〜小山若犬丸の乱〜 祇園の城を目指して。7
そうして数日後、私達は小田の城を出た。
鬼怒川を越え、暫く歩くと遂に小山の地へと辿り着いた。
『懐かしいなぁ。』
決起するのは明日の夜。
今日は戦に備えて休み、明日の夜に須賀神社に結集して一斉に蜂起する手筈になっている。
夜討をしかけるのだ。
古来より、政権が一夜で変わった事も有る位に非常に有効な手だ。
だけど、相手に悟られない事が肝心。
小田さんの兵をもっと沢山借りる事も出来た。
それこそ今、小山に居る敵の数なんて圧倒出来る位に。
だけど、大軍では幾ら夜討を仕掛けても、事前に見つかってしまう恐れが有る。
それに、奇襲では無い城攻めは落とすのに時間が掛かり過ぎてしまし、鎌倉公方の援軍が来るかもしれない。
だから斑鳩は、敢えて少人数で一気に攻め落とすつもりだ。
『アンタ、もう敵地なんだから間の抜けた顔してないの。』
『花月の言う通りだ。
サクラ、気を引き締めろ。』
『あ、あはは……。ゴメンね。』
そうだった。
今は敵地なんだもんね。
気を引き締めなくっちゃ!
『あ、あれは、祇園のお城……。』
遠くに祇園のお城が見える。
ついに戻って来たのね。
燃えた筈の祇園のお城は、すっかり元どおりになっていた。
『ああ、明日はあそこで勝利を祝おうぞ。』
『まあ、公方さんも綺麗に直してくれて、有難い事だわ。』
『ははは、そうだな。
公方様に感謝せねばなるまいな。』
斑鳩は笑いながら、皮肉を込めて言った。
そしてその日の夕刻、私達は須賀神社に着いた。
奥の社殿に行くと、懐かしい人が出迎えてくれた。
あの宮司さんだ。
『おぉ〜!! 若殿様!!
いえ、今は殿で御座いましたな。
良うご無事で……! それに舞姫様も!』
宮司さんはポロポロ泣いてる。
『宮司殿、心配かけたな。』
『宮司さんも元気そうで安心しました。』
『しかし、大殿おかれては……。
口惜しゅう御座います!』
『我等小山の底力を見せつけて、必ずや祇園の城を取り戻してみせるぞ!』
『安心して、宮司さん。
大丈夫よ、私達は必ず勝つから。』
『おお、舞姫様も一段とお美しく、逞しくなられましたな。
何と言うか、そのお姿もさる事ながら意識の強さまでもが。』
『うん、有難う。
でも何か照れるなぁ……。』
『アンタさあ、照れる場合じゃ無いでしょうが。』
『あ、あはは……。
そ、そうよね。』
『……しかし宮司殿、迷惑をかけるな。』
『いえいえ、殿の為なら我は元より、須賀の社の神々も喜んで力になりましょうぞ!』
この須賀神社は須佐之男命を祀り、小山一族の先祖である藤原秀郷が破邪の剣を納め、それを代々の宮司が守って来た。
そして、小山の歴代の殿様は厚く庇護して来た。
小山氏との繋がりは深い。
そして、藤原秀郷から続く血族と破邪の剣の舞姫も。
『いよいよね。』
『ああ、あの日から四年も待った。
やっと……やっとこの日が来た。』
『そうだねぇ……。
アタシゃ、燃える祇園の城を思川から眺めて本当に悔しかったよ。』
『サクラ、花月……。
私は必ず取り戻すぞ!』
『ええ!』
『勿論さっ!』
『斑鳩、私達も力になるわ!』
『ああ。頼りにしているぞ、サクラ。』
『「ダメだ! サクラはここで待っておれ!」って言うのかと思ってたから、私が面食らっちゃったよ。』
『前にも皆で話したろう??
三人が力を合わせてこそ、だろ?』
『うん!! そうよね……!』
『斑鳩、アンタも成長したもんだ事。』
力強い眼差しで私を見つめる斑鳩のその言葉に、前の戦で誓いあった事を思い出す。
そうだね。
三人共、自分を犠牲にしてでも守りたいと思っている。
その思いは大切だけど、三人で力を合わせてこその私達なんだ。
『し、しかし櫃沢の話を聞いた時は驚いたぞ!
