〜小山若犬丸の乱〜 広がる戦火。7
あれから既に一年近くも戦っていた。
真壁さんや近隣の様々な豪族の影ながらの支援のお陰で食料にも武器にも不安は無かった。
そして、こちらは小山と小田さんの兵や近隣の豪族の兵も続々と集まり数も多いし士気も高い。
私達は連日、鎌倉公方の軍を完膚なきまでに撃退したていた。
『斑鳩っ! 五郎さん!』
斑鳩と五郎さんが鎧姿で本丸に戻って来た。
『サクラっ! 花月っ!
今日も敵を蹴散らして来たぞ!』
『アンタねぇ……。油断は禁物よ!』
『何々、花月殿。敵は恐るに足らずです!』
『左様ですなっ! 五郎殿!』
連日の勝戦。
城を包囲されているのにも関わらず、味方の雰囲気は良かった。
このまま敵を退けられ!ば、後は上手く交渉して五郎さんのお父さんとお兄さんを返して貰い、小山を再興させるだけ。
『しかし、五郎殿。
一つ気になる事が……。』
『どうしたのだ? 若犬丸殿。』
『あの佐竹が動かない事に御座いまする。』
少し前に五郎さんに聞いた話だ。
小田さんと佐竹さんは、私達小山と宇都宮の様に互いに守護を鎌倉公方から認められて、いざこざが絶えないのだと。
私達と同様に鎌倉公方が力を付け過ぎた小田さんの力を削いでいるのだと。
『これを機に鎌倉公方と共に、我等に襲いかかるかと思いましたが、佐竹も我等の連勝に判断を迷っているのでしょうな。』
『それだと良いが……。
もし今、北から佐竹に動かれて北から支援する真壁殿や他の豪族達が攻められれば、我等はひとたまりも無い。』
確かに。
鎌倉方にも加わらないし、動く気配の無い佐竹は不気味な存在。
『確かに若犬丸殿の申す通りかもしれませぬ。
今、北から佐竹に真壁殿達が攻められたら不味い。
しかし、奴等は一体何を考えておるか。』
『あの秘策が動けば、佐竹など恐るる事は無いのだが、まだ動く気配が無い。』
『ああ、父上が申していた、若犬丸殿のあの秘策ですね。
あれから何度も催促はしておりますが、未だ動く気配は御座いませぬ。』
『様子見と言う事か……。』
『この戦を持ち堪えれば、必ず動く筈。
ならば、先ずは佐竹の動きを探るのが先決。
若犬丸殿の申す通り、戦の勝敗に左右します。』
その時、斑鳩が花月に視線を送った。
『あいよ……。
ったく、アタシが探って来るんでしょ?』
『頼む、花月。』
『おおっ! もしや、花月殿は間者もこなせるのか!』
『五郎様。
アタシは名前の通り、月光のごとくサクラと斑鳩を月光の様に見護る女ですわ。』
『素晴らしい! 私からも頼むぞ!』
『花月、気をつけてね。』
『アタシゃあ、アンタの方が心配だよ。
くれぐれも、いつもの様に暴走しない様にね。』
『あ、あはは……。』
確かに。
花月からすれば、私のこの性格の方がもっと心配だよね。
『んじゃ、早速行って来るよ。
そんなに時間は掛から無いと思うから。』
『頼んだぞ、花月!』
『あいよ。』
背中越しに手を上げながら、まるで散歩に出掛けるかの様に花月は出発した。
花月は影なら支えてくれる存在。
くれぐれも気をつけてね。
花月を見送ったその日は、それから何事も無かった。
そして、夜になった。
私は月を眺めていた。
『眠れないのですか?』
『あれ? 五郎さん。』
『今宵は綺麗な月ですなぁ。』
五郎さんはちょこんと横に座って来た。
そうだ。
戦が続いて、あの時の返事を返して無かったな。
あれから五郎さんは前とは違い、何も無かったかの様に振舞ってくれるから、私からは何も言え無かった。
『もし、平和になったら……。
一度でいいから、またこうしてサクラ殿と一緒に月が見たいものですな。』
『えっ!?』
『あの時は気を惑わす様な事を言ってすみませんでした。』
『いえ。私こそ気持ちを察する事も出来ずに、皆んなの前であんな事言わせてしまって…。』
『良いのですよ。
サクラ殿はそうしていつも気に掛けてくれている。
それが私には嬉しいのです。』
『五郎さん……。』
『この戦、必ず勝ちますよ。
サクラ殿の為にも、サクラ殿が愛する若犬丸殿の為にも。』
『有難う、五郎さん。』
自分の気持ちを押し殺しても、私達の幸せを願っている。
斑鳩に出会う前に五郎さんに出会ってしまっていたら、確かに好きになっていたかもしれないな。
五郎さんにも戦で命を落とす事無く、平和に生きて貰いたい。
『サクラ殿? 難しい顔になっておりますぞ?』
『えっ?
あ、正しい歴史だとこの戦って、この後どうなるのかなぁ? って思って……。』
『正しい歴史?』
あっ! つい口が滑ってしまった。
私っていつも……。
『あ、あはは……。』
何かを察したのか、同様している私を冷静に見る五郎さん。
『帰れ無い程、遠い所……。
それに正しい歴史……。』
『あ、えっと、あの……。』
『嫌、まさかとは思いますがサクラ殿はもしかして……。
未来からやって来たのですか?』
ああ、本当に私っておっちょこちょい。
『は、はい。
その通りです……。
私はずっとずっと遠い未来からやって来たのです。』
『やはり!
ではこの戦はどうなるのか分かっているのですね!』
『いえ、断片的にしか覚えて無いので分からないのです。』
『そうでしたか。』
そう言って、肩を下ろす五郎さん。
『ごめんなさい。力になれなくて。』
『気にする事でも御座いませんよ。』
『ただ、斑鳩……。小山若犬丸の人生は知っています。』
『なんと……!』
『歴史の流れと言うのは私が勝手に変えて良い物では無いのです。
だけど、あの人の人生は私のいた数百年後の世界では二つ有ります。
私はその一つの為に、この破邪の剣の力を使いたい……。』
『そうでしたか……。
自身の時代に帰れなくても、若犬丸殿の為に……。
サクラ殿は、その心までもが本当にお美しいのですね。
良し、私もサクラ殿の為に、微力ながら力になりましょう。』
『有難う御座います。』
どうか、どうか皆んなが平和に暮らせます様に。
殿の時の様に悲しい思いはしたくない。
五郎さんにも生きて欲しい。
私は切実な思いで五郎さんの眼を見つめた。
『わっ……!』
突然、五郎さんが私を抱きしめた。
『すみませぬ……。
少しだけで良いですから、こうさせて下さい。』
私は何も言えずに抱きしめられたまま佇んだ。
その思いが私の中へと入って来る。
ごめんなさい……。
気持ちに応えててあげられなくて。
『五郎さんのお気持ち、本当に嬉しいです……。』
そして五郎さんは私を抱きしめた腕を優しく解いた。
『ご無礼な事をして、大変失礼致しました。
二度とこの様な事は致しませぬから安心して下さい。』
『いえ……。』
斑鳩の事が好きだけど、五郎さんに抱き締められて嫌な気にはならなかった。
だけど、それを五郎さんに言うのはいけないと思って、黙ってしまった。
『さ、サクラ殿!』
五郎さんが立て掛けて有った破邪の剣に眼を移す。
『破邪の剣が……。』
『また光っている……。』
また破邪の剣がぼんやりと光を放っていた。
私や五郎さんの思いを映す様に……。
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