第5話 寂しがりや
アパートで2人暮らしするに当たって、電話を引くべきかどうか迷ったが、兄と妹で暮らす以上、連絡用に1台電話は引いといた方が良いだろうということになり、父が電話加入権を負担してくれ、1台留守番電話を買っておいたのだった。
「こんな時間に誰だ…?」
ナンバーディスプレイサービス付きの電話にするべきだったと疑いながら、恐る恐る「もしもし?」と出てみたら、父だった。無事に金沢に着いたとのことだった。
僅か数時間前まで一緒だったのに、もうはるか遠くの地に行ってしまったことが不思議でもあり、改めてこれからは俺と由美で2人で暮らしていかねばならない現実に、身が引き締まった。
父と母との電話が終わった頃に、由美が風呂から上がってきた。
「ねぇお兄ちゃん、もしかして我が家に初電話が掛かってなかった?」
由美はTシャツに短パンという姿で、タオルを首に巻いていた。
「ああ、父さんと母さんから。金沢に着いたって、お知らせの電話。由美は?って聞かれたから、風呂に入ってるけど…とは言っといたよ」
「えっ、そうなんだ…。もうお父さんとお母さん、金沢の人になったんだね…」
「由美、話したかった?」
「うーん…。声は聞きたいけど、今聞いたら泣いちゃいそうだから。また今度でいい」
「そっか。じゃあまた今度でいいか…。それじゃ今度は俺が風呂入るな。由美は布団でも敷いて寝てもいいし、好きなテレビ見ててもいいし」
「うん、そうする…」
「じゃ、俺今から風呂に入るから、逆に女子禁制だぞ〜」
「うん…」
何だか由美が急に寂しそうになったのが気になったが、俺は構わず脱衣所の洗濯機にジーンズ以外の着衣を放り込んだ。
念のため洗濯機の中を覗いたら、由美の脱いだものが入っていて、既にすぐ洗濯できるよう、ブラジャーは由美が言っていた別のネットに入っていた。
(これを洗うのが、明日の朝の俺の仕事だな、フウ)
風呂はまだ由美が入った余韻が漂っていて、温かかった。
タオルに石鹸を付けて泡立て、全身を一気に洗っていると、風呂のドアをノックする音が聞こえた。
(由美…?)
俺が風呂に入る時、寂しそうな表情をしていたので、もしかしたら…とは思ったが。
もう一度ノックの音がしたので、返事をした。
「由美か?どうした?」
するとドアが少し開き、涙目の由美がそこに立っていた。
「お兄ちゃん…」
俺は由美の涙目にビックリした。
「ど、どうした?なんか、怖いものでも見たのか?」
「ううん、違うの。お兄ちゃんがお風呂に入ったら、夜にアタシ1人だって思ったら、急に寂しくて寂しくて…」
「それで女子禁制だけど、風呂に来ちゃったんだ?」
由美は大きく頷いた。
「そっか、ならそこで俺が風呂を終わるまで待ってな」
「うん…」
いくら妹とは言え、体を洗う姿を見られるのは、恥ずかしい。
俺は慌てて一通り洗い終え、タオルで前を隠して浴槽に浸かった。
「ふぅ…」
「ウフッ、お兄ちゃん、アタシが見てるから、焦ったでしょ?」
「そ、そりゃあ…」
「前をタオルで隠したりしなくても気にしないのに、アタシ」
「んなこと言ってもだな、やっぱり妹とは言え俺の大事な部分を見られるのはだな…」
「ウフッ、お兄ちゃん、楽しいね。小さい頃を思い出すなぁ…。まだお兄ちゃんとアタシが、一緒にお風呂に入ってた頃。いつもお風呂で遊んでて、お母さんに早く出なさい!って怒られたよね」
「そうだなぁ。何歳まで一緒に入ってたっけ?」
「多分…アタシが水泳始めた頃までかな…?」
「じゃ、俺が中1で由美が小4の頃だな。思い出してきたよ、そろそろ妹とは言え女の子と風呂に入るのが恥ずかしくなってきた頃だよ」
「そう?アタシは別になんとも思ってなかったんだけどね。だからきっとお兄ちゃんから、もう止めようって言ったんだろうね」
「だってさ、中1だぜ?俺はもう、ガンガンに異性を意識する年だよ。流石に恥ずかしかった筈だよ。…あの、毛だって生え始めたし…。第一、由美と俺で、体が違うだろ?」
