第23話 家庭訪問!

「お兄ちゃん、今度の試練は、これだよ~」


 バイトがなく、俺が先に帰宅し、洗濯や夕飯を作っていた時に由美が帰宅し、俺にプリントを渡した。


「ん?何々…家庭訪問!来たか、遂に…」


 新年度恒例の学校行事だ。中学までは確かに必要だろうと思っていたが、高校でもやるのか~と、俺は高1の時に驚いた覚えがある。

 なんといっても高校に通ってくる生徒の住まいは広範囲に渡るからだ。


「えっ、ということは?担任の先生が来るんだよな…。由美の担任は市村先生から変わってない…よな?」


「うん。お兄ちゃんが中二病だった時に実習に来たという、市村先生のままだよ」


「中二病は余計だって。フムフム…。高校から近いグループ、中距離のグループ、遠距離のグループに分かれて期間が指定されるんだな。ウチみたいに徒歩5分の近距離グループは…来週頭?」


「そうみたいね。近距離なら調整しやすいってのもあるんじゃない?まあアタシは部活があるから、先生と1vs1で中二病の思い出話出来るチャンスかもよ?」


「だから中二病は余計だっつーの。で、希望日時を書いて、明後日までに提出か…。こんなの早く終わらせたいから、来週のバイトのない月曜日の夕方にしてくれよ」


「してくれよ、じゃなくて、保護者が自筆しなきゃダメなの!」


「面倒やなぁ…。ハンコまで要るのか…」


「まあ、生徒が勝手に書いて、揉めないようにってことじゃない?」


「じゃあ後で書いとくから、テーブルに置いといてよ。もうすぐ夕飯出来上がるから」


「わっ、今日は何?」


「とんかつ!いい肉見付けたからさ、4人分買っちゃったよ。俺と由美で2枚ずつな」


「えー、凄い!ラッキー!それならサキ姉ちゃんも呼べばいいのに!」


「うーん、実は帰りに誘ったんだけど、おウチの方から、伊藤さんのアパートに行き過ぎるなって言われてるらしくてさ」


「わぉ、お兄ちゃん、将来は怖い義理の父母と付き合わなきゃいけなくなるのね…ご愁傷さま…」


「な、なんだ義理の父母って。結婚なんてまだ早いぞ」


「えー、でもサキ姉ちゃん、結婚する気満々だったよ?」


「誰と?」


「お兄ちゃんに決まってるじゃない!もう…鈍感なんだから」


「んなこと言われても…。いつそんな話したのさ」


「お兄ちゃんが缶ビール1本で酔っ払って寝た時。サキ姉ちゃん、優しいんだよ。お兄ちゃんがイビキかいてても気にならないって。好きだから、だって。ずっと一緒に過ごすなら、イビキなんて可愛いものよ、なーんて、憎いね!アタシなら五月蠅ーい!って蹴るのに」


 もうサキちゃんは俺との『結婚』を意識してるのか?どれだけ純粋なんだ…。でも、だからこそこの前、最後の一線を越えることを許したのだろう。


 だがその『結婚』話をしている間、由美は悲しそうな表情を一瞬だけしたのを、俺は見逃さなかった。


(由美、今見せた悲しそうな顔は…一体、なんだ?)


 @@@@@@@@@@@@@@@@@


 いよいよ高校の家庭訪問の日となった。


 俺はバイトのない月曜か水曜を希望したのだが、調整の結果、4月23日の月曜日、午後4時頃になった。


 幸い3年になって履修科目を組み立てていったとき、月曜日は2限と3限の2コマ講義になったので、由美の高校の保護者関係行事に合わせて4限を早退する必要はなくなった。


 ただサークルには出れなかったので、後でサキちゃんにだけは連絡しておこうと思う。


 アパートに担任の先生をお迎えするにあたり、何を用意しておいたら良いのか、金沢の母に聞いてみたら、座布団とお茶は必須だとのことだった。

 だがお茶は淹れ方がよく分かんないので、ペットボトルの麦茶を買って来たのだが、これでよいだろうか?


 時間が迫るにつれ、緊張感も増してきたが、初対面ではないし、プロの保護者、即ち親ではない、兄貴なんだから…と思ったら、ちょっと気は楽になった。


 コンコン!


 ドアをノックする音がした。


(先生?えらい早いな…)


 と思ってドアを開けると、やはり先生だった。


「こんにちは、伊藤君」


「こんにちは。市村先生、早くないですか?確か4時にいらっしゃるはずだったかと…」


「いや、伊藤家が高校から一番近くてさ。公式的には家庭訪問時間の解禁は午後4時なんだけど、伊藤君なら大丈夫だろ、とか思ってね。万一いなくて4時ギリギリになっても車で時間は潰せると思ってね」


「そうでしたか、どうぞどうぞ」


「それじゃ、お邪魔しますね…」


「先生、真ん中の丸いテーブルでお願いします。何処でも座って下さい」


「悪いね、じゃ失礼して…」


 さすが体育の先生だ。体格も大きいので4畳半の部屋がいつもより狭く感じられる。


「とりあえずよく分からんもんで、大学の帰りに麦茶を買ってきました。どうぞ」


「おぉ、ありがとう。意外に外は暑くてね、冷たいお茶は正直嬉しいよ」


 先生は一気にコップのお茶を飲み干した。


「お代わりありますんで、先生、好きなだけ飲んでってください」


「ありがとうね。さてさてまずは保護者としての伊藤君とのお話しから始めさせてもらうよ…」


「はいっ。由美は高校ではどうですか?」


 俺はちょっと緊張した。


「うん、高校の中では、人気者だよ。髪の毛がショートカットで背は高くて、物言いがハキハキしてる。性格も曲がったことが嫌いだからまじめで、それでいてギャグも飛ばす。もうね、クラスではリーダー的存在だよ」


