光の柱


 幽霊画や百鬼夜行などの絵があるように、日本にはむかしから幽霊や妖怪などと呼ばれている不思議なモノ、「アヤカシ」が存在している。


 アヤカシは美しい容姿だったり目をそらしたくなる異形だったりと千差万別で、姿は見えなくとも奇怪な妖力を発揮する、ヒトや動物とは異なる存在だ。


 ヒトに個性があるように、アヤカシにも善いモノもいれば邪悪とされるモノもいる。邪悪なモノには、ヒトをたぶらかして魂や肉体を食らうモノもおり、忌み嫌われヒトの敵となった。


 ヒトは生活を守るためさわりを与えるアヤカシと対峙し、時には生命いのちをかけて戦い、排除してきた。平和を維持するには、凶悪なアヤカシを滅ぼしてしまうことが最良の手段だが、妖力が強すぎて滅することができないモノもいた。


 邪悪なアヤカシを放ったままではヒトが安心して暮らすことができない。そこで先人たちは子孫が――日本の民が困らぬよう、滅ぼせないアヤカシは呪術で縛って封じこめた。封印した邪悪なモノは、神社や寺に管理させたり聖地や忌み地にして、むやみにヒトがふれられないようにした。


 封印後、アヤカシは厳重に管理され、長らく平和を保ってきたが、近代化とともに世相が変わり始める。せわしさにあわせてアヤカシの噂は聞かれなくなった。



 時は過ぎゆき、恐ろしかったアヤカシの記憶は風化して教訓は受け継がれず時間に埋もれていく。そこへ大きな地震が起こった。


 早朝に起きた東京地震は、アヤカシを押さえつけていた要石を揺さぶった。揺れは激しく、幾重いくえにも縛りつけていた符や縄がすり切れてちぎれ、石は砕けた。地震が『ふう』を解いてしまった。


 ずっと暗闇に閉じこめられていたアヤカシがこの機をのがすはずはない。封にひずみが入ったことに気づくと、たまっていた妖力を一気に解放して、裂け目を破り現世に姿を現した。


 封から飛び出してそらへ舞ったアヤカシの体は、内から妖力がみなぎり、全身が光っている。霊力チカラのある者たちが強大な妖力が現れた方角を向くと、常人には見えない光の柱が地から天へ伸びていた。


 禍々しい妖気を放つが美しく光る柱。近くに立ち、遠くにも立つ。東京に現れただけでなく、すぐに隣県にも立ち、さらに隣県へと、波紋のように広がっていく。


 何本もの光の柱の出現に調和が崩れたことを悟った霊力チカラのある者たちは、すぐにしかるべき者へしらせを飛ばした。




 山のふもとにある寺に向かって鳥が羽ばたく。


 人里から少し離れた場所に立つこの寺は敷地が広い。後ろには山がそびえ、寺の周りは古木が囲んでいる。瓦を乗せた木造の建物がいくつもあり、ちりのない静かな境内には厳格さがただよっている。


 空から現れた鳥は流れるように寺の境内を進み、迷うことなく目的地を目指す。開け放された大きな窓から建物へ入り、廊下を横切って障子しょうじの開かれた部屋に飛びこんだ。


 飛びこんできたモノは真っ黒な全身からからすと思われた。だが間近で見ると形状がおかしい。鳥のようなモノは目が正面に一つしかなく、あるべきところに足がない。異形なモノは、鳥のように飛んできて紙飛行機のように流れると畳に落ちた。


 動かなくなった鳥は端からじわじわと色が変わっていく。黒色が灰色へ、さらに薄くなって白へと変わる。並行して形が崩れていき、鳥からしわのよった紙片に戻っていく。徐々に白い和紙へ変わるなか、墨の残る部分に「鳥」の文字が書かれていたが、残っていた墨もしばらくすると薄れて白紙になった。和紙に戻ると音が鳴った。


『 封が解かれた

  いにしえアヤカシ

  飛び立つ 』


 音がなくなると静けさが戻った。窓から冬の風が通って室内を冷やしていくが、寒さを和らげるように太陽はやさしく照っている。畳に落ちた和紙の近くには人影があり、一連を静観していた。


 舞いこんだ鳥のようなモノは『式神』で、異能をもつ者が霊力チカラを使い、紙を鳥に変えてコトバを乗せ伝書鳩のように放った。式神を受け取った者は青龍寺しょうりゅうじ総本家の総代だ。


 古刹こさつを統べる男は早朝の地震時にそらを走った火球から、直感で凶事の始まりを知っていた。報せを聞いてもあわてる様子はなく、静寂に包まれる和室から外に目をやり、たたずんだままだ。


 総代の視線の先――遠くの空に影が見えて、だんだんと近づいてくる。影がはっきりすると鳥の形をしており、また式神が部屋に舞いこんだ。式神は次々と飛んできてコトバを届ける。



 最後の式神のコトバを確認した総代は、スマートフォンを手に取ると電話をした。短い通話を終えると浮かない顔で畳に視線を落とした。室内には無数の和紙が散らばっている。しばらく見つめていたが、おもむろに手をかざした。


 総代が目を閉じると部屋の空気が変わった。ぴんと張り詰めていき、落ちている和紙が小刻みに動き始める。あちこちで畳とこすれる音が鳴り、紙の小さなふるえは大きな動きに変わった。和紙は規則正しく折られていき、再び鳥の形をした式神に戻った。


 鳥の式神はゆっくりと翼を動かした。一羽だけでなく、すべての式神が翼を羽ばたかせ始め、ふわりふわりと浮いていく。式神は空中をゆらゆらと舞って安定しない。何度か左右に揺れていたが、ぴたりと動きが止まると、窓からいきおいよく外へ飛んでいった。


 式神を見送る総代の表情は憂えている。先ほどの電話相手は政府機関、鳥が飛んでいく先は式神を送った異能者たち、青龍寺の総代が彼らに伝えた内容は――


『 日本各地に封じられていた

  古のアヤカシが解かれた

  乱世がくる  準備せよ 』




 都内にある家の一室で、通話を切ったばかりのスマートフォンがテーブルの上で振動している。コールし続けるスマホを無視して、大きなあくびをした。


(今朝の地震で古のアヤカシが解かれた……か。面倒くさいことになりそうだ)


 青龍寺総本家の総代から連絡を受けた大柄な男は、ぼりぼりと頭をかきながら出かける準備を始めた。


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