第6話 家事だ!

 いよいよ俺と由美の2人で一夜を明かし、本格的な2人暮らしが始まった。


 キりよく平成元年10月1日(日)スタートと行きたかったが、平成元年9月30日(土)という、9月の末日スタートになってしまった。が、曜日や家族みんなの都合上、仕方ない。


 俺の大学は9月一杯は前期試験ということもあり、後期の再開は10月2日の月曜日からになっていた。

 個人的には、早く軽音楽のサークルに顔を出したかった。


 気になる女子の後輩がいたからだが、由美や親には完全に秘密にしていた。

 

 何故かって?


 俺は今までモテたことがなかったからだ。家族に言っても無理でしょ、と言われるのがオチなのは目に見えている。



(ところで由美は?)



 昨夜は手を繋いで寝たが、由美の方を見たらとっくに由美はいなかったし、由美の布団は畳まれていた。


(え?俺、寝過ごした?由美はまさか、俺に何も言わず学校へ?今何時?)


 まーだ早い~と思いつつも、慌てて飛び起きると、台所の方から朝ごはんを作る音が聞こえた。


「あ、お兄ちゃん、おっはよー!」


 由美が既に高校の制服姿に着替え、何か台所で作っている。


「お兄ちゃんは今日は休みでしょ?だから、洗濯頼みたいなと思って。その分朝ごはん作りにアタシは頑張ってるよ!」


 時計を見たら、7時を回ったところだった。由美は昨夜の甘えん坊っぷりが嘘のように、何時もの元気さを取り戻していた


「ごめん、ごめん。先にもう高校行ったかと思って。よく寝れた?」


「疲れてたから、爆睡したよ」


「そっか、なら良かった」


「…お兄ちゃんの手の温もりのお陰だよぉ…」


 由美はちょっと照れながら、そう言った。


「なんだよ、俺まで照れるじゃんか」


「あっそうそう、アタシは今日から部活に出るから、ちょっと遅くなるね。昼ごはんはコンビニででも買ってね。夜はどうしようか?お兄ちゃん、居酒屋のバイトは明日まで休みなんでしょ?」


「夕飯か。毎日外食って訳にもいかないしな。よし、夜は、俺が作ってやるよ。昼の内に買い物に行ってくるから。居酒屋バイトの経験で、美味いもん作ってやるよ」


「本当に?やったー!」


 由美は満面の笑顔で、本当に嬉しそうだった。


「じゃあ、コレはアタシが作った朝ごはん。夕べ、お米研いでおくの忘れちゃったから、冷蔵庫にあったものでサラダと、お味噌汁。パンにする?お米が食べたいなら、コンビニでおむすびでも買ってこようか…?」


「パンでいいよ。食パンだろ?トーストしてマーガリン塗れば大丈夫だから」


「…実はお兄ちゃん、その肝心なトースターが見付からないんだ…。マーガリンはあるんだけど。金沢に行っちゃったかな…」


「マジで!じゃ、生パンかぁ?生パン…生のパン…な、なんかエッチな響きが…」


「んもー、朝から何言ってんのよ、このドスケベ!我が家の一大事なのよ!お兄ちゃん、今日、トースター買っておいてね」


「はい、はい…」


「『はい』は一回!」


 由美は登校時間が近付くにつれ、すっかり女子水泳部主将の顔になっていた。昨夜の甘えっぷりはなんだったんだ…。


「ま、まあそれより、俺よりも由美の方が時間迫ってるんだろ?早く食べて、持っていくものを確認して、高校に行っておいで。片付けはやってやるから」


「うん、ありがとっ」


 由美は自分で作ったサラダと味噌汁、そして生の食パンを2枚一気に食べ、登校の準備を始めた。


「今日、持ってく物が多すぎる〜。学校に置いておけば良かったぁ」


「何がそんなに多いのさ。土曜だから授業は午前中だけだろ?」


「アタシって真面目だからさ、引っ越すんだからって、何故か昨日、教科書とか参考書、水泳部の道具も全部持って帰ってきてたの。今考えたら、別に持って帰る必要、なくない?」


「え、まあ…俺にはよく分からんけど」


「オマケに今日は体育まであるんだよ。見てよ、この3つのカバン」


 パンパンに膨れ上がったカバンが3つ、確かに存在していた。


「何と言うか、女子は大変だよな、としか言いようが無いよ」


 俺は呑気に生の食パンとサラダ、味噌汁を食べながら答えた。

 由美は俺に見せ付けた3つのカバンを担ぐと、


「じゃあ行って来るね、お兄ちゃん!後片付けと洗濯と買い物と留守番よろしくね!」


 と言い残し、慌ててアパートからS高校へと向かった。時間にして、7時半過ぎだ。

 高校までアパートから5分程度なのだから、ちょっと早いような気もしたが、女子水泳部の主将ともなると、朝練的な何かがあるのかもしれない。


(今日は俺が休みだからいいけど、俺も1限目から講義がある日は何時に出なきゃいけないんだ?)


