〜小山若犬丸の乱〜 広がる戦火。5
あれから数日が経った。
『う〜〜ん……。
一体どうしたんだろう。』
この前の一件以来、やけに五郎さんがよそよそしく感じる。
私、何かしたのかな?
何も思い当たる節は無いんだけど。
もやもやして仕方が無かった。
んーー! 仕方ない!!
こうなったら直接聞くしか無い!
もし、私が何か悪い事を言ってたら申し訳ないし。
意を決して、五郎さんの所へ向かう。
『あの〜〜う。
サクラなんですけど……。』
あれ、返事が無い。
『あの〜〜……?』
五郎さんの気配は感じるんだけどな。
『五郎さん?』
『……あっ! サクラ殿か?
すまぬ、考え事にふけって気が付かなかった。
どうぞ、中へ。』
襖を開けると、五郎さんは何やら難しそうな顔をしている。
『あ、あの。
私、何かしたのならすみません。』
『サ、サクラ殿っ!
大変な事になったのだ!』
五郎さんは私の言葉を遮る様に喋り出す。
『えっ?』
『父上と兄上が鎌倉で捕まってしまったのだ。』
『えっ!? そ、それって……。』
『そうだ。我等と若犬丸殿の事が漏れてしまったのだ!』
『でも一体何故……。』
『五郎殿!!おられますかっ?
若犬丸に御座います!』
その時、斑鳩の声が襖越しに聞こえた。
『おお、若犬丸殿!それに花月殿も。
丁度良かった、どうぞ中へ。』
『おや? サクラ、どうした? こんな所で。』
『あ、私は個人的に用が有って……。』
『サクラ、ちょっとすまないけど、火急の用だから割り込まさせて貰うよ。』
『すまぬ、先に話をさせて貰うぞ。』
『ええ、どうぞどうぞ。』
何かそれどころじゃ無い感じね。
『五郎殿っ! すまぬ!
我が一部の手のものが捕縛されてしまったばかりに、お父上や兄上にご迷惑がっ!』
『頭を上げられよ。
起こってしまった事は仕方が無い。
それに、こう言う事態も分かった上で合力したのだ。
若犬丸殿が謝る事では無い。』
『かたじけない……。
それで! お父上と兄上は御無事なのですか!?』
『それは大丈夫だと言う事です。』
私達はホッと肩を撫で下ろす。
『私は何か引っかかるのです。
小山殿の親戚筋の結城殿が、小山の地を統治すると決まった途端に事が露見してしまった。
些か小山の者達が捕縛されるのが早過ぎはしないですか??』
※結城、小山氏の親戚で今の茨城県結城市を治めていた豪族。
『も、もしや……。
鎌倉公方は我等が小田殿に匿われてると確信して、我等を炙り出そうとしたのか?』
『な、なんとっ!』
『どう言う事だいっ!?』
『小田殿が、鎌倉公方に不満を持っていたのは分かっていた筈。
まだそう遠くへは逃げられ無いのにも関わらず、我等を見つける事が出来ないのなら、近隣の豪族が匿っている筈と考えた鎌倉公方は、我等が小田殿に匿われていると直感したとすれば……。』
『結城殿に小山の地を与えれば、若犬丸殿が戦を仕掛ける事など出来ない。
小山の地は取り戻せなくなる。
それで家中の者達が勝手に蜂起し動き出した。
それを捕らえ、拷問にかけて自白させた……。
きっと鎌倉公方は、必ず何かが動くと読んで結城殿に統治を任せたのだろう。』
『小田様とアタシ達が手を結んでいた事実が分かれば、鎌倉公方にとって好都合……。
鎌倉公方にとって、目障りな大きな力を持つ小田様を滅ぼす為の戦を仕掛ける口実になるって事ね。』
『初めてから我等小田と若犬丸殿達を殲滅する目的だったのか……。』
『全ては鎌倉公方が仕掛けた罠だったのだ。』
以前から鎌倉公方は、私達と宇都宮の関係と同じ様に緊張状態と作って小田さんの力を削ごうと、小田さんを私達と同じ状況に貶め、小田さんは警戒感を強めていた。
小田さんはこの前の殿、小山義政と鎌倉公方の戦に従軍したものの、少ない恩賞に不満だった。
それも力の有る者達の力を削いで、自分の影響力を強くする鎌倉公方の策略だったのだろう。
そして私達がそう遠くへは逃げられ無いと考えた鎌倉公方は、この辺りで私達を匿う大名や豪族がいるとすれば小田さんだと確信した。
鎌倉公方は、元々欲しがっていた広大な太田と下河辺の荘園だけを我が物とし、小山の地は親戚の結城さんに与えた。
それが鎌倉公方の仕掛けた罠だった。
結城さんが小山の地を治めるとなると、親戚の結城が小山の正当な後継者となる事を意味する。
小山も親戚の結城に戦を仕掛ける事など出来ない。
だからこそそうなる前に、一部の小山の家中の者達が勢い余って蹶起しようとしたが、鎌倉公方の手の者に囚われてしまった。
この時代だから、想像を絶する恐ろしい拷問の末に自白したのだろうけど……。
全ては鎌倉公方の策略に乗せられた。
全て分かっていた上での行動なのだろう。
しかし、何て頭が切れて、貪欲な人なんだろう……。
自分の欲の為なら、何でもする人。
そして、あのツバキを従えている。
私は鎌倉公方に恐怖を覚えた。
『それに先程、鎌倉の軍が既にここに向けて進軍中との報告が入りました。』
『『『なっ!!』』』
『若犬丸殿の話の通り、全ては鎌倉公方の策略だったのでしょうな。
きっと今回の目的は、若犬丸殿は勿論の事この小田を滅ぼす事なのでしょう。』
『し、しかし、どうなされるおつもりで。』
『きっと、私が若犬丸殿を捕縛して鎌倉公方に差し出せば、討つ名目を失った鎌倉公方は軍を引き、父と兄は助かるでしょう。
我等を滅ぼす大義名分が無くなろうとも、若犬丸殿を匿ったとして、小山殿が降伏した時の様に無理難題を押し付けてくるでしょう。
そして、反旗を翻すのを待っている。』
『鎌倉公方ってのは、何て強欲な男なんだろうね!
