〜小山若犬丸の乱〜 迫り来る運命の時。1

ある日、私が宮犬丸と久犬丸の子守をしているその頃、斑鳩と藤井さんは奥の部屋で何か話をしていた。




少し気にはなったが、宮犬丸と久犬丸の子守に手一杯でそれどころじゃ無かった。




『ついに公方様は奥羽二国を支配下に置き、近い内にここにも捜査の手が来る。

すまぬが、最早若犬丸殿をここに留め置く訳には……。』




『長い間いつも力になって頂いた事、感謝しております。

これ以上藤井殿に迷惑を掛ける訳には行きません。』




斑鳩は藤井さんに、笑顔で礼の言葉を告げる。




『すまぬの……。本当にすまぬ……。』



藤井さんは、その笑顔を見るや深々と頭を下げる。




『頭をお上げて下さい。

これ以上、ここに留まっていては藤井殿にご迷惑を掛けてしまいます。』



『かたじけない。

だ、だか若犬丸殿はこれからどうなさるおつもりで?』



『田村庄司殿を頼ろうかと……。

田村庄司殿と鎌倉公方寄りの白河結城と領地を巡ってと小競り合いを頻繁に繰り返しております。』



『田村庄司殿を??

確かに田村庄司殿は白河結城と以前より戦を繰り返して来た。

そして、此度の鎌倉公方への奥羽両国の編入で危機感を募らせておるのは明らかだ。

間違い無く鎌倉公方は白河結城の肩を持つで有ろうからな。』



『どうやら田村庄司殿は、我等や小田殿の二の舞になると危機感を抱いているらしいとか。』



『だが、若犬丸殿と手を組めば確実に鎌倉公方と戦になるからな。』



『はい。

田村庄司殿が動くかどうかは五分五分の掛けに御座いますが、今立ち上がる可能性がある者は田村庄司殿しか御座いません。

もし、田村庄司殿が我等と共に立ち上がってくれれば、私の秘策もまだ使えるやも知れませぬ。

ならば、我等と共に田村庄司殿が立ち上がると決意する様な大きな事をせねば……。』



『前に申していた秘策か……。

その秘策とやらが、何となく分かって来たぞ。

しかし、田村庄司殿を一体どうやって立ち上がらせるのだ?』



『再度、我等の力で祇園の城を取り戻してみせます!』



『な、なんと!』



『その位の気概を見せねば、田村庄司殿は動きますまい。』



『し、しかし、小山の地の周りは最早敵だらけだぞ?』



『既に、小山は滅ぶか否かの所まで来ています。

この劣勢を打開する為には、最早この手しか無いのかと。』



『そうか……。

だが、以前から思っておったのだが、破邪の剣の力で戦を終わらせる事は出来ないのか?』




『私は決して破邪の剣の力を、この戦には使いません……。』



『何故だ? あの力が有れば……。』



『あの力は、妻の為に使いたいのです。』




『奥方の為に??』



『妻は私の為に使いたいと申しておりますが、あの力が有れば妻の宿命を変える事が出来るのです。』



『しゅ、宿命とは??』



『藤井殿だけにはお伝えします、だが歴史が変わる恐れが有るので、決して他言せぬ様に。』



『れ、歴史!?』



『未来において、私の歴史は二つ有るのです……。

一つはこの近い将来に死ぬ。

だが、もう一つは生きるのです。

妻は以前に私に、そう申しました。』



『だが、奥方に何故それが分かる?』



『……妻が、今から何百年も後の時代から来た人間だからです。』



『なっ、なんとっ! それは誠かっ!?』



『はい……。

もしかしたら、私は鎌倉公方との戦で死ぬのでしょう。

妻は私の二つ有る未来に語り継がれている歴史に、私が生きる歴史にする為に破邪の剣の力を使おうとしておるのです。

だが、破邪の剣の力を使わなくとも、自分の力で生き延びてみせます。

そして、私は妻を未来へ帰したい。』



『奥方を未来へ帰す?? だが、若犬丸殿はそれで良いのかっ?』



『この数年、戦の無い平穏な日々の中で気が付いてしまったのです!!

私の為に破邪の剣の力を使えば、妻はこの時代で天寿を全うします。

それでは、妻はまた未来で生まれてこの時代に来てしまう……。

それは、時の流れから決して逃れる事の出来ない、永遠の輪廻の呪縛です。』



『た、確かに、若犬丸殿の申す通りだ……。

奥方は永遠にこの時代と未来を彷徨う事になるな。』



『私の運命はまだ決まってはいない。

私自身が必ず切り開いてみせます。

だから私は何としても自分の力で生き伸びて、破邪の剣の力を使って妻を未来に帰したい。』



『そうか……。

何と悲しき宿命よ。』



『では出立は明日の晩にでも……。

それに散り散りになった家中の者達にも既に決起する場所を認めた密書は送っております故、時期に皆集まりましょう。』



『そ、そんな急にか。』



『はい。

そして今回は、妻には内緒で出立するつもりです。

今後の身の振り方をここにしたためておきました。

妻も破邪の剣の舞姫として、鎌倉公方が血眼になって探している筈。

ここに留めては藤井殿に危害が及んでしまいます。』



『奥方や子達の事すら力になれない自分が情け無い……。』



『お気に為さらずに。

鎌倉公方はそれだけ恐ろしい人物なのです。

それでは、これにて。』



『かたじけない……。

くれぐれも気を付けてな。武運を祈るぞ!』




斑鳩は藤井さんに感謝の意を告げ、頭を下げると座を立った。



きっと平穏な時は、私の知らない間のこの瞬間に終わってしまったのだろう……。





そして、刻一刻と私達の運命の時が迫って来ていた。





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