だが良いか、絶対に無茶はするな! 常に私の側にいるのだぞ!!』
『うん、分かった。必ず無茶はしないよ。』
そのまま須賀神社で味方を待っていると、次第に夜も更けて来た。
そして、色んな格好に扮した人が夜陰に紛れて、続々と須賀神社に入って来た。
刀や薙刀、鎧兜も密かに境内に搬入されて行く。
昼間の街中を歩いて思ったが、敵は全く警戒している様子は無かった。
何て能天気な事やら。
そして、いよいよ決起の時が迫って来る。
『さぁ、いよいよね斑鳩っ!!』
『ああ、花月。期待しておるぞ!』
『遂に皆んなで祇園の城に帰れるね!』
『ああ、遂にこの日が来た。
しかしサクラ、花月、呉々も無茶はするなよ。』
『ええ!』
『あいよ!』
家中の者がそっと斑鳩の元へとやって来た。
『殿……。
皆、準備整いまして御座います。』
『うむっ……!』
そして斑鳩は少し眼を閉じてから、一呼吸置いて言葉を発した。
『者共ーーっ!
今こそ雪辱を晴らす時が来たっ!
我等が力を合わせて、鎌倉公方の野望を打ち砕くのだっ!』
皆、沈黙して斑鳩の檄に聞き入っている。
中にはこの日を待ち侘びて泣いている人もいる。
小田さんの兵らしき人達も喉を鳴らす様な表情で聞いていた。
『やっ、やるぞ!』
『そうだっ! 鎌倉公方を倒すんだ!』
『今こそ皆で力を合わせる時だ!』
皆が高揚して行くのが分かる。
斑鳩が直ぐ横に居た私に視線を送る。
それを見て、私はこくっと頷いた。
斑鳩が私に何を求めているのか瞬時に理解した。
そして、瞳を閉じて大きく息を吸う。
眼を見開き破邪の剣を夜空に掲げた。
『皆の者ーーっ!!
我こそは破邪の剣の舞姫であるっ!
今こそ雪辱の時! 勝って我等に栄光をっ!!
怯むな!! 命を惜しむ者は命を奪われるっ!
我等は必ずや勝つっ!!!』
『おおーーっ!』
『ま、舞姫様〜〜っ!!』
『破邪の剣の舞姫様だっ!!』
『お、お懐かしゅう御座います!』
『おお! あの方が破邪の剣の舞姫様。』
『なんと美しい方じゃ。』
『しかも、とてつもない武術の達人らしいぞ!』
『小山の者達に聞いたぞ! 宇都宮や櫃沢の戦の話をな!』
『あの方がおれば怖い者などないな!』
『何せ神の使いだしな!!』
どうやら小田さんの兵にも、いつの間にか私の戦の時の話は広がってるらしい。
『出陣ーーっ!!』
『『『おおぉぉぉ〜〜っ!!』』』
祇園のお城の奪還作戦が始まった!
そして、月も下がった深夜……。
私達は、そのまま無事に祇園の城を取り戻すべく、城へと向かった。
だが、あくまでも少数精鋭の奇襲。
小細工は無いしの正面突破。
そして、敵は私達が攻めて来るなど夢にも思わずに、全く警戒してなかった。
『行くぞ……。』
城の門の周りに散開して息を潜める。
小声で伝える斑鳩のその一言に、皆んな気を引き締める。
斑鳩が首を縦に振って合図をする。
すると、数人が見つからない様に門番に忍び寄る。
『ぐあっ……。』
門番は何が起こったのか、気が付く間もなく崩れ落ちて行く。
『な、何だ!?』
もう一人に逃げられそうになったが、逃げる背中を一刀の元に斬る。
そして、数人が塀を乗り越えて、内側から門を開く。
『門が開きましたぞ!』
『うむっ!!
皆、心して掛かるのだぞ!』
斑鳩は一呼吸置いて、刀を振り翳しながら叫ぶ!
『かかれぇーーっ!』
『『『『おおぉ〜〜〜!!!』』』』
味方は一斉に本丸目掛けて突撃する!
『なっ、なんだっ!?』
『て、敵っ!?』
『それ行けっ!』
『『『『おおぉ〜〜!!!』』』』
斑鳩の掛け声と共に、皆んな一気に本丸を目指して駆け上がって行く!