アタシの一番嫌いな人種だよ!』
『だが、今ならお父上と兄上のお命は助かりますぞ!?』
『いえ、ここで若犬丸殿を鎌倉公方に差し出すなど出来ましょうか!?
もし差し出したとすれば、武士とし有るまじき事として末代までの恥。
私は若犬丸殿にお味方致しますぞ!!』
『かたじけない、五郎殿。
我等をお見捨てになさらずに……。では我等も共に戦いましょう!』
『五郎さん、私達を見捨てないでくれて有難う。』
『な、なにを申されますか。
こんなにも美しきサクラ殿や若犬丸殿、花月殿を見捨てられるものか!』
『では、私も散り散りになった小山の者達を急ぎこの地に呼び集めます!
皆、この付近に身を潜めている筈。
直ぐにでも集まりましょう。』
『助かります。
我等の兵だけでは心許ないですからね。
しかし、それでも鎌倉公方の大軍とこの広大な常陸の平地で野戦となれば、数に劣る我等は瞬く間に敗れます。
それにこの城は高い土塁や湿地を堀とした要害でありますが、平野に築かれた城故に心許ない。
なので、ここは詰めの城たる、筑波の山に築かれた強固な男体の城で籠城としましょう!』
あの筑波山にあったお城か。
確かにこの小田の城よりも断然守りに適している。
だけど、孤立無縁の籠城戦で、助けも無いのに勝算は有るの?
『でも五郎さん、城に立て籠もるって言っても食べ物はどうするの?
助けては来るの??』
『それには心配及びません。
我等には、鎌倉公方に不満を持つ近隣の真壁殿や、その他の豪族達が必ずや支援してくれる筈です。』
※真壁氏、常陸国真壁郡を治めていた豪族。
『この戦は決して孤立無縁の籠城戦では無い。
兵糧さえ有れば長期戦にもつれ込む事が出来る。
勝つには至らなくとも、長らく大軍で城一つ落とせずにいる鎌倉公方の権威は失墜する。
それに、私のあの秘策もまだ生きている。
そして、反鎌倉公方の武士が一斉に立ってくれるはずだ。』
『その通りさ。
だからサクラ、安心しなさいって。』
『それで、敵はいつ来るの?』
『直ぐにでも押し寄せて来るでしょうな。
それでは私も戦の備えをせねばなりませぬ故、これにて。』
『では五郎殿。
私も早急に陣触れを出して、戦の準備をして参りまする!』
※陣触れ、戦の時に主君が家臣に参戦を促す書状。
『あ、サクラ殿。
何かお話が有ったのでしょうが事を急ぎます故、すみませんが今はこれにてっ!』
そして斑鳩も五郎さんの後を追って足早に部屋を出た。
部屋を出る瞬間に私の顔をチラッと見る。
『どうしたの? 斑鳩……。』
『い、嫌……。何でも無い。
花月、サクラを頼むぞ!』
なんだろ?
斑鳩も様子がおかしい気がするな。
斑鳩と五郎さんは足早に部屋を出て行ってしまった。
そんなこんなで私は結局の所、五郎さんが何を考えているのか聞きそびれてしまった。
二人が去った部屋で、二人足音が遠ざかる頃に花月が私の肩を軽く叩いた。
『どうしたの? 花月まで。』
『大丈夫よ、何とかなるって。』
花月は苦笑いをしながら話し掛けて来た。
『アンタも大変だねぇ。』
『え?』
『ありゃ、気がついて無いのかい。
まあ、アンタのお陰でお縄にならなくて済んだ様なものだからね。』
言ってる事が全然分からない。
『さっ!
そんな事は置いておいて、鎌倉の軍を迎え撃つわよ!』
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