幕開け


 東京地震直後は関東圏のライフラインが一時的にストップし、公共交通機関も止まって都市機能が麻痺まひした。損害は想定内だったが、遠く離れた地域でも異常な揺れを感知したことは前例がなく、日本国民は不安になった。


 テレビをつけ、インターネットにアクセスし情報収集する。首都の活動が止まれば国が止まる。国が止まれば世の中が乱れてしまう――。この国はどうなってしまうのかと不安が募っていく。ネット上で真偽不明な情報が錯綜さくそうする前に国が動いた。


 地震と共存してきた国とあって、もともと地震対策ができている。国が主導する災害復旧が始まると、地震時のマニュアルに沿って行動するようになり、大きな騒ぎは起こらない。地震の規模のわりに被害は少なく、迅速に復旧は進んでいく。


 関東圏のライフラインが元に戻り、交通機関も動き出して、ようやく一息つけるようになったころ、行方不明者が続出している事件がクローズアップされた。


 東京地震以降、日本各地で不可解な出来事が多発していた。地域の人たちは気づいていたが災害復旧に目がいき、異変は二の次にされていた。だが、死者が出たことでニュースになった。一度ニュースに取り上げられるとまたたく間に報道の数が増えていった。


 報道された事件は奇妙なものが多かった。ある地では人気ひとけのない場所で惨殺死体が連続で発見され、猟奇殺人だとざわついた。別の地では人目ひとめにつく場所で自殺が続くことから呪いではないのかと噂が立った。


 メディアは、事件の原因を地震のPTSD(心的外傷後ストレス障害)と特集したり、混乱に乗じた殺人など、さまざまなタイトルをつけて報道する。ニュースを見て「恐ろしい時代になったものだ」と言いながらも、他人事としてとらえていた。


 事件は、常人には世相が物騒になったことが原因と映るが、霊力チカラのある異能者たちは真相を知っていた。きっかけは東京地震の日に、いにしえアヤカシが『ふう』を破ったことだ。今の日本は異能者には、ヒトにさわりを与えるアヤカシ街中まちなかをうろついて視えている。




 アヤカシは、常人には見えないが日常に存在している。


 たいていのアヤカシはヒトと共存し、よほどのことがないかぎり大きな障りを与えることはない。だがヒトを好物とするアヤカシもいて、魂を食らったり人間の肉を求め、ヒトにいたりさらったりするモノも存在する。


 これまではバランスが取れていて障りを与えるアヤカシは少なかった。ところが古のアヤカシの復活は、現世にいたアヤカシに変化をもたらした。復活したアヤカシの強い妖力を感じて凶暴化するアヤカシが増えたのだ。


 逢魔時おうまがときが訪れると空間がゆらいでアヤカシの数が増え妖力も強くなる。異能者たちには百鬼夜行のように視える今の日本は、夜のとばりが下りるとアヤカシの数が多くて外を歩くことが恐ろしい。


 霊力チカラがあると相手の力量がわかる。地震があった日、光の柱を視た異能者は、世に復活したアヤカシの凶悪さを直感した。平和が破られ乱世のようになる日本を想像し悲観した者は多かった。


 すぐさま国外へのがれた者もいた。無駄かもしれないと思いながら、身を守るために護符を貼ったり呪術に頼る者もいた。そんななか、アヤカシに立ち向かう異能者もいる。




 日本には古からアヤカシの存在を知り、対峙して国を守る組織が裏で存在する。


 火球が現れた日、組織に属する占師が吉凶を読み取り、しかるべき要人へ報告した。政府を裏で支えてきた要人たちは、日本の裏歴史や受け継がれてきた古来の文献、先人たちの知恵やこれまでの自分の経験で取るべき手段を心得ている。


 連絡を受けてから15分も経たないうちに対策組織が立ち上がり、エキスパートたちによる情報収集が行われ、ヒトに障りを与えそうなアヤカシのデータが集められていく。ある程度まとまるとオンライン会議が開かれた。


 会議には財界・政界・官界を裏で動かす大物が参加している。日本は優柔不断な民族といわれているが、ここではやるべきことはすでに決まっている。


『 復活したアヤカシがヒトに障りをもたらすなら速やかに排除せよ 』


 会議は話し合いをすることなく、ただ許可を出した。アヤカシから国民の生命いのちを守ることが最優先された排除作戦が水面下で始まった。すぐさま日本中に散らばる霊力チカラをもつ異能者へアヤカシの排除の命令が伝わり、これまでどおり秘密裏にアヤカシ退治が動き出した。




 寺稼業をしている青龍寺しょうりゅうじ一族は、日本各地に「青龍寺」を置いている。


 青龍寺はもともと『呪術』やアヤカシの『はらえ』などを生業なりわいにしていた家系だ。現在は表向き通常の寺と同じことをしているが、裏では今も呪術や祓を請け負っている。依頼があれば誰かを呪い、祓ってくれと言われれば憑き物を落とす。異能者の世界では霊力チカラが強い一族で知られている。


 古刹こさつである青龍寺は、政府機関とつながりがあり付き合いは長い。過去にも陰でアヤカシ討伐を請け負っており、信頼は厚くて今次も排除を依頼されている。


 これまで日本は何度もアヤカシの襲撃から危機を脱してきた。今回は全国のアヤカシを対象とするため、戦いの統制が必要となる。そこで青龍寺一族がバイパスとなり、日本各地にいる異能者たちの指揮をすることになった。


 現世に復活した古のアヤカシは油断できない。一度呪術で縛られたアヤカシは用心深くなる。それに先人たちが手こずるほどの妖力をもつ相手だ。強敵を想定して一人で戦うのではなく、チームで対処にあたることを基本として、異能者たちは行動を開始した。


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