第4話 決めごと

 俺と由美は、いずみ野のアパートでの役割分担を、パスタ専門店で夕飯を食べつつ、色々話しながら決めていた。


 簡単に言えば、先に帰った方が炊事、洗濯、風呂の準備といった家事をやるとことになったが、俺が木曜から日曜まで居酒屋でバイト、火曜は家庭教師のバイトをしているので、木曜から日曜までの夕飯は、由美が俺のバイト先の居酒屋へ夕飯を食べに来ることになった。


「水泳部って、何時までなの?」


 俺はペペロンチーノを頬張りながら由美に聞いた。


「高校の決まりだと10月からは6時まで、11月からは5時半まで」


 由美もカルボナーラ大盛りを頬張りながら答えた。

 やはり水泳部だと、お腹が空くのだろう。


「じゃあ、どうしても由美が早く帰ってくる可能性が高いよな。アパートはお前の高校に合わせて選んだんだし」


「でも大会が近くなると、もうちょい長くなる…のは、お兄ちゃんも知ってるでしょ?」


「ああ、体育系の部活の暗黙の了解だよな。バレー部もそうだったし」


「でもまあ、木曜から日曜まで、お兄ちゃんの居酒屋メシを食べれるなら、それでおあいこにしてあげる。それ以外はアタシだって女なんだから、家事はやるよー」


「嬉しいけど、勉強や部活も大事だろうから、家事は無理するなよ。女子水泳部の主将になったんだし。俺の方が融通利くんだから」


「お兄ちゃん…。あの、ありがと」


 由美はちょっと照れていた。


 とりあえず二人とも完食し、俺が会計を済ませて一緒に外へ出ると、綺麗な星空が見えていた。


「お兄ちゃん、いずみ野って、前に住んでた所よりも夜空が綺麗に見えるね」


「そうだな、俺と由美の新たな出発を見守ってくれてるのかな」


 そう言いながらアパートへと、俺たちは自然と手を繋いで戻った。


 昔を思い出す。


 昔は泣き虫だった由美を、慰めながら帰ったな…。

 公園で由美をいじめてたガキ大将を逆にやっつけて、由美を連れて帰ったり。

 その内、由美ちゃんには怖いお兄さんがいるって噂になったもんだ。


 それが小4で水泳を始めてから、みるみると逞しくなって、逆にリーダーシップを取るような性格に成長したのは、嬉しいようなそうじゃないような、不思議な気持ちだった。


 さて、アパート室内を片付けなくては…


「ねえお兄ちゃん、今夜はどこまで何をすればいい?」


「えっと…。まず8畳の部屋をカーテンで仕切らないとな。あとは、テレビの設置、洗濯機の設置、明日の衣類の準備と、風呂を沸かすのと…」


「ワーッ、やることあり過ぎ!役割分担しよーよ。力仕事と電気関係はお兄ちゃん、それ以外はアタシ」


「ま、まあそれでもいいよ。じゃあ俺は8畳の部屋にカーテンを吊るから、その間に由美は由美のスペースで、明日の準備してな」


「うん、ありがとね、お兄ちゃん」


 俺は8畳の部屋が4畳ずつになるよう、予め買っておいたカーテンレールを、長さを微調整しながらセットし、そこへ明るい緑の花柄模様のカーテンを吊るしていった。

 その間由美は段ボール箱を次々と開けて、教科書や参考書は机に、雑誌や漫画類は本棚に次々と並べていた。

 衣服も制服をハンガーに吊るして、スカートの襞を整えていた。


(流石、あんな部分は女の子だな…)


 ふと俺の視線を感じたのか、由美が言った。


「只今から男子禁制の衣類の片付けに入ります!特別な用がない限り、お兄ちゃんは覗かないで下さい!」


 俺は苦笑しながら、カーテンを閉めてみた。


「どうだ、由美。カーテン閉めたら分かんないだろ?」


「わっ、これは助かるわ!じゃあ遠慮なく…ってお兄ちゃん!アタシがもう大丈夫って言うまでは、覗かないでよ!」


「分かってるっつーの」


 俺も段ボール箱を開け、由美と同じ作業を始めた。洋服や下着類を箱から出していたら一つ決め忘れていた事を思い出した。


「なあ、由美」


「え?まだ覗いちゃダメだよ」


「違うっつーの。洗濯の話だよ。お前が洗濯するなら、俺のパンツなんて大して気にならないと思うけど、俺が洗濯することになったら、お前の下着や水着とか体操服、俺が洗って干してもいいのか?」


