〜小山若犬丸の乱〜 広がる戦火。4
祇園の城を占領した鎌倉公方は、それから暫くは軍を動かす事は無かった。
それは、まだ私達が小田さんに匿われながら潜んでいる事が分かって無い証拠。
だが鎌倉公方は依然として、私達の捜索に躍起になっていた。
だから、祇園の城とも距離的にも近いこの常陸国の小田の城には、平和な菊田の頃とは違い毎日毎日ピリピリとした雰囲気が漂っていた。
そして、ここへ来てからと言うもの、斑鳩も花月も何やらずっと忙しそうで、私の相手をしている余裕は無さそうだった。
『……ここの暮らしにもなれましたかな?』
『あ、五郎さん。』
襖を開けて、庭の舞い散る桜の景色を眺めていると、五郎さんが私の元はやって来た。
ここへ来てから忙しい斑鳩や花月に変わって、五郎さんがずっとあれこれと私の事を気にかけてくれている。
『なれぬ地での逃亡生活。
ご安心下され。さぞ大変でしょうが、いつかきっと若犬丸殿は小山の地を取り戻しますよ。 』
とても優しい人なんだな。
きっと私が感じている、このピリピリとした雰囲気を察して、少しでも私を安心させようとしているんだ。
『そうだ。
たまには気晴らしに外にでも行きませんか?
私も父上から城代と言う、慣れぬ役目を任されてる故。』
※城代、城を任された役目。
きっと私の気を使ってくれてるのだろう。
『はい! 行きましょう!』
私は笑顔で快く受けた。
城の外に出ると何処までも続く広大な大地が広がっている。
そしてその大地に悠々とそびえ立つ筑波山。
春の暖かく、心地よい風が吹いて来る。
風が優しく私を包み込み、不安を取り除いでくれている様に感じた。
『どうです? この常陸の国は素晴らしいでしょう。』
『……ええ、とっても。』
『舞姫殿は何処の出身で?』
『あ……。私はずっとずっと遠い所からやって来ました。』
『左様でしたか。どんな国なのですか?』
『私の国はとても自由な国ですけど、毎日が目まぐるしくて、私は社会を構成する為の小さな歯車の様な生活をしてました……。』
少なくとも未来での生活はそう感じてたな。
何もかも無気力で、未来の事に興味も持たなかった。
『だけど今は、毎日が目まぐるしくて、生きる為に必死で、未来の為に必死です。』
『そうでしたか。
でも、私は舞姫殿の生まれた国を見てみたい。』
『多分、破邪の剣の力を使わない限り辿り着け無い、遥か彼方の遠い遠い地です。
それに、帰る気は有りませんが、きっと帰りたくても帰れない気がします。』
『左様ですか。
そんな遠くから……。』
五郎さんは余り深くは散策しない。
きっと私が喋りたく無いのを分かっているだろうな。
やっぱり優しい人だ。
『私は斑鳩の為にこの力を使いたい。
ここへ来てから、右も左も分からない不安な私をいつも護ってくれる、あの人の為に。』
『若犬丸殿が羨ましいですなぁ。
舞姫殿の様な美しい方に見初められて。』
『えっ……!』
思わず顔が真っ赤になってしまった。
私、何言ってんだろう。
五郎さんに斑鳩の想いを伝えるなんて。
『あ、あの。
舞姫殿じゃ無くて、サクラで結構ですよ。』
恥ずかしくて、咄嗟に話題を変えた。
『なら、遠慮なくサクラ殿と呼ぶ事にします。
その破邪の剣の力、サクラ殿の願いの為に使えるといいですな。』
『はい。』
『及ばずながら、私も力になりますぞ。』
有難う、五郎さん。
『五郎さんは、本当に優しい人なのですね。』
『でももし、私が若犬丸殿よりも早くサクラ殿に会っていたら……。』
五郎さんが小さな声で呟いた。
『えっ?』
『その時はどうなっていたのだろう……。』
『え?』
『あっ! 嫌、なんでも御座いません。
そ、そうだ、今日は沢山に時間が御座いますから、宜しかったらこれから筑波の山へと向かいませんか?』
『筑波山へ?』
『勿論、若犬丸殿には不要な心配をかけぬ様に、護衛の者達も連れて行きます。』
筑波山なんて、学校の遠足以来だなぁ。
何だか懐かしくなった。
『まあ、もしサクラ殿が宜しかったらで結構ですが。』
『筑波山は久しぶりです! 是非!』
『ん? サクラ殿は筑波の山に登られた事はお有りなのですか?』
あ、しまった。
ついつい口が滑ってしまった。
『あ、あはは……。』
私はぽりぽりと頭を掻く。
『まあ良いですか。
ならば早速、筑波の山へと向かいましょう。』
そうして私達一行は筑波山を目指した。
馬に跨り、ゆったりと二里程北に進むと、山の登口に差し掛かった。
『綺麗ですね。』
花が咲き誇り、筑波山は花に覆われていた。
『そうでしょう?
