第3話 2人暮らしスタート

「じゃあな、2人で互いに支え合って、何かあったらすぐにお父さんかお母さんへ連絡するんだぞ」


 平成元年9月29日、金曜日の夕方、俺と妹の由美は、金沢へ異動で引っ越す父と母を上野駅へ見送りに来ていた。


 俺は大学の前期末試験が終わり、由美も高校の体育祭が終わって、水泳部も年内は新人戦が主で、由美についてはしばらく大きな大会がないという丁度いいタイミングだったので、部活を休んで見送りに来れたのだ。


 昔、父親の故郷の金沢へ行くときは、特急白山という列車で行った覚えがある。

 途中で急勾配を上るために、列車の後ろに電気機関車をくっ付ける横川という駅で、よく釜飯を買ったのを覚えているが、今日の父と母は上越新幹線で長岡へ行って、長岡から金沢まで特急に乗るという方法で移動するらしい。


 いよいよ上越新幹線の発車時刻になった。デッキにいると邪魔だからと、父と母は席に着いたが、俺はこの時になって由美が一緒に俺と住むと言ってくれたことが嬉しかった。

 この時に父母だけじゃなく由美も合わせて3人を金沢へと見送ることになっていたら、いくら何でも寂しくて泣けてしまっていただろう。

 由美がいるから、俺は寂しくなく、泣かずに両親を見送ることが出来る…と思って由美を見たら、なんと由美は突然号泣していた。


「お父さーん、今までわざと避けて話さなくてごめんね、ごめんね、お母さーん、いつも優しくしてくれてありがとうね。元気でね、元気でね…ウワァーン!」


 父母の座っている席の窓ガラスを叩きながらの由美の号泣に、俺はびっくりすると同時に、釣られて涙が流れてきた。


 父も母も新幹線の車内で涙を堪えているようだった。


 その内ベルが鳴り終わり、ドアが閉まって新幹線は新潟へ向けて発車していった。


 由美は新幹線が走り去った方向をずっと見つめ、いつ果てるともなく涙を流していた。


 俺は由美の肩を抱き、落ち着かせようとした。


「由美、父さんや母さんに言えなかったこととか、溢れてきたのか?」


「ウゥッ…。お兄ちゃん、アタシ、いつもいつもお父さんは邪魔だとか、お母さんは口うるさいとか言ってたけど、それはお父さんもお母さんも、そしてお兄ちゃんも一緒に住んでくれて、いつも見守ってくれてたから、安心してそんな反抗的な態度をとれたってことが分かったの。ねぇお兄ちゃん、アタシ、ちゃんとするから、ちゃんと高校に行って勉強も水泳部も頑張るから、見捨てたりしないでね、ワァーン…」


 由美は俺の肩に顔を埋め、再び泣き始めた。通り過ぎるお客さんたちが、カップルのケンカ?みたいな表情で俺たちのことを見ているのが分かったが、多感な17歳の妹が、家族の絆というものに気付いて一つ大人の階段を昇ったことが、俺には何よりだった。


 しばらくし、少し由美が落ち着いてきたので、アパートに帰ろうと、俺は声を掛けた。


「そろそろ帰るか?」


「…うん。お兄ちゃん、今日は夕ご飯、どうしようか」


「今日は何処かで食べよう。俺、一昨日から居酒屋のバイトをしばらく休ませてもらってるし。いずみ野に住むんだから、いずみ野のアパート近くで食堂探しも兼ねてみようぜ」


「うん。じゃ、食べながらこれからどうするか、決めようね、お兄ちゃん」


「そうだな。とりあえず荷物運んだだけになってるから、片付けとかアパートでのルールとかも細かく決めなくちゃ…」


「そうだね。お兄ちゃんに着替えを覗かれないようにしなくちゃいけないし…」


「なっ、何言ってんだよ。お前の着替えなんか覗いても嬉しくないってーの!」


「またー。17歳の女子高生よ、アタシは。悩殺されても知らないよ?」


「こーんな小さい頃からパンツ丸出しで遊んでた妹の着替え見ても、興奮しない!…と思う!」


「アハッ、お兄ちゃん、最後に、本音がちょっと出てる〜。面白いな。じゃ、帰ろうよ、お兄ちゃん」


 内心俺は、由美が元気になってくれて良かったと思った。ずっと泣いたままだと、帰るに帰れないからだ。


 俺と由美は京浜東北線に乗って横浜まで行き、横浜からいずみ野行きの相鉄線に乗った。


 アパートまではいずみ野駅から徒歩5分ほどだ。

 勿論、誰もいないから、俺たちが住む部屋は真っ暗だ。


「ねえ、お兄ちゃん…」


「ん?どうしたの」


「今まで、お母さんがいたから、いつ家に帰っても明かりが付いてたんだね。これからはお兄ちゃんが先に帰ってない限り、お家は暗いんだね」


 由美はシンミリと語った。改めて親と離れて暮らすことを実感したようだ。俺は由美を励ますように言った。


「まあ、ずっと誰もいない訳じゃないしさ。由美は俺を頼って欲しいし、俺も由美を頼るし。とりあえずアパートに大きい荷物置いて、美味いもん食いに行こうよ」


 これからは俺が由美を守らなきゃいけない。


 だから俺が悩んだり、寂しがったりしている間はないんだ。


「今日は、由美の好きなパスタのレストランに行こう。さっき見付けたんだ。美味しそうだったし。何でも食べていいよ、奢るから」


「本当に?嬉しい!お兄ちゃん、ありがとっ」


 とりあえず俺と由美はアパートの部屋に、大きめの荷物を置いて、パスタを食べに出かけた。


「お兄ちゃん、先ずはアタシが高校卒業するまで、よろしくね」


「ああ、勿論だよ」


 由美は、小さい頃のように、俺の手を繋いできた。俺も特に驚かず、手を繋いだ。


(何年ぶりかな、由美と手を繋ぐのは…)


 【次回に続く】

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