「えっ、あー、そこまで考えたこと無かった!…そうだねぇ…仕方ない、別にいいよ。お兄ちゃんが洗って、干してくれても」


「いいのか?マジで?嫌じゃないか?」


「だって、これまでもお母さんが洗ってくれてたけど、お兄ちゃんのもアタシのも一緒に洗ってたし。まあ、洗濯物をお兄ちゃんに見られるのはちょっと恥ずかしいけど、時間もお互いそんなにないんだし、今までも取り込んで畳む前のアタシの下着とか水着、見てるでしょ?」


「まっ、まあな…」


「だから気にしないでいいよ。ただ一つ!」


「ん?一つ?」


「ブラジャーだけは、洗う時は別のネットに入れなきゃいけないの。その点だけ気を付けて」


「そうなんだ?知らんかった」


「あと、ベランダに干す時は下着ドロに盗まれないように、お兄ちゃんの洗濯物でアタシの洗濯物を隠すように干してね」


「やっぱり女の子の衣服の洗濯は大変だなぁ。由美、洗濯は全面的に由美がやってくれた方がいいんじゃないか?」


 俺は自分の服と下着を畳みながら言った。


「えーっ、水泳部の練習でクタクタになったアタシに、洗濯まで毎日やれってゆーの?お兄ちゃん、なんという妹イジメするのよ~シクシク」


「わ、分かったよ、洗濯は、出来る者がやる、これでいいな?」


「そうしようよ。お兄ちゃんもバイトで疲れる日もあるだろうから、そんな時はアタシがやるから」


「お互いに助け合おうな」


「うん!」


「じゃあ、男子禁制のカーテンは無理に閉めないでもいいんじゃないか?」


「あっ、あのねお兄ちゃん、これから洗濯して干したり、取り込んだりしたものと、これから畳んで可愛く収納する下着とでは、意味が違うの!その辺り、女心をまだ分かってないよねぇ、お兄ちゃんは」


 色柄形なんて全く同じだというのに、洗濯する前と後では下着というのは別物だと由美が主張するので、俺は諦めてカーテンは閉めたままにして、作業を続けた。


(意味がよー分からん!)


 お互いのスペースの大まかな片付けが終わり、由美の許可も出たので、俺はカーテンを開けてから、共用部分の4畳半の部屋にテレビを設置し、風呂の浴槽に水を張り、ガスの元栓を開けて風呂を沸かした。


 その間に由美は、軽い夜食を作ってくれていた。


「お、ありがとう。焼きそばは嬉しいな~」


「でしょ?アタシもお腹空いたしね。お風呂はどれだけで沸く?」


「うーん、今日初めて沸かすから、どれだけかかるかよく分かんないや。ちょこちょこと見に行ってみるよ」


「アタシ、汗ダクダクだから、お風呂に入りたい~。お兄ちゃんはアタシの後でもいい?」


「まあ、いいよ。それより焼きそば、お前いつの間にこんなに腕上げたんだ?お代わりしたいくらいだよ」


「えへへっ、アタシだって女の子だもん。料理くらいお兄ちゃんに負けたくないし。あとごめんね、焼きそばは冷蔵庫に1人分しか無かったから、お兄ちゃんとアタシで半分こなの。明日、少し買い物しておくよ」


「頼むよ。風呂も沸いたかな?……あ、まだちょっと温いけど、入れんことはないよ。入るか?」


「うん、入る入る!1秒でも早く入りたい~。着替え持ってくる!」


 由美は自分の4畳のスペースのタンスから着替えを持ってきて、


「お兄ちゃん、アタシがお風呂から上がるまで、男子禁制だからね!」


 と言って、浴室のドアを開け、中に入っていった。


「分かっとるって」


 その瞬間、電話が鳴った。


【次回へ続く】

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