?」
「妹として、ですか?それ以上のお気持ちとか、ありません?」
「あるわけないじゃん!俺にはサキちゃんっていうこんな素敵な彼女がいるのに…。この前、体で好きだよって伝えたつもりだけど…」
咲江は俄かに真っ赤になった。初めてお互いに裸になり、最後まで関係を持った時を思い出しているのだろう。
「センパイ…。その言葉、信じてもいいですよね?」
「信じてよ。俺はサキちゃん以外と体の関係は持ったことがないし。由美はあんな性格だから、俺の前でも下着だけでウロウロしたりもするけど、家族だもん。恋愛感情はないよ。ある方がおかしいよ」
俺は断言した。
「ありがとうございます…。実は…」
「高島屋のエスカレーターで、由美が俺にじゃれ付いてきたのを見たんだね?サキちゃん」
「えっ、あの…。はい…」
咲江は再び真っ赤になって俯いてしまった。
「やっぱり。もしかしたらサキちゃんに見られてるんじゃないか?って思って…。だから由美をキツめに叱ったんだけどね」
「そうだったんですか?」
エスカレーターの途中というような所で、正樹が由美を説教し始めていたのまでは見えていたので、その先を咲江は知らなかったのだ。
「由美は小さい時から、俺が怒ってると機嫌を宥めようとして、あの手この手を使う傾向があるんだよね。あの時は、あまりに由美が水着選びに時間が掛かって、流石に俺も待ち疲れてイライラしてたから、俺の機嫌を取ろうとして、エスカレーターの下段に回り込んで小さい頃と同じような感覚でじゃれてきたんだ。だからこんなに沢山の人がいる所で何してんだ!って、更に怒っちゃったけどね」
「そ、そうなんですね。確かに先輩が由美ちゃんのことを怒ってる感じなのが見えました…」
「どうだろ。サキちゃんが不安に思ってた気持ちは、少しは解消された?」
「はい。大体は」
「大体か!100%じゃない?」
「えっとー、今度のお休みの日に、アタシとデートして下さい!それで100%になります!」
「分かったよ。じゃ、次の日曜に出掛けようよ。丁度その日は居酒屋のバイトが無いんだ。どう?日曜日空いてる?」
「はい!空いてなくても空けます!」
俺は何とか誤解…でもないが、咲江が笑顔を取り戻してくれたのが嬉しかった。
「じゃあ、日曜日の朝、10時に横浜駅の東口で待ってるから、慌てずに来てね。その日までに、デートプランを考えておくから。もしサキちゃんが行きたい所とかあったら、その日でもいいし、それまでに教えてくれてもいいからね」
「はい!楽しみにしてますね♪」
そう言いながら俺と咲江は、サークル室に戻った。
(だけどやっぱりサキちゃんは女性だな…。由美と出掛ける時も気を付けなきゃな…)
心なしか咲江が奏でるサックスの音色が、さっきより軽快になった気がした。
【次回へ続く】
♤♡♧♢♤♡♧♢♤♡♧♢♤♡♧♢♤♡♧♢♤♡♧♢
近況ノートでも書かせて頂いたのですが、今回の話が、ストックのラストとなりました。
そのため、しばし休載させて頂き、作者が腰の術後リハビリを終え、長時間座っていても大丈夫になりましたら、早速パソコンに向き合い、続きを書いていきたいと思っております。
よろしくお願いいたします。
因みに腰の手術は3日前に無事に終わりまして、今は術後の痛みと闘っております(;´∀`)
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