〜小山若犬丸の乱〜 広がる戦火。3

鎌倉公方の軍はそのまま勢いに乗って、この祇園の城を目指して進軍して来ていた。



『急げぇっ! 』何をしておるのかっ!



『そんな物は良いっ! 捨てておけっ!』



『それは必ず持って行くのだ!』



『馬鹿者っ!

武具は隠して持ち出すのだっ!』




城内は大混乱に陥った。





頼みの鷲の城は前の戦で荒れ果ててしまっていて修繕する時間も無いし、この祇園の城では鎌倉の大軍を迎え撃つだけの兵の数も防御力も無い。




皆、一刻も早く必要な物を持ち出して、逃げる事だけで精一杯だった。




『斑鳩ぁーーっ!』


私は混乱する城内の中、斑鳩を必死に探していた。




逃げ惑う人々が部屋にも廊下にもごった返していて、思う様に先に進めなかった。




すると、軍議や宴会を開くいつもの大広間に一人で座り込んでいる斑鳩を見つけた。



『い、斑鳩、こんな所でどうしたの!?

早くしないと……。』




『折角、やっとの思いで……。

何年も掛けて、この祇園の城を取り戻したと言うのに。』




本当に悔しいんだろうな……。




そうだよね。



あの焼け落ちる祇園の城を思川から眺めてから、何年も掛けてやっと取り戻した祇園の城だもんね。





『で、でもさ。

またきっと取り返せるわ!

だから先ずは逃げて再起を図らないと。』




『……サクラ。

一つ、教えてくれないか?』




『え??』



見た事も無い位に弱りきった顔で私を見上げて来る。




『未来で語り継がれる私は、父上やサクラに助けられてばかりの、自分では何も出来なかった惨めな人物だったのか?』





そう呟く斑鳩は心底自信を失っていた。



うるうると、今にも泣きそうな瞳をしていた。




『小山若犬丸っ!! 』



本当は抱きしめてあげたかったけど、私は心を鬼にして叫んだ。




『なっ……。』




『私の知っている、未来に語り継がれている貴方は、決して諦めずに戦い抜いた人よっ!

それに……。

私の好きな人は、こんな事で挫ける人では無い。』




『さ、サクラ……。』



斑鳩はそのまま下を向く。





沈黙が続いた。




すると、何かを吹っ切ったのか、眼を前髪に隠しながら、ふっ笑う。




『そうだったな……。

確かにサクラの申す通り、私らしくは無かったな。』



『そうよ!!

そんな顔は貴方には似合わないっ!

それに、今度そんな顔したら私の六百年の恋も冷めちゃうからねっ!』




『よしっ! 今すぐ城から落ち延びるぞ!』



『うんっ!』



『まだ負けた訳では無いしなっ!』



『斑鳩の言う秘策も有るしね!』



『その通りだっ! 心配かけたな。』



そうして私達は、急いで城を脱出する手筈を整える。




『あっ! アンタ達!! 何処に居るかと思えば!』



花月が私達の姿を見てやって来た。




『さっき密かに小田殿の使者がやって来て、もう小田殿はアタシ達の受け入れの体制は整ってるってさ!

だから早い所、逃げるわよっ!』




『そうか、分かった!』



『小山の人達も一緒に行くの?』



『嫌、我等と共に小田殿の所へ向かうのは我等の他は、小田殿のからお借りしている小田家中の者達だけだ。

小山の者達も、皆散り散りになって小田殿の元へと向かう者、この地に潜伏する者もいる。』



『せっかく小山の人達とまた一緒になれたのに。』



やっと皆んなと再開出来たのに。



また小山の人達と別れる事になるのか。



『仕方ないさ……。

生きてりゃ次の機会が有るってもんさ。』



『そうね。

先ずは生きる事を考えないとね。』




そうして、私達は急ぎ祇園のお城を落ち延びた。




目指す場所は小田さんが治るお隣の常陸国の小田の城。




そうして馬に乗って走り続けると、常陸国の雄大な平野を一望出来る大きな城が見えて来た。




『おお! 若犬丸殿! 良う無事でっ!』



何とか城に辿り着き、門が開くと、真っ先に私達を出迎えてくれた人がいた。



『かたじけない、五郎殿……。世話になります。』




孝朝さんはどうやら留守らしく、孝朝さんの次男坊の五郎さんが、笑顔で斑鳩の手を握りしめて、暖かく迎え入れてくれた。



武将とは思えない位に身体の線が細く、青空の下が似合うとても爽やかな青年って雰囲気の人だ。



そして、何処と無く斑鳩に似ていた。



『おお、其方が舞姫殿ですな!

お初にお目に掛かります。小田五郎と申します。

父上は今、鎌倉へ出仕されておる故、私が城を預かっております。』



『え??

かっ……鎌倉っ!?

だって、幾ら私達との関係は内緒だったとしても、鎌倉公方の次の狙いは小田さんだから私達の味方になったんじゃないの!?

それなのに、鎌倉に出仕だなんて!』




どう言う事なの!?




『小田様はね、今でも表向きは公方さんに仕えてるのよ。』




『ええっ!?』



驚いたけど、花月の一言で良く分かった。




だから、斑鳩も小田さんの兵を密かに借りたんだ。




小田さんにも鎌倉公方に脅威を感じているが、今動けば勝ち目は無い。



それに、私達と鎌倉公方との戦を見て、鎌倉公方の力をまじまじと思い知らされた。




だから表向きには、今でも鎌倉に出仕して忠誠を誓っているふりをしている。



きっと、今回の鎌倉公方の動向も、鎌倉にいる小田さんから密かに知らせてくれたんだろうな。




『ま、まあ、そう驚かれるのも当然の事……。』



『いえ、仕方ない無い事で御座います。

無闇に決起したとしても、我等と同様になりますからな。』



『辱い……。さあ、大したもてなしは出来ませぬが、どうかごゆるりと。』



『有難うございます。

申し遅れました、如月サクラと申します。』



『おお、良い名前ですな。

それに噂以上に、とてもお美しい!』



そんなに直球で言われると、流石に照れるな。




『おっ?? サクラ、照れてるのか?』



斑鳩が意地悪く笑いながら言う。



『この子、そう言う言葉に免疫が無いのですよ。』


花月も意地悪く言う。



『ははは。

舞姫殿は純なお方なのですね。』




そして、此処での私達の長くも早い、約二年の生活が始まった。



この時の私は、あんな事になるなんて思っても見なかった。


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