寺(三)


 たまきは寒さが苦手だ。移動には車を使いたいところだが、都市部では簡単に駐車できないし、車が通れない道も多くて何かと不便だ。だからバイクに乗って街中まちなかを走る。


 夜の街には霊体や妖怪、黒いモノなどアヤカシの類いが跋扈ばっこしている。精神的に弱っているヒトにき、負の思考をもつように仕向けて、育ったマイナスの感情をかてにするアヤカシは多い。それだけでなく、たまたま通りかかったヒトに憑き、憂さ晴らしに不幸に突き落として喜ぶアヤカシもいる。


 首都にはヒトや物などいろんなものが集まる。アヤカシの数も多く、復活したいにしえアヤカシよりも若いアヤカシのほうが圧倒的に多い。


 東京にいるアヤカシはこれまで動きは緩慢で、数のわりにヒトへの被害は少なかった。しかし古のアヤカシが復活してからは、強い妖力にあてられて興奮し、ヒトへのさわりが増加している。


 街のあちこちで幽霊や黒いもやのようなアヤカシ闊歩かっぽしており、ヒトに憑けば害をなすことが多いのに、環は関心がない。本業しごとで排除の依頼がきているアヤカシか、水墨画のコレクションに加えたくなるような好みのアヤカシでなければ気にもとめない。


 環の家族が住む「青龍寺しょうりゅうじ」は関東エリアの『はらえ』や『呪術』を担当しており、東京だけでなく隣県へ出かけて本業しごとをすることもある。これまではすぐに目的のアヤカシのもとへ向かっていたが、地震後は東京の異常さが気になり、まず街の様子を観察するようにしている。


(いろんなものを引き寄せる東京なのに、23区内は古のアヤカシの気配が感じられねえ。

 用心して妖力を消しているとしても妙だな……)


 アヤカシは木や土など自然が豊かな場所を好むが、それ以上にえさとなるヒトが多いところを優先する。古のアヤカシは、ヒト食料が豊富にいる都市部に現れるだろうと予想していたが、郊外での出没が多い。


 環はヒトがどれだけ被害に遭おうが気にしないが、アヤカシの行動は気になる。急ぎのアヤカシ排除がなければ、まずは街中まちなかをバイクで走って様子見し、それから目的地へ行ってアヤカシを排除したり、自然の多い場所へ向かってアヤカシを探したりする。


(やっぱり妖力の強いアヤカシはいねえ。まるで23区を避けているみたいだ)


 都心をバイクで走り、街の様子を確認できたら郊外へと向かった。




 今夜は青龍寺総本家から依頼があった排除対象のアヤカシを探しにきている。


 アヤカシが出没しているエリアに着いたら妖力を探って場所を絞る。妖力をたどっていくと、血のニオイが流れてきた。


(血のニオイがする。向こうからか)


 ニオイが流れてくる場所へ向かうと団地になっていて、棟が並んでいる。バイクの速度を落としてニオイの濃くなるほうへ行くと、建物と建物の間にある空間で動くものが目にとまり、バイクを止めた。


 中庭のような空間の暗がりに、ずるりずるりと音を出して動くモノがいる。遠くてよく見えないが、ニオイの元はこの塊からだ。


(依頼されていたアヤカシは……あれだな)


 バイクから降りてアヤカシのもとへ向かう。暗がりを歩き、ヒトに姿を見られないように用心しながら近づいていく。


 標的と定めたアヤカシは、暗がりの中でゆっくりと移動している。黒いもやが集まり、3メートルほどの立方体になったように視えて、動くたびに引きずるような音が出る。


 近づくにつれて黒い靄に色が視えてきた。靄は黒ではなく、紺や茶に深緑の靄が混ざって動いている。まだらの靄には時おり白色が現れ、複数浮かんでくるがすぐに沈んでいく。さらに近づくと、白色の詳細も視えてきて、白はヒトの顔だと気づいた。


 斑の靄に浮かぶ真っ白な顔は、一つひとつ表情が違う。唇を噛んだうらやましげな男、口を大きく開けて叫んでいるような女、目を大きく開いてにらみつける男、うつろな目で半開きの口をした女など、石こうで作ったデスマスクのように生々しい。