途中で敵もいたが、奇襲に混乱して敵は浮き足立っていて、大した抵抗も無かった。
『逃げる者は追うなっ!!』
敵に時間を与えてはいけない。
敵が落ち着きを取り戻し、迎撃に出て来れば負ける。
本来、城攻めは敵よりも数倍の兵力が必要だ。
奇襲のお陰で私達が敵を追い込んでいるが、城攻めしてる私達の方が圧倒的に数が少ないのだから。
『このまま本丸にいる敵の大将の首を取るぞ!』
『斑鳩っ! あと一刻も時を要したら逆にアタシ達がやられるよ!』
『分かってる!』
私達は一気に本丸以外の曲輪を制圧した。
本当に鮮やかな城攻めだ。
だけど、堅牢に守られた本丸はなかなか落ちなかった。
『ちっ! 奴等、本丸に立て籠ったようね!』
『追い詰めたとはいえ、敵の数の方が圧倒的に多い!
何としてでも早く敵の大将の首を取らねば……。』
きっと敵は混乱して、私達の数が分かっていない筈。
だから敵が冷静さを取り戻し、攻めに転じて来たら私達は負ける。
それにきっと、敵は援軍を求め知らせを向かわせている筈だ。
早くあの門を開いて、一気に畳み掛けて敵の大将を倒さないと!
『斑鳩、私に考えが有るわ!』
『なんだ、サクラ。』
『私が先陣を切って塀を乗り越えるわ!
そうしたら私の姿を見て、私の後に続くと思うの。
そして、皆んなで内側から門を開くの!』
『なっ、何を考えている!
危険過ぎる! それなら私が!』
『駄目よ、貴方は大将よ。
それに、こんな無謀な作戦に自らの意思で捨身で付いて来る人達じゃないと門は絶対に開かない!
自らの意思で付いて来させるには、斑鳩を除いて破邪の剣の舞姫の私しかいない!』
先陣をきって味方を鼓舞出来るのは、斑鳩以外には私しかいない。
『アンタってヤツは……。
ったく、アタシもお付き合いしますかね!』
にやりと笑い私を見つめる。
『斑鳩、アンタはそこで指揮をしてなさい!
アタシ達が見事門を開けてみせるよ!』
『しかし、そんな事はさせられん!』
『斑鳩、危険を冒してでも突破口を開かないと!
私達には安全な作戦なんて選べないのよ!!』
私はそれだけ言うと走り出した!
『さ、サクラっ!!』
『者共続けぇ〜〜!』
『『『『おおぉぉ〜〜!!』』』』
『あの空堀と土塁を乗り越えるっ!!
中から城門をこじ開けるっ!!』
『『『『おおおおおっっ〜〜!!!』』』』
私が叫ぶと皆は迷う事無く付き従ってくれた。
私は三間以上は有る空堀を突き進んだ!
※三間、5.4メートル
※空堀、水の無い堀。
すると、敵から雨の様に矢が射られた!
必死に破邪の剣で撃ち落とす!
そして私は六間以上は有る土塁を必死に駆け登った!
※六間、約11メートル
※土塁、空堀の土を利用して掘った土の壁。空堀の溝と土塁を合わせると巨大な壁になる。
矢と共に大きな石までもが投げつけられる!
本当、この時代は何でも有りなんだな。
何とか上まで登りきる頃には味方は半数以下になっていた!
『怯むなぁーーっ!!』
私は皆んなを必死に鼓舞した!
そして一番乗りで、土塁を登りきったその先には敵が待ち構えている!
『死ねぇ!』
頭上から薙刀で襲いかかって来るが、ヒラリとかわし薙刀の柄を掴んで土塁から空堀へと引きずり落とす!
奪った薙刀を投げつけ、怯んだ隙に一気に駆け上る!
私は登りきったその先から、敵が斬りかかって来るが喉を一突きし倒した。
次から次に敵が斬りかかって来るが、私の敵じゃない!
敵の横薙ぎをヒラリとかわし、足払いで敵を崩して喉元に刀を突き立てる。
すぐ様繰り出された、別の敵の突きをヒラリとかわす。
そこへ首を目掛けて回し蹴りを浴びせる!
首の骨が折れた感触だった。
『おおっ!! 舞姫様っ!!』
『流石じゃっ!』
『我等には神の巫女が付いておる!
遅れを取るなぁーー!!』
私が敵を蹴散らしている間に味方の士気も更に上がって、皆んな我先にと一斉に登って来た!
そして一人、また一人と味方が登って来る!
『やるわね! サクラ!』
『花月! それよりもここの大将を探さないと!』
『そうね、さっさと片付けるわよ!』
『皆の者! 続けぇ〜〜!!』
私は声を絞り出して皆んなを鼓舞した。
そして本丸へと雪崩れ込んだ。
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