「本当ですか?俺が保護者だからって、盛ってないですか?」


「なんで盛る必要があるのさ。あと勉強も頑張ってる。年末の三者懇談でも言ったけど、贅沢言わなきゃ、ある程度のレベルの大学は心配ないよ、今のところ」


「贅沢、というと…」


「早稲田、慶応、東大、一ツ橋、上智、そんなレベルだね」


「うわ、そんな大学に行かれると、由美の兄としての威厳が…。逆に言うと、今先生が言わなかった大学は、合格可能性があるってことですか?」


「そうだね、明治、青学、立教、法政、専修、日大辺りなら、今のところ6:4から7:3で可能性が高いよ」


「スゲー!あ、先生の前でスイマセン。それって、一般入試で…ってことですよね」


「そうそう。あくまで今の段階での模擬試験の成績だけでの判断だけど」


「そっかー。俺と大違いですね」


「伊藤君は?えーと…K大学か」


「そうなんです。高望みしすぎて落ちまくって、滑り止めにしてたんですよ」


「いや、K大学を狙って落ちる子もいるからね。決して偏差値的には低くない…うん、どの学部も50を超えてるし。もっと自信を持ちなよ」


「あっ、ありがとうございます…」


「でも由美ちゃんは、このアパートで部活後に家事もこなしてるんだろう?」


「そうですね。俺の帰りが早い時は、俺が夕飯とか洗濯とかしてますけど、俺の帰りが遅いほうが多いんで、由美には迷惑かけてます」


「その環境でこの成績を維持するのは、なかなかのモチベーションが必要だよ。きっともう本人の中では確固たる目標があるんじゃないかな…」


「具体的な志望大学とか、ですか?」


「そうそう。まだ伊藤君は聞かされてないんだね?」


「えぇ。なんとなく進路の話をするとギクシャクしそうで、由美から切り出さない限り、俺からは聞かないことにしてるんです」


「そしたら…。新年度早々に書かせた、進路調査があってね。本当は部外秘なんだけど、伊藤君なら信頼できるから、由美ちゃんが書いた希望進路、見せてあげるよ」


 先生はそう言って鞄の中から束を一つ取り出し、氏名に伊藤由美と書いてあるものを丁寧に探してくれた。


「はい、これ…」


 俺は今見ただけで、決して由美が帰ってきても口外しない、と心に誓ってから、その進路希望調査票を見た。


 上は1.進学(大学・短大・専門学校・他)、2.就職、3.その他となっていた。


 当然由美は、進学に丸をつけ、更に大学へと丸を付けていた。


 その下に、具体的な進学希望先が決まっている場合は学校名を書くこと、という欄があり、3つの枠が設けられていた。


 恐る恐る由美の書いた希望進学先を見ると…


 ①日本大学


 ②東海大学


 ③金沢大学


 と3校書き込まれていた。


「兄として、保護者として、どう思うかな?俺は、日大や東海大より、ワンランク上を目指してもいいと思う。まあこの調査票には拘束力がないし、まだ4月だから今後変わってくることは大いにあるよ。多分由美ちゃんは、絶対確実な大学を書いたんだろうけど、③の金沢大学が俺には引っ掛かってね…」


 由美の書いた日大、東海大は、私学の中でも学費がそれほど高くない大学だった。きっと由美は、水泳を続けたい気持ちと授業料を考えて、トップ2つをこの大学にしたに違いない。また今のアパートから通おうと思えば通える大学でもあった。

 だが③の金沢大学は、由美の揺れる気持ちの表れではないかと思った。


「去年の三者面談でも、確かに金沢大学って名前は出てきたよね。ご両親が住んでるからということも関係してくるのかな?とは思うんだけど、もし金沢大学を受けるのなら、やっぱり国立だし、ついでに受ける大学ではないということを由美ちゃんに気付かせてやりたいな、と俺は考えてるんだ」


「そう、ですよね…」


「じゃ、ごめん、これは部外秘だから、決して由美ちゃんの前で、日大、東海大、金沢大のことは話さないようにね」


「分かりました」


「でも伊藤君も成長したよな~。俺が教習に行ってた時は男子バレー部に交じって、女子更衣室とか覗いてたのにな~ワッハッハ」


「先生、それは黒歴史ですよ~。由美には言わないで下さいね」


「分かってるよ。俺まで共犯なのがバレちゃうじゃんか」


 真剣な由美の進路についての話の後は、しばし先生が教育実習に来ていた時の懐かしくもバカバカしい思い出話で盛り上がってしまった。


「おっと、もう次の家庭に行ってなきゃいけない時間だった。話が盛り上がっちゃったな。ごめん、これにて失礼するね」


「いや先生、これからも本当によろしくお願いします。俺にとって、可愛い妹なんで」


「分かったよ、任せておきな。じゃあまた。何かあったら、いつでも高校に来てくれていいからね」


「ありがとうございます!」


 市村先生は、急いで下に置いていたマイカーへと戻っていった。


(公的行事なのに、マイカー使わされるんだ…。先生も大変だな)


 次の家庭へ向けて市村先生が向かった後、俺はテーブルを片付けながら、由美が「金沢大学」を希望進路に書いていた意味を考えていた…。


【次回へ続く】

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