 本家からの情報によれば、地震直後からこの近辺では自殺が急増している。なぜか人目ひとめにつく場所で自殺する者が多いことから、アヤカシの可能性が浮かんだ。ところが決定的な証拠がないため、現場調査をし、結果、アヤカシなら排除せよとの依頼だった。環は顔が浮かぶアヤカシを視て分析していく。


(面は自殺者の顔か。遺した負の感情を増幅して自殺を誘発してる。

 念で似たような願望をもつ者を引き寄せて、自殺したら霊体を取りこむ。成長したのがコイツってところか)


 通常、自殺した霊体は死んだ場所にとどまるが、このアヤカシは自由に動けて霊体を次々と取りこみ、大きく成長している。


(もともとは核となっていたアヤカシのようなモノがいたけど、弱い霊体を取りこみ続けて同化したんだろうなあ。

 もう元のアヤカシ本体の気配はほとんど感じねえ。ただ引き寄せられて巨大化し続けているだけだ)


「はあ~……。ハズレかよ……」


 遠くまでバイクを走らせて探し出したアヤカシに対して環から落胆がもれる。水墨画コレクションが増えるかもと期待していたのに、見た目がよくないアヤカシには興味がない。だが本家から排除依頼がきているので仕事はきちんとこなす。


 夜の団地、四角いブロックのような味気ない建物が並ぶ一角で、環は右腕を突き出した。手のひらはアヤカシに向けられており、「黒い靄 ア レ を食え」と言うと背中がほんのり光った。


 光はだんだんと大きくなっていき、やがてキツネの姿へと変わる。環の背から全身を現した白銀のキツネは、美しい毛皮をしているが常人には見えない存在だ。キツネは環の背からふわりと飛んで地面へ降りると、ふさふさとした尾をうれしそうに振りながら悠々とアヤカシへ近づいていく。


 アヤカシまで着くと、黒い靄の中に浮く顔に食いつき、引きはがすと「ギャアァ――!!」と悲鳴があがった。悲鳴を聞いて、ほかの面の表情が変わった。どの面も驚いた表情をしてキツネを見ている。キツネは引きはがした面を丸呑みすると、次の面に食らいついた。


 再び断末魔が流れると、残った面は恐怖の表情へ変わった。「たっ、助けてくれぇー!!」「いやあぁ! 死にたくない!!」「嫌だー!」とあちこちから声がする。囚われている面は、キツネが目前に来ても怯えるだけで何もできない。


 キツネが面をはがすたびに、ぶちぶちと切れる音がして絶叫が響き、ばりばりと砕く音になると苦しそうな声があがる。面は複数あり、その数だけ悲鳴と救いの声がするが、団地の住人に声は聞こえておらず、静かな夜があるだけだ。


 キツネを繰り出した環はすでに関心が失せており、スマートフォンをいじりながらバイクを止めている場所へと向かっている。キツネがアヤカシに捕まっている霊体を嬉々として食らっていくなか、何体もの面が環に向かって「助けて!」と訴えたが見向きもしない。キツネがすべてを食い尽くし、環の内に戻ると、バイクを走らせ団地を去っていった。




 翌朝。


 団地を散歩していた年配の男性が、刈られた草地で人影を見つけた。寝転んでいるように見えたが、全然動かないから眠っているようだ。酔って寝てしまったのかと思い、起こしてあげようと近づいていくと、形状がいびつで下には赤黒いものが見えた。


 初めて遭遇した異様さに嫌な感じがしたが、放っておけずにさらに近づいていく。「あの~、大丈夫ですか?」と声をかけるけど反応はまったくない。声をかけ続けながら、おそるおそる足を進めたが、間近まできて体のねじれ具合から状況を悟り、悲鳴をあげて逃げていった。


 数分後、救急車やパトカーなどが来て現場は騒然となった。高層階から飛び降りたと思われる男性の近くには、いずったような跡があった。しかし救急車が到着したときには亡くなっていた。


 野次馬の一人が現場の画像をネットにあげたせいで呪われた団地として話題をさらった。しばらく噂が立っていたが、この事件以降、連続していた自殺はぱったりなくなった。


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