「まあそうよね。なんでアタシには、お兄ちゃんに付いてるモノが付いてないんだろう?って不思議に思ってたから…」
「俺は逆だよ。なんで由美には…その…アレが付いてないんだ?って思ったからなぁ」
「ホントだね、不思議だね」
等と風呂にまつわる思い出話をしていたが、そろそろ俺ものぼせそうになってきた。
「由美、頼む!俺もう上がりたいからさ、数分間だけ女子禁制にしてくれないか?」
「えーっ、寂しいよ、お兄ちゃん。すぐ戻って来てね」
由美はそう言って、共用の4畳半の部屋へ戻った。
とりあえず早く最低限のモノを着て、早く戻ってやらなくては…。
「玄関の鍵は、これでよし」
俺は初めて由美と2人で迎える夜に緊張していた。
(俺はともかく、由美に何かあったら困る)
「由美、もう布団入ったか?」
「うん…」
「じゃ俺もハミガキしたら寝るから」
事前には気付かなかったが、洗面所という設備が、この部屋には無かった。
台所で洗顔やハミガキをせねばならない。
まあ格安物件だから仕方ないだろう…。
「さ、寝ようか、由美」
俺はカーテンで仕切られた俺のスペースに敷いた布団に入った。
まだまだ片付けなくてはならない荷物が山ほどあるが、とりあえず明日やればいいだろう。土曜日に講義を入れなくて良かったと、改めて実感した。
「お休み、由美」
「お兄ちゃん、お休み…」
俺は部屋の電気を消した。カーテンで仕切ったとはいえ、照明はど真ん中にあるので共用だ。
…体は疲れて眠い筈なのに、睡魔が襲って来ない。
悶々と布団の中で寝返りを繰り返していたが、由美も同じようで、声を掛けて来た。
「お兄ちゃん、寝れないの?」
「由美もまだ寝てなかったのか」
「うん。疲れて眠い筈なのに、寝れないの」
「俺と一緒だな」
「ねぇ、お兄ちゃん…」
「ん?どうした?」
「お兄ちゃんの布団に入ってもいい?」
「えっ!そ、それはマズいんじゃないか?」
「ダメ…?ねぇ、お兄ちゃん…」
由美は心が落ち着かないのか、薄っすらまた涙声になっていた。
「じゃ、カーテン開けて、布団くっ付けるか?」
「うん、それなら…」
由美は起き上がると、カーテンを開け、布団を俺の布団にくっ付けた。
「お兄ちゃんの顔だ〜。ホッとするよ、お兄ちゃん」
「どしたんだ、今日は甘えん坊さんだな」
「いっ、いいじゃん、たまには。特に今日は…アタシ、不安だからさ…」
「まあな、お父さんとお母さんがいないってのは、不安だよな。だけど由美のことは俺が守るから、安心しな」
「……うん」
「さ、とりあえず布団に入って、横になろう」
俺と由美は布団に入り、横になったが、由美が手を伸ばしてきた。
「由美、どうした?」
「お兄ちゃん、今夜だけでいいから、手を繋いで寝ようよ。というか、寝て」
「あ、まあいいよ」
俺と由美は布団の中で手を繋いだ。
「お兄ちゃんと手を繋いで寝るなんて、いつ以来かなぁ…」
「小学校の時は並んで寝てたもんな。小さい時の由美は可愛くてさ、別々の布団で寝ててもいつの間にか俺の布団に入ってきてたよな」
「恥ずかしいね、今更だけど」
「だから手を繋ぐどころか、抱き合って寝てたこともあったぞ」
「今だと問題よね。キンシンソウカン?それになっちゃうんだよね」
「アハハッ、何だよ、それ。ま、今でも手を繋ぐくらいならいいんじゃないか?それで由美が落ち着くんなら」
「…うん、ありがとう、お兄ちゃん」
俺は由美の手を握り返し、安心させてやった。
「お兄ちゃんの手、大きいね。安心するよ…」
「安心して寝てくれればいいよ。子守唄でも歌おうか?」
「んもう、そこまでお子様じゃないよ!…でも、ありがとう、お兄ちゃん。お休み…」
「ああ。お休み」
もう一方の手で由美の肩をトントンと叩いていたら、由美はスーッと眠りに落ちた。安心したのだろう。
俺も寝て、明日に備えねば…
【次回へ続く】
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