〜小山若犬丸の乱〜 束の間の平穏。1

私達は必死に追ってから逃れ、何とか菊田の荘へと落ち延びてきた。



あの櫃沢の時と同じく、追手に見つから無い様に山中を進み、何とか飢えを凌いでのやっとの思いだった。




『おおっ、若犬丸殿! それにサクラ殿、花月殿!

……よ、良う無事で!』




居館の入口で藤井さんが笑顔で出迎えてくれた。




『藤井殿、かたじけない……。

またご迷惑をお掛けする事になってしまって。』




『何を申される!

ささ、此処まで来るのにやっとの思いであったろう。

どうぞ中へ。』




そう言って藤井さんは、私達を暖かく居館の中に迎え入れてくれた。




『……そうか。

城代の小田五郎殿は討死になされ、小田殿とご嫡子は公方様に捕縛され、城も落ち小田殿も事実上滅びたか……。』



『我等だけが生き残り、こうしておめおめと逃げ帰るとは……。』



『しかし、ここまで煮湯を飲まされた若犬丸殿を公方様は何としてでも捕らえたいだろう。

先日聞いた話によりますと、公方様は陸奥と出羽の二国の統治を将軍様から認めさせる為に動いていると言う。』

※陸奥国、今の青森県、岩手県、宮城県、福島県。

※出羽国、今の山形県、秋田県。



『な、なんとっ! そんな事になってはこの奥羽全てに鎌倉公方の捜査の手が!』




鎌倉公方と言う人は執念深く、頭の切れる人だ。




今、将軍は畿内の南朝と北朝の動乱を収める最終段階に在って、奥羽の事になどに手が回らない。



その隙に、鎌倉公方は将軍に奥羽二カ国の支配権を譲る様に提案した。



将軍と鎌倉公方は昔から仲が良く無い。



将軍も今、鎌倉公方との対立を激化させる事になれば、南朝と鎌倉公方が結び付き、動乱が再開する恐れが有る。



そうなれば将軍の悲願の南北朝統一も果たせなくなるし、将軍の権威も失墜し、幕府の存亡すら危ぶまれる。



鎌倉公方も奥羽二ヶ国の支配権を手に入れれば、斑鳩も私も容易に見つける事が出来る。



きっと、私達が奥羽に逃れている事も知っている筈だから。



鎌倉公方は、自身に何度も楯突いたのにも関わらず、幾ら捜索しても見つからない斑鳩を殺さないと、自分の威信に関わる。



そして自らの野望を神威の剣で叶える為、破邪の剣の舞姫で有る私を殺す為に。




自分の野心の為なら何でもする人。



怖い人だと思った。





そして月日は流れ、戦も無く至って平穏な日常を送っていた。



あれから一年余りも経った。



五郎さんを死なせた悲しみは忘れられないけど、心を穏やかにさせるには十分な時間だった。




私はまた直ぐにでも戦は始まるのかと思っていたけど、そんな緊張感もいつの間にか薄れて行った。




この菊田の地は、いつでも私達を穏やかにさせてくれる。





そしてある日、襖を開けると風に乗って潮の香りが漂って来た。



私は、いつかのあの時の様に、斑鳩と海が見たくなった。




そして、私は斑鳩の元に向かった。





『斑鳩? 入って良い?』



『ん……??

サクラか、どうした?』



襖を開けると斑鳩が笑顔で迎えてくれた。




『斑鳩、お願いがあるんだけど……。』



『どうした? 珍しいな。』



『ねぇ、一緒に海に行きましょ。』




そうして、私達は馬に乗って海へと向かった。




二人で海を眺め、寄り添いながら佇む。



『ああ、風が気持ち良い……。』



『そうだな。

それに、この眺めは心が晴れる様だ。』




私達は剣を砂浜に刺して海を眺めた。



重なる剣がまるで私達の様に寄り添う。



『うん……。

前にもここに二人で来たね。』



笑顔で斑鳩を見つめると、斑鳩も満面の笑みで私を見つめてくれる。



そんな斑鳩がとても愛おしくて、私は斑鳩の肩に寄りかかった。



願わくば、いつまでもこんな平和な時間を過ごしたい。



そして斑鳩は私を抱きしめた。




『サクラ……。』


『斑鳩……。』



そう言うと斑鳩は私に口づけをした。




斑鳩……。



貴方にこの後に降り掛かる事……。



絶対に私が貴方を守るから。



私は貴方を離したくは無い。



そう思うと、私は力強く斑鳩を抱きしめた。



自分の中に在る、不安を掻き消す様に……。




『あっ。』


思わず砂に足を脚を取られて、私は後ろに倒れてしまう。



『お、おい、サクラ!』



そのまま斑鳩も私を抱きかかえる様に倒れてしまった。




『……。』



『……。』



抱き締めたまま、倒れ込んだ私達はお互いを見つめ合った。



私は勝手に涙が溢れていた。




『わ、私は貴方とずっと一緒にいたい……。』



自分でも気が付かずに、ポツリと涙が流れていた。



近々来るであろうあの出来事に、見えないこの先の不安を吐き出す様に。



『これまで沢山の人が正しい歴史の為に犠牲になった。

でも、でも……私は……。』




私の不安を覆う様に、また斑鳩が私に優しく口づけをする。




『私もだ、愛してる。

安心しろ、サクラの側を離れはしない。』




ああ、どうかどうか。




破邪の剣よ。



私に力を……。




その時、破邪の剣がまたボンヤリと光っていた。






そして、それから数日後の事だった。



私に思いもよらない事が起こった。

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