 一度、一限目に合わせて列車を調べておかなくちゃな…



 朝食後、俺は片付けも早々に、アパートに住んでいる方へご挨拶に出掛けた。昨日はアパートにちゃんと戻ったのが夜遅くて、挨拶する時間帯ではなかったからだ。


 土曜日だから、誰かはいらっしゃるだろうと思って、母が用意してくれた引っ越しの挨拶グッズを持ち、各部屋にお邪魔した。


「すいません、昨日から上の階に住んでおります、伊藤と申します。ちょっと事情がありまして、高校生の妹と2人暮らしなんですが、また色々とよろしくお願いします」


 ほぼ同じような挨拶をした結果、どの部屋の方も事情があって高校生の妹と2人暮らしだというと、余程大変な目に遭ったような憐れみの表情で挨拶に応じて下さり、野菜をくれた方までいた。いい方ばかりでとりあえずホッとした。


 野菜は早速今夜使わせてもらおう…。


 続けて洗濯だ。


 昨夜、俺と由美が突っ込んだ洗濯物が、洗濯機に入っている。

 全自動は高いから従来の二層式でいいじゃないかと父に言われたのだが、母はまあまあ、2人とも忙しいんだからと、全自動を買ってくれたのだ。


 二層式だと、洗濯機が回っている間、ずっと洗濯機から離れられなくなる。その点、全自動洗濯機にして良かったと改めて母に感謝しつつ、電源を入れてスイッチを押した。洗剤は目分量で入れてみた。すると直結した水道の蛇口から、水が洗濯槽に流れ込んでくる。


 これは楽だと思いつつ、今まで母は倍の4人分をほぼ毎日、二層式洗濯機でやっていて、何一つ文句も言わず、更にパート、料理、掃除とこなしていたのだから、改めて母親の凄さが分かった。


 洗濯機を動かすと、俺は台所と自分のスペースの荷物を片付けていた。

 パッと見、俺の方が由美の方よりも荷物は少ないと思っていた。由美の荷物は、まだ開封されていない段ボール箱もあったからだ。


 だがやっぱり荷物の開封は手間が掛かる。

 俺はまだそのままになっていた衣服類をハンガーラックに吊るしたり、引き出しに仕舞ったり、本、雑誌類を本棚に並べていた。


 これだけで汗が噴き出る。まだ9月下旬だというのに、ちょっと動いたら途端に汗まみれになってしまう。


 タオルを首に巻いて…と思った矢先に、洗濯が終わったというアラームが鳴っていた。


 洗濯物はすぐ干さなきゃ、シワが付いてしまうから気を付けなさい、と母に教えられていたので、自分の荷物の整理を後回しにして、洗濯物を干すことにした。


 洗濯機から一旦洗濯カゴに洗い終わった洗濯物を移していると、洗濯物の半分以上、いや2/3は由美のものじゃないか?と思うほど、女性衣類が大量にあった。


 俺と由美の共通部屋が8畳で、そこからベランダに出れるようになっている。その8畳の部屋を、カーテンレールを付けて、4畳ずつに分けたのだが、ベランダはどっちのスペースからも出入りできるようになっている。


 ありがたいことに前の住人の忘れ物だろうか、物干し竿が2本そのまま残っていたので、それを再利用させてもらうことにした。ハンガーは事前に大量に持ってきておいたので、何とかなるだろう。


(えーと、由美の洗濯物から先に干せば、その後に俺の洗濯物が隠すように干せるから、由美の心配を解消出来るな。でも2階のベランダまで盗もうとする下着ドロなんかいるかな?)


 俺は何から干そうかとカゴからとりあえず一つ取り上げてみた。


(なんだ?このベージュのパンツは…。母さんのじゃないのか?でも母さんのパンツにしてはえらいハイレグカット過ぎないか?)


 俺はそのパンツが何なのかわからないまま、ビンチハンガーの記念すべき1枚目の干し物として、洗濯バサミに挟んだ。


 その後は大体由美の衣類だと分かるものばかりだった。

 流石に直接俺が手にして干すのはちょっと照れたが、こんなコトで照れていてはこの先、生活出来ないと思い、不純な気持ちを封印して由美の洗濯物を、ピンチハンガーに干し続けた。


(パンツとブルマーと靴下はピンチハンガーだな。体操服のシャツは…針金ハンガーだな。しかし何枚パンツ溜めてたんだ、由美は。でも水泳部だからどうしても1日に2~3枚穿き替えるのかな…?)


 由美の洗濯物の複雑さに迷いながら、ひたすら俺は下着や普段着、水着を干し続けた。ブラジャーも数枚、由美の言ったとおりに干した…つもりだ。


 何とか由美の洗濯物を干し終わった後、俺の下着やTシャツ他の洗濯物を、由美の洗濯物を隠すように干して、ようやく洗濯物を全部干し終えた。


 気付いたらもう昼だ。洗濯だけでこんなに時間がかかるのか…と、俺は改めて母は偉い、尊敬出来る存在だと思った。


 洗濯後に俺は夕飯用に米を研ぎ、昼飯と買い物を合わせて済ませようと、近くの牛丼屋へと出掛けた。


【次回へ続く】

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