是非ともサクラ殿に見て頂きたくて、お誘い致しました。』
『有難う御座います。』
『さっ、先に進みましょう。
山から見下ろす春の常陸の大地も美しいですぞ。』
そうして暫くすると、遠くの中腹に城が見えた。
『ああ、あれは男体の城で御座いますよ。』
『男体の城?』
『そうです。
小田の城は平地の丘の上に築かれた城故に、戦の時には脆弱です。
いざと言う時には、防備に優れたあの男体の城を拠点とするのです。』
ああ、小山で言うと鷲の城の事だ。
山の切り立った中腹を、上手く利用した小さな城。
大小四つの曲輪が構えていて、少し高い位置に階段上に存在する前衛の二つの曲輪の上には、大きな曲輪へと一本の道が走るっている。
だけど、攻め手はその三つの曲輪から十字砲火を受ける様な構造だ。
確かに、あの構えなら敵は城を攻めるのに苦労をするだろうな。
そして、男体の城を過ぎ更に登って行く。
『サクラ殿、間も無く山頂ですぞ。』
五郎さんの言葉と共に、木々が立ち退く様に一気に視界が開けて行く。
『わあ、綺麗……。』
私と五郎さんは馬から降りて筑波山から見る景色を眺めた。
筑波山の山頂からは男体の城や、常陸の国はおろか、下野の国まで一望出来た。
そして遥か先に祇園の城も見えた。
またいつか、あの祇園の城で皆んなで満開の桜を見たいな。
『いつの日か、取り戻せますよ。』
『五郎さん……。』
私の気持ちを分かっているのだろう。
五郎さんは優しく声を掛けてくれた。
私はその気持ちが嬉しくて、笑顔で五郎さんを見つめた。
急に顔を背ける五郎さん。
どうしたんだろ?
『あの、どうかしました?』
『あ、いえ!
何でも御座いませぬっ!』
さっきも似た様なやり取りが有ったな。
私は率直に聞いてみた。
『あの、先程も似た様なやり取りが有りましたけど、どうなされたのですか?』
途端に慌てる五郎さん。
本当にどうしたんだろ?
『あ、あの時はどうかしてたので……。
い、いや、今もか……。』
んーー、ますます分からない。
『確かあの時は、私が斑鳩と会うより早く五郎さんと会っていたらって言ったけど、一体どうなされたのですか?』
『……。』
五郎さんは黙ってしまった。
『五郎さん?』
『な、何でも御座いませぬ。』
『本当にどうしたのですか?
顔が赤いですよ??
あっ! もしかして、風邪を……!?』
私はそっと、五郎さんの額に手を当てる。
『わあっ!!』
慌ててのけぞる五郎さん。
私、何かしたのかな?
『え、ええっと……。
何かすみません。余計でしたか?』
『ちっ、違いますっ!
私こそ申し訳御座いませぬ!』
五郎さんは違うと言わんばかりに、必死に手を振る。
何だか五郎さんのその仕草に、私は思わず笑ってしまった。
『五郎さん、さっきからずっと変な動きばかり。』
『そ、そうですね。
でも良かった……。』
そして五郎さんは、真っ赤な顔で恥ずかしそうに私を笑顔で見つめる。
『お陰でサクラ殿の眩しい笑顔が見られたから。』
『え?』
『いえ、何でも御座いませぬ。
さっ、そろそろ下山せねば日が暮れまする。』
本当に五郎さんはどうしたんだろ?
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